六、怨霊 You

「ただいま戻りましたあああぁぁぁっ!」
政子が宿舎の玄関に入り、大きな声で挨拶をしました。
「バカモン!!一人でどこをほっつき歩いとったか!?」
すると一足先に清盛邸から戻っていた時政が、政子に怒鳴りつけました。
政子は
「しまった、出た時のように裏から入れば良かった。」
と思いながら
「一人ではありませぬ、・・・豊武と一緒でした。」
と、変な言い訳をし、時政はそれを聞きさらに怒り
「そんな事はどうでも良い!!一体どこで何をしておったのか!?」
政子は答えに困り、持っていた新撰組と掘られた木刀を掲げて
「はい!かか様にお土産を買っておりました!」
時政は呆れて、ガックリと肩を落とし
「・・・お前って奴は、・・・何故母の土産に木刀を?ヤンキーの中学生のセンスだな。」
そして傍らにいた若い家人を振り返り
「お前も政子がウロチョロせんように、見張っておれと言っといただろうが?」
「お嬢は確かに奥の間でお昼寝をされてましたが。・・・ほら?」
襖を開けると布団が引いてあり人が寝てるように膨らんでいた。
「ほら、お嬢はお昼寝されてるでしょう?」
「アホかお前は。現にここに政子がおるだろうが?」
時政がズカズカと布団に近づきめくり上げると、布団の中には時政の鎧が置いてあった。
若い家人が目を丸くして
「い、いつの間に。お嬢、まるでくノ一のようですな!」
と妙に感心している。
「へへーん!でしょっ?」
政子が誇らしげに胸を張ると、時政はガックリと肩を落とし
「・・・もう良いわ。・・・儂は清盛公よりお役目を言いつかった。・・・明日は早くに国へ向けて出立する故、夕飯を食ったらとっとと寝るように。」
それを聞き政子は慌てて
「ええっ!!もう帰るのですか!?まだ全然観光もしていないのに!?そうだ!清盛さんともお会いしてないです!!」
すると、傍らにいた若い家人も
「そうですよ頭領!まだ京都タワーにも登ってないです!」
声を揃えて、時政にクレームを付ける。
時政はそんな二人に激ギレし怒鳴りつける。
「じゃっかわしいわい!!!ボッケエ!!!帰るつったら帰るの!!!」

その夜、就寝した時政は、外から聞こえてくる尋常ではない物音に目を覚ました
「・・・すわ!何事!?」
時政が飛び起き、外の様子をうかがうと、大きな爆発音と赤々と燃える町。
そして多くの人々の逃げ惑う声、時折
「天狗だあああっ!!!」
「天狗が出たあああっ!!!」
との声が聞こえてきました。
そしてその騒ぎが段々こちらに近づいて来るのが分かった。
時政は自分の寝所を出て、政子の寝所に駆け込むと
「政子!政子!起きるのだ!」
と、寝ている政子を揺り動かしました。
「・・・ん、ムニャ、・・・認めたくないものだな。・・・自分自身の・・・若さ故の過ちというものを。」
政子はまだ夢の中のようです。
「・・・何の夢を見てるんじゃ?この娘は。えーい、起きんか!!」
さっきより強く政子の体を揺さぶりました。
「・・・ん?・・・とと様?どうしたのじゃ?」
寝ぼけ眼をこすりながら政子が不機嫌そうに起きる。
「よくわからんが、天狗が出て暴れてるらしい!ここは危険だ!逃げるぞ!」
時政がそうせき立てると、
「ほう!天狗とな?」
一気に眠気が覚め、嬉しそうに言う。
時政が政子の手を取り宿舎の外に出ると、阿鼻叫喚の悲鳴を上げながら無数の人々が逃げ惑っていました。
その人混みの向こう側を見ると、宙に人が浮いており、バリバリと雷を放ち京の都を襲っています。
人混みに押され時政とはぐれてしまった政子は、これ幸いとその場に立ちすくみ雷を落としている者の正体を見極めんと、逃げ惑う人々を避け宙をじっと見上げていました。
「・・・天狗?やっぱり、はちなのか?」
その人影はスゥーッと直立姿勢のまま宙を浮遊移動し、時折手を掲げそこから雷を放ち町を破壊していました。
無差別に放たれた稲光の一端がバリバリと音を立てながら、政子の頭上を襲わんとしたその瞬間、物陰から太い腕が伸びてきて、政子の襟首をつかみ間一髪、稲光の直撃を免れました。
「・・・ふえー、驚いたのう。・・・どなたかは知らんが、危ういところをありがとうございました!」
と、政子が暗闇のその救い主に礼を言うと
「政子!危ねえじゃねえか!・・・何でそんな所でボーッと突っ立ってんだよ?」
その正体は昼間に鞍馬山で会った、為朝その人でした。
「・・・はち?はちか?・・・何故、ここに?」
