一、保元の嵐

「親父殿おおおっ!!・・・親父殿はいずこにおわすうううっ!?」
暗闇の中、無数の刀剣が火花を散らしぶつかり合う金属音、無数の武者達の怒号と甲冑がきしむ音が響く中、その中で一際、いや二際三際糞バカデカい馬上の若武者の野太い大声が切り裂く。
年の頃は18歳の現在であれば選挙権の与えられる年頃、身の丈は現在で言う2mを優に超える巨躯、乗られてる馬がちょっと可哀想。
団栗眼を血眼にし、熊っぽい髭の下のでかい口から真っ白な尖った歯をむき出して、飛んでくる矢を、雑兵が繰り出す槍を太刀で薙ぎ払いながら必死に父の姿を探す。
その声に一人の鎧武者が反応し、馬を寄せて近寄る。
「そこにおわすは、名のある武将とお見受けした!我こそは・・・」
「五月蠅い!!邪魔だ!!」
その名乗りを聞き終わらぬうちに、若武者は五人張りと言われる糞長い自慢の強弓を背中から取り出し構え、目にもとまらぬスピードで矢を放つ。
「・・・ウ゛ッ!!!」
矢はビュッ!と音を立て音速で馬上の鎧武者を見事貫き、鎧武者はうめき声と共にドゥッと馬上から落ちる。
それをドヤ顔で見やりながら
「ふんっ!馬鹿め。俺の行く手を阻まねば死なずに済んだものを。・・・おっと、こんな所でグズグズしてられん。親父殿を探さねば。・・・親父殿おおおっ!!!」
また大声で叫び、あたりを探りながら馬を進める。
するとその声を聞きつけ、物陰からヨロヨロと
「・・・おお、為朝か。・・・儂はここじゃ。」
老齢の痩せ形の小柄な武将が、刀を杖にして憔悴しきった表情で姿を現す。
老武将の名は源為義、武家の名家源氏の頭領だ。
為朝と呼ばれた大男は源為朝、為義の八男である。説明は割愛する。
「おお、親父殿無事でしたか?・・・クソッ!戦のわからぬアホ貴族どものせいで、こんな負け戦に。」
為朝が狼狽すると、為義もふぅーっと溜息をつきながら天を恨めしそうに仰ぎ嘆く。
「・・・ほんにのう、どうして儂らがこんな目に。」

・・・どうして?
これを説明するにはこの時代の背景とこの戦に至るまでを説明せねばなるまい。
ちょっと長ったらしくなりますぞ?
そう、それとこれだけは言わせて下さい。
・・・※諸説あります。
はい、時は後に平安時代と呼ばれる、世間一般は全然平安じゃ無かった時代の末期、世の政は天皇と代々の藤原家が摂政、関白と今で言う内閣総理大臣的なポストを世襲で引き継ぎ執り行われていた。
いわゆる摂関政治って言う名の独裁政治ですね。
そしてその他の政治家たる貴族達は、いかにその大ボス藤原家のご機嫌を取って、あわよくばより良い冠位に出世させてもらおうかってな事にうつつを抜かすのみ。
・・・いつの世も政治の世界は真っ黒ですなあ。
さて、そんな真っ黒な都から、国司などとして地方に派遣された下級貴族達が己の荘園を守るため武装し、武士なる新ジョブが生まれたのもその時代の初旬のこと。
その中でも皇室から落ちこぼれた、あの超メジャーな金太郎さんの親分で超マイナーな頼光と、「前九年の役」「後三年の役」で名を馳せ英雄視されながらも、身内が糞で晩節を汚された八幡太郎義家を擁する清和源氏と、チバラギで王様になろうとして乱を起こし失敗、人類史上唯一人、斬られた首での単独飛行に成功し名を残した将門を擁する桓武平氏、この二つの氏族が武士団のツートップとなっていました。
つっても、武家の中でトップでも政治の世界では貴族よりも下の身分、都や御所を守る番犬として飼われていたんです。
しかしもってそのワンちゃん達も徐々に知恵と自我に目覚めてきて、政の世界に這い上がるチャンスを力を蓄えながら虎視眈々と狙っておりました。
そしてそのワンチャンスがやって来たのです。
時の崇徳上皇と後白河天皇との皇位継承の件で揉めだして、そして実質の政を牛耳っている摂関家の藤原頼長と忠通との家督争いが勃発。
崇徳上皇と頼長が、後白河天皇と忠通がタッグを組み、現在で言う派閥を組んでどうにか自分達がチャンピオンになるべく画策。
・・・で、その政界ツートップの派閥争いに、ワンちゃん達ツートップ源氏と平氏が巻き込まれる羽目に。
