三、平治の嵐

「・・・く、熊?」
伊豆の豪族、北条時政の娘、政子は3歳になっていました。
いつものように屋敷近くの山中を駆け回っていると、草むらにうずくまる全身茶色の大きな生き物に出会いました。
おかっぱの少女は足下に落ちていた木の枝を拾って、その生き物をツンツンと突きだした。
「・・・う・・・ん、・・・何だ?・・・何をする。」
その生き物は力無く、そう人間の言葉で話した。
「おっ?熊が喋った!」
政子が嬉しそうに叫ぶと
「・・・熊じゃ無い、俺は人間だ。」
弱々しくそう答える。
よく見るとその顔は髭だらけで、着物が滅茶苦茶汚れていて、前身茶色く見えるだけの大男だった。
「何だ、人間か。・・・つまんないの。」
その大男はゆっくりとかなり面倒くさそうに体を起こして、地べたに座り直し
「・・・つまんないとは、何だ?」
いぶかしげにたずねると、政子も大男の前にチョコンとしゃがみ込み、目を輝かせて
「だって、金太郎は熊とお相撲を取って家来にしたでしょ?あたしも熊を家来にしたかったの!」
と答える。
それを聞いて大男は
「アハハハハ・・・、熊を家来にしたいとは、随分豪気なお嬢ちゃんだな。」
力無くそう笑うと、政子は真面目な顔で
「だってあたしは武家の娘だもん!強くなりたいの!」
「そうか、強くなりたいのか。・・・ところでお嬢ちゃん、・・・何か食い物を持って無いか?」
大男がお腹をさすりながらたずねると、政子は首をかしげながら
「熊ちゃんはお腹が減ってたのか?」
「・・・誰が熊やねん。・・・いやはや、実はもう5日ぐらい何も食ってなくて、行き倒れになっておったのだ。」
その時大男の腹がグウウウウウゥゥゥゥゥッ!!っとすんごい音を立てた。
政子は眼を丸くして驚き
「うわっ!相当腹が減ってるんじゃな?・・・じゃあ、何か持って来てやろう!」
と言うと、大男はパッと明るい表情になり
「・・・助かる!・・・ただ俺の事は誰にも言わないでくれよ!」
大きな体をかがめて、小さな少女に向かって掌を合わせる。
「わかった!ちょっと待ってろよ!熊ちゃん!」
「・・・だから、誰が熊やねん。・・・頼んだぜお嬢ちゃん。」
政子は屋敷へ駆け戻ると数分後、竹皮にでっかくて不格好な握り飯を、何個か包んで戻ってきました。
「ほら、熊ちゃん!たんと召し上がれ!」
政子が握り飯を差し出すと
「・・・お、おう。」
大男はそれを受け取り、がっついて、たまに喉に詰まらせながらも、あっと言う間に平らげてしまった。
「ぷはーっ!!美味かったあ!!・・・生き返ったぜ!!ありがとう、お嬢ちゃんあんたは俺の命の恩人だ!!」
それまでの精気の無さが嘘のように元気になり、それを見て政子はニッコリしながら
「良かったのう!・・・ところで、熊ちゃんのお名前は何て言うんだ?」
「だから、熊じゃ無いっての。俺の名はだな、鎮西八・・・。」
大男は素直に名前を言いかけたが、慌ててやめました。
そう、もう大凡ネタバレしてたと思いますが、大男の正体は保元の乱で敗走した源鎮西八郎為朝その人でした。
戦場となった都を後にし、追っ手を逃れ、東へ東へと流れ着いたのだった。
「ちんぜいはち?・・・ちんぱちか。」
「・・・何て略し方をするんだ。まるでどっかの先生みたいじゃねえか。・・・まあ良いや、お嬢ちゃんさっき強くなりたいって言ってたよな?」
「うん、言ったぞ。」
「俺は西から旅をして来たんだが、ちょっと疲れちまったからしばらくこの山で休ませて欲しいんだ。」
「うん。」
「もし俺の事を誰にも言わないでくれて、・・・その、・・・一日一食で良いから、飯をご馳走してくれるなら、俺が武芸を教えてやるけど、・・・どうだ?」
この粗暴な武者も、流石に年端のいかない幼女に飯を無心するのは恥と考えたのか、言葉を詰まらせながらそう言うと、政子は目を輝かせて
「うん!良いぞ!教えてくれ!これは、アレだな?ちんぱち先生じゃな?」
「あーあ、言っちゃったよ。・・・てか、俺は先生なんてガラじゃねえしな。好きに呼んでもらって良いぜ。」
政子はちょっと考えて
「・・・じゃあ、うん!お主は"はち"じゃ!」
「えええええぇぇぇぇぇっ!!!今までの"熊"とか"ちんぱち"とか帳消しかよっ!!!」
こうして保元の乱で敗走し、逃亡生活を続けていた当代無双の猛将、源鎮西八郎為朝は、ここ伊豆の国で政子という不思議な少女と出会い、しばしその破れた羽を休めるのであった。