「いやあ、食い物を調達しようと近くまで来たらこの騒ぎだろ?天狗とやらの正体を見てやろうと思ってな。」
「はちがここにいるって事は、はちが天狗の正体じゃなかったんだな?・・・じゃあ、あやつは誰なのだ?」
「だから俺じゃねえって言ったろ。・・・でもよ、あの顔、・・・どっかで見た顔なんだよな。」
「何じゃ?はちの知り合いか?類友じゃのう。」
「あんなガチなのと一緒にすんなって。・・・はっ!?まさか!?・・よし!政子、俺の背におぶされ。」
何かに気がついた為朝は政子をおぶると、近くの建物の屋根によじ登りました。
すると雷を放つ人影に近づくことが出来、姿がはっきり確認することが出来ました。
ボロボロの着物と禍々しい黒い光を身にまとい、目はくぼみ生気が無く、鼻は普通の人間のようで天狗のそれとは違う物でした。
やつれた真っ青なその顔は怒りと悲しみに醜く歪んでいました。
政子はそんな怪人の異形よりも
「どうやってこの人は宙に浮いているんじゃ?どんなイリュージョンなんじゃ?」
そんな事ばかり気にしていました。
そんな政子を尻目に為朝はじっと怪人の顔を見つめ、確信したかのように
「崇徳さん!崇徳さんじゃないっすか?」
そう呼び掛けると、雷を放っていたその怪人は空中で動きを止め、為朝と政子の方をゆっくりと振り向き
「・・・麻呂の・・・俗世での名を呼ぶ・・・そちは・・・誰じゃ?」
この世の者とは思えぬ低くエコーの効いた恐ろしい声でそう答えました。
そうその怪人は保元の乱の首謀者で後に流刑地のうどん県で非業の死を遂げた、崇徳元上皇その人でした。
為朝はその戦で崇徳元上皇の軍に加わっていたのでした。
崇徳元上皇は表情を変えずに、為朝と政子の方に指先に火花の散る手をゆっくりと掲げ、今にも発雷せんと構えた。
ビジッ!ビジジッ!
流石の為朝もこれには肝を冷やし
「・・・ひっ!!!・・・俺っ!!!俺ですって!!!先の戦で、あんたの下で働かせていただいた源の・・・!!!」
必死に大慌てで名乗りかけると、崇徳はふと何かを思い出したように
「・・・おお、・・・そちは確か、・・・源為義の側におった・・・大きな若武者か?」
その表情はあまり変えず今にも電撃を放たんとしていた手を下ろし、そう言いました。
為朝はホッと胸をなで下ろし
「そうです!・・・えっと、その、崇徳さんはどうなすったんですか?」
そうたずねると、崇徳元上皇は表情を全く変えず
「・・・麻呂か?・・・麻呂は死んだのじゃ。・・・死して魂は暗黒面に堕ち、復讐の怨霊・・・SUTOKU KINGとして・・・降臨したのじゃ。・・・ギャハハハハハハッ!!」
そう言うとおぞましい狂気に満ちた高笑いをするのでした。
「・・・じゃあ、その、・・・ストッキングさんはどうしてこんな事をされるのですか?」
為朝はそのヤバさに、ちょっと引きながら恐る恐るそうたずねると
「・・・誰が、ストッキングじゃ。・・・まあ、良い。・・・麻呂はこの世に復讐を誓ったのじゃ。・・・麻呂を追い詰めた我が一族と藤原家、・・・そして平家にな。・・・ギャハハハハハハッ!!」
SUTOKU KINGがそう答えおぞましい狂気に満ちた高笑いをすると、為朝の背中で黙って成り行きをうかがっていた政子が突然泣きじゃくり
「・・・ぐすっ!・・・うえっ!・・・ストーキングさん、・・・可哀想なお方なんじゃな。」
「・・・誰が、ストーキングじゃ。・・・しかし、少女よ、・・・この麻呂のために涙を?・・・こんな恐ろしい姿になった麻呂を・・・哀れんでくれるのか?」
政子は涙を拭きながら
「・・・だって、・・・よくわからないけど、・・・死んじゃったのに、・・・成仏出来ぬほど酷いことをされたんでしょ?・・・超可哀想じゃ!」
SUTOKU KINGはそれを聞くと、先ほどまでの怒りに満ちた鬼の形相がうっすら和らぎ、
「・・・そち達に免じて・・・今宵は引き上げるとしよう。・・・そち達に会えて・・・良かった。」
穏やかな口調でそう言うと、為朝が
「それじゃあ、・・・成仏していただけるんですか?」
と、恐る恐るたずねると
「・・・残念ながら、・・・それはまだ無理じゃ。・・・麻呂の心の奥底で怒りの炎は燻っておる。・・・だが、・・・そんな日がいつか訪れると・・・良いのう。」
そしていつの間にか泣き止んだ政子が
「SUTOKUさんは妖怪ウォッチがあれば仲間になってくれるかのう?」
とたずねると
