#11 破壊


 届ける前に、眠気を吹き飛ばしておきたい。

考える。「錆びた世界」という言葉が紡がれた時、自分は何をしていただろうか。
 何も考えていない。目指す先はない。求めなくなった。幾度もnoteを開いて、幾度も書いて、なんか違うと繰り返している。大したテーマもコンセプトも無いくせに、没になるnoteは沢山ある。無意識に何かを意識しているのか。


 田んぼの中にあいつの自転車が棄てられていたのは10歳の時だ。用水路の中に吊り糸を垂らしてザリガニを釣ったのは7歳の時。世界は随分変わった。だがセカイは何も変わっていない。いいか。変化なんてどうでもいいんだよ。気になるのは変遷だろう?
 誇りある人生とは何か。矛盾と虚栄の果てには、勇ましさが残るのか。意味の果実を1つずつ吐き出した時、私に意味は産まれるのか。
 人と語り合っていると、2人だけの空間に不思議なリズムが産まれている事に気が付く。言葉が届く先を知っているのか、零れる音
 不思議な感覚に陥る。


さて。


 私、どうやらひたすら飲み込むだけの化け物のようでして。それらを整理して排出する器官が付いていないようなのですよ。
 私が言葉を書くようになったのは、整理する為でしたね。全てを理解しようとして、そして理解できなかった所に私がいるのだと。理解するとは破壊する事。

 間違えていたのは、言葉を綴る事は大した排出にはならんのです。言語化は整理には役に立ちますが、排出は他に必要なのです。
 言葉はイデアから引っ張り出される簡易的な象徴。それらを用いて、3次元から5次元に飛ばし、そして初めて理解という破壊が可能なのです。

 排出していないのだから、僕はひたすらに溜まる一方。もうキャパオーバーで面倒になって、全部どうでもよくなる。それが僕ですよ。昔からずっとそうでした。


つまり。


 諦めが悪い。人間をやりすぎた。なんで友達や家族に気を使って、死ぬことを選択肢から除外して生きているのだろうか。まったく面倒くさい。


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