そしてちょうど時を同じくして、都ではまたも天下を揺るがす一大事が勃発していた。
その頃朝廷は、先の戦で凋落した摂関家に変わり、策略を持って権力を掌握した信西と、その武力と財力で信西を支え、それまで下に見られ続けていた貴族達を押しのけ、共に出世街道を駆け上がった平清盛が幅を利かせる構図となっていた。
当然出る杭は打たれるもので、下級貴族からのし上がりそれまでの政を強引に刷新しようとする信西と、そもそも貴族以下の武家である清盛が権力を強めていく事は、他の保守的な公家達から強い反感を買っていたが、武家であるからこそのまさしく武器を携えた清盛達には逆らえずにいた。
そこで藤原信頼を中心とした反信西派の公家達からの白羽の矢が立ったのは、平家と並ぶ武家の名家であるにもかかわらず、出世レースで出遅れた源氏の源義朝であった。
しかも義朝は、先の戦の戦後処理で、信西と清盛の策略により父為義を自らの手で処刑させられ、それ以降この二人、特に元々同じ北面の武士としてお互い御所を守り、若かりし頃から盟友と思い信頼してきた清盛の豹変に失望すると共に、強い怒りと憤り、そして嫉妬の念を覚えていた。
そして、清盛が一門を連れ熊野参拝で京を留守にしてる間に、反信西派が兵を挙げたのだった。
義朝を中心とした反信西軍は三条殿を襲撃したが、信西は襲撃を予測し三条殿をいち早く脱出していた。
反信西派軍は後白河上皇を保護し御所へ連れ二条天皇と共に囲い込んだ。
一方、三条殿を逃れた信西は土に穴を掘り箱を埋め、そこから竹筒を地上に伸ばし潜んでいた。
それは人類史上初、シェルターが発明された瞬間だった。
・・・が、反信西派軍に捕らえられた郎党が、訊問の末に主人である信西の居場所を吐き、掘り返され首を刎ねられた。
義朝達の反乱、そして信西の死を熊野で知った清盛は仰天したが、反信西派軍が多勢では無いことを知り、しれっと京に戻り、すぐさま藤原信頼に恭順する意向を示す。
信頼は義朝と、そして多数の兵力を擁する清盛を従えたと喜んだが、清盛は信頼が囲っていた二条天皇と後白河上皇を密かに救い出し、官軍としての体制を整えると兵を挙げ、六波羅で義朝軍を圧倒的な軍事力で破り、信頼は捕らえられ処刑、義朝軍は散り散りに敗走してしまう。
後に言う平治の乱は平家の圧倒的勝利で幕を閉じたのであった。

この戦が初陣であった義朝の嫡男である頼朝は、逃亡中追っ手に捕らえられ清盛の元に送られた。
頭領である義朝は、数人の部下を引き連れて、東国に落ち延びる途中の尾張の地で、部下である長田忠致の屋敷に這々の体で逃げ込んだ。
忠致は敗軍の将となった主人をねぎらい暖かく歓待したが、実は平家側に乗り換えようと企んでいた忠致の手勢に入浴中に襲われ、非業の死を遂げた。
・・・全裸で。
そして義朝の首を手土産に清盛の元に参じた長田忠致だったが、清盛にその下心を見透かされ、不義者として即座に処刑を命じられた。
命乞いの言葉を叫びながら平家の武者達に引きずられる忠致には一瞥もくれず、清盛は無念そうな表情のかつての盟友義朝の首をじっと見下ろし、そして側近へ耳打ちした。
「義朝よ、最期の最期までツルむ奴を間違えたのう。と申されております。」
・・・こうして、武家の名門ツートップの一角であった、源氏は事実上崩壊した。

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