42. Stage 2013 Part1

「ねえ、ここはこんな感じでどうかしら?」陽子がキーボードで何小節か奏でる。「うん、良いんじゃないか。」俺が頷くと陽子が嬉しそうに「じゃあ、次はこんな感じかしら?」調子づいてキーボードを叩く。「・・・いや、俺そんな急に高い声出せねえよ。機械じゃ無いんだから。」「アハハ、そうよね。・・・もうちょっと低いところね。」ある何でも無い休日、俺と陽子は初めて夫婦での合作の曲を作ろうと部屋にこもっている。何故こんな事態になったかというと・・・。

数日前、陽子と樹莉亜が夕方一緒に用事で出掛けていて、俺の帰宅帰りに待ち合わせて外食をしようと美空のルビーチューズデイでの出来事だった。
美空が突然
「私、結婚することにしたの。」
と告白をしてきた。
「へー、そうなの?おめでとう!」
「美空さん!おめでとうございます!」
陽子と樹莉亜が驚きと祝福の声を上げる。
美空に彼氏がいるなんて話を聞いていなかった俺が、まさかとは思いつつ
「・・・徹とか?」
とたずねると
「プッ!違うわよ!」
・・・違ったか。
てか、思いっきり笑われた徹の立場は?
いやまあ、予想通りなんだけどね。
「相手は誰なのよ?」
陽子がたずねる。
お前も知らんかったんかい。
「このお店の元常連さんでIT企業の元社長だった人よ。」
「あら、凄い。玉の輿じゃない。」
陽子が目を丸くすると、美空が笑いながら
「違うわよ、元って言ったでしょ。」
そう言えば元常連の元社長か、何か訳ありの予感。
「2、3年ぐらい前彼の会社がこの近所にあってね、よくお店に来てくれてたのよ。」
「ふんふん。」
「羽振りが良い人でね。・・私達より3つ年上でバツイチだって言ってて、その頃よく一緒にならないかなんて口説かれてたのよ。」
「ほう。」
「私もこのお店始めたばかりでそのことで頭いっぱいになってたし、元々そんな気も無かったし、きっと冗談よねって思ってたから、やんわりお断りしてたのよ。」
「ふーん。」
「そしたらある日、当時高校生だった彼の娘さんがやって来てね、私のパパを誘惑しないでって。大好きなお金持ちのお父さんを私が誑かしてるように見えたのかしらね?」
美空がクスッと笑って懐かしむような表情をした。
「それから間もなく、彼の会社の業績が落ち始めちゃったらしくて、お店にも来なくなっちゃったのよ。彼が来なくなる直前に、結婚申し込んだ話は忘れてくれって。その時、あら?本気だったの?って気がついて。」
「それで、つきあい始めたの?」
陽子がたずねると、美空が首を振りながら
「ううん、それからは全然会って無くてね。半年ぐらい前に買い物をしてたら、偶然バッタリ出会ったのよ。」
「まあ、感動の再会ね?」
茶化す陽子に美空はクスッと笑ってから
「そんなんじゃないわよ。・・・それまでは、スーツ姿しか見たこと無かったんだけど、ちょっと汚れたジャンパー姿で、顔も日焼けで真っ黒になっててね。・・・会社が潰れてから肉体労働をしてたんだって。・・・大学生になった娘さんだけはちゃんと卒業させるんだって、頑張ってたみたいね。・・・そんな彼を見てたら何だか支えてあげたいって気持ちになってきたの。・・・それで時々彼のアパートに食事を作りに行ってあげるようになってね。社長さんだった頃は全然そんな気にならなかったのにね。」
「それは美空の性分なんじゃないか?満ち足りてる男よりも、困窮している男に手を差しのべたくなるんじゃないのか?」
俺が美空とつき合ってた時もそんな感じだったような。
美空が俺の顔を見てうっすら微笑んで
「・・・そうかも知れないわね?もしそうなら、損な性分よねえ。」
「娘さんは?反対してたんじゃないの?」
陽子が心配そうにたずねると
「何か、最初は私が彼のお金目当てに近づいて来たと思ってたらしいのよね。きっとそういう女性が何人かいたんじゃない?・・・でも、破産した彼に近づいていったのは私だけだったみたい。・・・徐々にだけど、私に心を開いてくれてね。家計を助けるためにバイトをしながら学校に通っていて、たまにこのお店にも手伝いに来てもらってるの。・・・ほら、信吾君のパーティ開いた時に若い娘がいたでしょ?あの娘よ。」
そう言えば、そんな娘がいたっけな。
「もう私はこんな年だから、多分彼の子供を産むことは出来ないけど、いきなり大きい娘が出来るってのもおかしいわね。」
美空が笑うと、俺達も釣られて笑う。
「式はどうするの?」
「うん、本当はお互いお金も無いから結婚式もやらないつもりだったんだけど、初婚の私に気を使ってくれてウェディングドレスは着させてくれるって。」
「あら、素敵じゃない!良かったわね!」
陽子が自分のことのように喜ぶと
「でも、陽子と違って、こんなおばさんになってからのウェディングドレスよ。・・・そのまま死に装束になっちゃうんじゃないかしら・・・。」
自虐的に笑う美空。
こういう時、どう言ってやるのが正解なのか?
「そうだな。」と言えば角が立つだろうし、「そんな事無いよ。」と言うのも社交辞令っぽいしな。
すると、それまで黙って聞いていた樹莉亜が
「そんな事ないわ!美空さんのドレス姿、絶対キレイよ!」
とキッパリ言い切った。
一瞬驚いた美空だが、次の瞬間これまでで一番表情がほころんで
「樹莉亜ちゃんありがとう!・・・嬉しいわ!」
・・・うん、女の子が言うこと全てが正解らしい。
「本当はみんなも呼びたいんだけど。・・・お互いの両親兄弟達を呼んだらいっぱいになるような会場なの。・・・だからごめんなさい。」
淋しそうに美空がうつむくと、陽子が
「良いわよ、そんな事気にしなくて。・・・そうだ!ねえ?私に式場でピアノ弾かせない?」
「・・・えっ?」
陽子の突飛な申し出に美空が驚く。
「だってね、きっとその式場のピアニストに演奏してもらったら、その分料金かかるでしょ?私が弾けばその分浮くわよ?ご祝儀代わりに節約に協力するわよ?」
・・・さすが主婦のパイセン、ケチくさい。
・・・いやいや、やりくり上手と言うべきか。・・・多分怒られるから言わないけど。
でも、何となくノリで俺も何か言わんといかんような気になって思わず
「そしたらさ、俺達もお祝いに一曲演奏させてくれよ。」
「まあ!良いわね!みんなもきっと賛成してくれるわよ!」
陽子が即答で賛同してくれた。
「・・・ありがとう。ちょっと彼と相談してお返事するわね。」
美空も笑顔で喜んでくれた。
・・・ありゃ、こりゃ引くに引けなくなっちゃったぞ?

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