いや介入したって言った方が正しいのか?プロレス的に乱入したのであった。
しかも、普通に考えれば源氏と平氏、それぞれに分かれて介入するのかと思いきや、源平氏族をシャッフルしての介入だった。
えーっと、なれそめはよくわからないけど、源為義、為朝親子は崇徳上皇・頼長側での参戦、平氏では平忠正が崇徳上皇側として参戦していた。
・・・ぶっちゃけモブキャラ寄りの武将ではありますが。
崇徳上皇・頼長陣営、後白河天皇・忠通陣営が京の街中に結集し、それぞれ陣を張った夕刻、崇徳上皇・頼長陣営での軍議が行われた。
末席にいた為朝がその一際大きな身を乗り出して
「・・・あのさあ、こんな所で軍議なんてしてる暇なんぞねえぜ?まだ奴らも陣を張って体制も整えてねえはずだ。これから一気に夜襲をかけるべきだ!」
と、まくし立てると、主席にいた頼長が眉をひそめて
「お黙りなさい下郎が!この戦は上皇様と我ら関白家の聖なる戦、夜襲などと匹夫の戦術を用いて勝利しても我らの名を汚すのみ。正々堂々と勝利を納めるのじゃ。肝に銘じなさい。」
そう、罵倒され
「・・・ふん!」
為朝は席を蹴って去ってしまった。
すると、その約半時後、逆に後白河天皇・忠通軍に夜襲を掛けられ、崇徳上皇・頼長軍は散り散りにされてしまったのである。

「クソッ!あの時、あのホモ貴族が体面なんて気にせずに俺の言う事を聞いていれば、俺達が敗れることは無かったのに。」
為朝が悔しそうにギリギリと歯を噛みしめる。
すると、為義は泣きそうな表情で
「・・・そもそも、儂はこんな戦などしたくなかったんじゃ。戦は嫌いじゃ!」
天を仰ぎながら嘆く。
「親父殿、そんな情けない事を申されるな!武門の名折れですぞ!」
それを聞いて為義はキッと表情を変え
「儂は武士になんぞなりたくなかったんじゃ!本当はパティシエになりたかったんじゃ!」
「パ・・・、パテシエ?パテシエとは何ですか?」
為朝が聞き返すと、為義は
「ちょっと気取った菓子職人じゃ!・・・嗚呼、儂は生まれる家を間違えたあああ!!」
そう答えると、頭を抱えて天を仰ぐ。
「・・・そんな事より、今はこの場を逃れ、体勢を立て直しましょう!」
為朝が為義を促し馬へ乗せようとすると、騎馬の一団が現れ、為義、為朝親子の行く手を阻んだ。
「そこにおわすは、源為義殿とお見受けした!」
その中で一際立派な身なりの、キザな感じの壮年の武者がそう声を掛けてきた。
「・・・てめえ、清盛か!?」
為朝がその武者に怒鳴るようにたずねると、その野太い怒声と暗闇から現れた為朝の巨躯にギョッとしながら
「う、うぬは為朝か?その昔、為義殿に九州に追放され、自ら鎮西総追捕使と称し暴れまわり、九州の豪族たちと数十回の戦を繰り返し、九州を平らげてしまいお尋ね者となっていた為朝か?」
その武者の名は平清盛、武家ツートップの一方の雄、平家の頭領である。
平家は清盛の父忠盛の代に瀬戸内海の海賊征伐に功を立て、さらにその海賊達を家臣に引き入れたため、西方の海上交通を牛耳る存在となり、その利権を使っての宋との貿易によって巨万の富を蓄えた。
その富をフル活用し皇室、貴族達に取り入り、武家としては異例の出世をしていた。
その地盤をそのまま受け継いだ清盛も、さらに政治的に才覚を発揮し武力、財力ともに充実させていた。
為朝は清盛の台詞を受け、
「うるせえ!説明くせえ台詞を長々としゃべりやがって。平家の頭領たるてめえの素首をたたき落とせば、俺達の逆転勝利だ!」
そう叫ぶと傍らにいた馬に飛び乗り、平家の騎馬団に向け一直線に突っ込んで行く。
「清盛様をお守りしろ!!」
平家の騎馬武者達が為朝の進攻を防がんと、次々と為朝の行く手に立ちふさがるが、為朝は次々とその武者達を打ち倒してしまう。
「ひいいいいい!!!!!」
その滅茶苦茶な武勇に清盛は恐怖し、完全に戦意喪失してしまう。
傍らにいた、これまた立派な甲冑を着けた端正な顔をした若武者が
「おのれ!父上、この重盛、見事あやつを討ち取ってみせます!出馬をお許し下さい!」
と意気込むと、清盛は慌てて首を横に振り
「重盛いかん!あやつは人では無い化け物だ!お主では到底及ばん!逃げるぞ!」