「・・・麻呂は妖怪じゃないぞよ。・・・まあ良い。・・・仲間にはなれんが、・・・そちに・・・力を分け与えよう。」
そしてSUTOKU KINGは天空に手を掲げ
「・・・朝夕に・・・花待つころは・・・思ひ寝の・・・夢のうちにぞ・・・咲きはじめける。」
と歌を詠み、政子の方にその手を差しのべました。
すると、その指先から紫色の光が一条、すーっと政子へ向かって伸び、政子の体内に吸い込まれ、政子の右手の甲にうっすらと梵字のような模様が浮かび上がりました。
為朝が驚き
「ま、政子!だ、大丈夫か?」
たずねると、政子はキョトンとし
「ん?・・・何とも無いぞ。ストリーキングさん、何をしたのじゃ?」
「・・・誰が、ストリーキングじゃ。・・・そちに電動アシスト機能を授けた。・・・坂を登るのが楽になるぞ。」
「ええーっ!何それ、つまんないのーっ!」
政子がほっぺたを膨らませると、SUTOKU KINGは表情を全く変えずに
「・・・ジョークじゃ。」
「・・・怨霊なのに冗談を言うのか?・・・はっ!まさか、あたしは呪われたのか?」
「・・・いくら怨霊だからとは言え、・・・麻呂の為に涙を流してくれた者を・・・呪うほど麻呂は・・・人でなしでは無いぞよ。・・・もう人では無いが。」
「・・・またジョークですか?」
為朝が恐る恐る聞くと
「・・・そう聞こえたのなら・・・そうじゃ。・・・少女、・・・そちにハイパーな強運を授けた。・・・まあハイパー悲運な麻呂の・・・授けた強運、・・・信じるか信じないかは・・・そち次第じゃ。」
そうSUTOKU KINGが淡々と政子に告げる。
政子は首をひねりながらSUTOKU KINGにたずねる。
「ふーむ、強運ですか。・・・一体どうすれば、それは発揮出来るんかの?」
「・・・閃きじゃ。・・・頭の中でピコン!と何か閃いたら、・・・それに従うが良い。」
「わかりました。ピコン!ですな。」
SUTOKU KINGは頷きながら
「・・・それと、暴風の術も授けた。・・・風を起こしたい方角に、・・・その右手を掲げ祈るのじゃ。・・・ただし3回しか使えんからのう。・・・心して使うのじゃ。」
政子が目を輝かせて
「やっと、何かそれっぽいのが出ましたな!でも、ストンピングさんみたいに雷の方がかっこよくて良かったなあ。」
そう言うと
「・・・誰が、ストンピングじゃ。・・・そちのようなガキンチョに・・・雷なんぞ授けたら、・・・見境い無しで危ないじゃろ。」
STOKU KINGが窘めるように言うのを聞いて、為朝が
「あんた、さっきからその見境無しで危ない事をしてただろうが。」
と、心の中で突っ込みました。
すると、SUTOKU KINGは為朝の顔を見て
「・・・何か・・・言ったか?」
と、言いました。
為朝は驚いて慌てて首を振り
「いえいえ!!何も何も!!」
と、全力で否定しました。
「・・・さて、・・・そろそろ帰るか。・・・夢の世に・・・なれこし契り・・・くちずして・・・さめむ朝あしたに・・・あふこともがな。・・・ではさらばじゃ。」
そう言い残し、禍々しい黒い霞のような物に包まれSTOKU KINGは姿を消しました。

政子と為朝はその姿を無言で見送り、フリーズしていました。
シーンと周りが静まりかえると、政子が
「・・・はち、さっき「ひっ!!!」って言って超ビビッてたよね?」
からかうように笑うと、
「だってよお、今まではどんな戦場で、どんな相手と向き合ってもよ、殺られる前に殺る自信があったから、全然怖いなんて思ったこと無かったけどよ。さっきはマジで「あ・・・、俺、殺られる。」って思って、あの走馬燈って奴?それがグルグルしたもんよ。」
「まあ、あの距離で雷に打たれてたら、ビリビリーッ!のホネホネーッ!になってたよね。」
政子と為朝がそんな会話をしていると、静寂を取り戻した町に逃げ惑っていた人々が、ぞろぞろと戻って来ました。
それを見て為朝が
「おっと、ヤバイヤバイ。俺もそろそろ山に帰るか。」
そう言い政子を路地裏に降ろすと、その頭を撫で
「じゃあな、政子。元気でな!」
と言い、政子も
「はちも元気でな。また会おうぞ!」
為朝はニッコリ笑顔で頷くと手を振り、暗闇の方へ走り去って行きました。
政子も宿舎へ戻り、父時政と一行は次の日の朝、都を後にし国元の伊豆へと旅立って行きました。

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