パチンコ屋は日本人も経営し、警察の天下り先でしかないのに、パチンコ屋を糾弾すると嫌韓感情を生むという妙な論法すり替えに執着する自称反差別の異常さは何なんだろうか

パチンコ屋くらいしか勤務できない日本の産業構造に問題点がある。田舎なんか、パチンコ屋がカネになるからということで仕方なくパチンコ屋に就職する若者もいる。パチンコ屋のような産業を発展させてしまう日本社会に異常な問題点がある。だいたい、パチンコ屋を糾弾すると、なぜか、韓国人差別と論法をすり替える自称反差別がいるが、パチンコ屋は日本人も経営している。パチンコ屋なんか警察の天下り先でしかないし、全く社会的に意義がない。さらに、パチンコ屋は韓国資本がしているから、韓国差別を助長する、とトンチンカンな自称反差別がいますが、例えば、パチンコ屋のキング観光は日本人が経営している日本資本です。ほかにクレディ・セゾンもパチンコ屋を経営する日本資本である。
なぜ、パチンコ屋はギャンブル依存を生み、なくなっても構わない、と述べると、嫌韓感情を生み出す、と自称反差別は論法をすり替えるのか。
仮に、パチンコ屋が韓国人が多く経営していて、それが嫌韓感情から来ている、という珍妙な論法を認めたとしても、ギャンブル依存を生むその産業は、嫌韓感情を生まないためにも、パチンコ屋を批判するな、とでもいうのか。それは、間違いである。一家の大黒柱である世帯主がパチンコにハマってしまい、家庭崩壊というケースが後を立たない。私の身近にも、障害者がパチンコにはまり、いつも、カネに困っている障害者がいる。
パチンコ屋があるから、ギャンブル依存ができるのであり、そして、パチンコの問題点はその気軽さだ。例えば、同じギャンブルでも、麻雀は、頭を使う必要がある。だから、敷居が高いと言えば高いが、パチンコ屋は硬貨を入れていけばよいだけであり、確かに玉の流れだとか、出る台とか、研究しなければいけないが、それにしたところで、ほかのギャンブルよりもはるかに敷居が低く、誰でもできる、というラクーなギャンブルである。中毒性も高い。こんな危険な娯楽施設が至る所に存在し、なおかつ、警察の天下りでもある、というこの異常事態に、自称反差別は、嫌韓をしないために、パチンコ屋を批判するな、コロナウィルス対策でパチンコ屋の店名を公表した吉村大阪府知事はナチスまがいと自称反差別は言い続けるのか。
自称反差別はわかっていないことがある。パチンコ屋へいく大多数の日本人は、その嫌韓感情を持っている「普通の日本人」だということに。パチンコ屋へいく客の大多数は、自称反差別が嫌う嫌韓感情を抱いた「普通の日本人」だということを見ようともしない。
仮に、パチンコ屋が韓国資本だとして、それが嫌韓感情を生むとしても、資本家には違いがなく、労働者階級から見たら、階級上の敵である

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