そう言うと、踵を返し馬を走らせる。
すると、重盛と呼ばれた若武者も
「え、えっ?」
と驚きながらも釣られて父の後を追いかける。
それを見た為朝は
「待てえええ清盛いいい!!!その首置いてけえええ!!!」
怒り狂い、立ちふさがる平家の武者達を打ち捨て追いかける。
「ひいいいいいいいいいい!!!!!※㌃☆¶あああああ×@梵△おおおおお$羅&%@>+㌦¥いいいいい!!!!!」
恐怖におののき、わけのわからない言葉を絶叫しながら火の海となった戦場を逃げ惑う清盛。
為朝は清盛の後、数メートルの所まで追いすがる。
その時、為朝の側方から何か無数の物体がが空気を切る音を為朝の耳が捕らえた。
すると、そこに次の瞬間、無数の矢の雨が降り注ぐ。
為朝は咄嗟に馬を止め降り注ぐ矢を薙ぎ払い、その矢の放たれた方を睨み付けた。
その間に清盛は、絶叫しながら脇目も振らず逃げ、九死に一生を得ていた。
「・・・チッ!・・・兄者か。」
為朝の睨み付けた視線の先には、後白河天皇・忠通軍として参戦していた血を分けた兄、源義朝が一軍を率い駆けつけていた。
「そこにいるのは為朝か!もうお主達に勝ち目は無い!父上と共に我らの軍門に降れい!さすれば命だけは助けてもらえるよう取り計らってやるぞ!」
太い眉、まっすぐで澄んだ瞳、凜とした声で為朝にそう呼び掛ける。
実は先に語った源八幡太郎義家とは為義の祖父、義朝為朝兄弟の曾祖父にあたる武将で、その功績から武士で初めて昇段を許された、まさに英雄だった。
しかし、義家の息子の義親は反乱を起こし粛清、義家の後継者であった義忠が暗殺され、捜査線上で容疑者とされた義忠の弟の義綱は、冤罪だったにもかかわらずその真犯人であった義光に騙されて甥の為義に滅せられた。
その真犯人の義光は東国へランナウェイし、デビュー戦でヘマった為義はその後も、やることなすこと丸出だめ男で、瀬戸内の貿易王となった忠盛率いる平家とは立場がスッカリ逆転してしまっていた。
その、地に堕ちた源氏の名を、東国方面の賊討伐等で功績を挙げ徐々に回復し、汚名返上?挽回?したのがこの義朝だった。
「兄者はそのつもりでも他の者が許すまい!・・・特に平家の清盛、あいつは真っ先に俺達を殺そうとするだろうよ!」
為朝が大声で反論すると
「清盛はそんな薄情な奴では無い!知り合った幼き日より帝と都を守る事を誓い合い、切磋琢磨した仲なのだ!きっと俺の意見に賛同してくれる!・・・無駄な抵抗はやめよ!」
そこへ、為義が遅れてやって来て、為朝の傍らに轡を並べる。
「フンッ!あんな口から生まれてきたような奴、信用してるとそのうち痛い目を見るぜ兄者!」
為朝が鼻をほじりながらそう皮肉ると、義朝はちょっと語気を荒げて
「五月蠅い!お前のような暴れることしか能の無い、粗暴な脳筋野郎よりは百万倍信用出来るぞ!」
「・・・・ぐう!」
ぐうの音も出ないと言いつつ、ぐうの音が出てしまったのはこう言う事ですね。
「どうした?我が一族の、そして世間の鼻つまみ者だったお前が、この兄に何か意見が出来るのか?」
義朝が勝ち誇ったように 、嘲笑いながら吐き捨てる。
脳筋で、若干コミュ障気味の為朝は苦し紛れに
「うっせえ!・・・兄者の母ちゃん出べそ!」
「・・・貴様、我が母を愚弄するか?・・お前の母ちゃんこそ出べそ!」
すると、それまで黙ってそのやりとりを眺めていた為義が
「黙らっしゃい!!童ども!!・・・血を分けた兄弟で争うでない!!」
その表情はいつもの頼りない老武将のソレでは無く、厳格な父親の表情だった。
「・・・父上。」
「・・・親父殿。」
義朝、為朝共にその父の滅多に見ない威風堂々とした姿に畏怖したじろぐ。
そして為義が威厳に満ちた態度で二人の息子を代わる代わる見つめながら
「お主達の母御は二人とも出べそなどでは断じて無い!・・・どちらも美しき女子だったぞ!」
威風堂々と言い放つ。
「・・・そっちかい!」
「・・・そっちかい!」
風貌も性格も似ても似つかぬ兄弟が、無言で同じ言葉で父親に突っ込む。
・・・腹は違えど、やっぱり血を分けた兄弟、通じるモノは多少なりともあるんですね。
「・・・ところで義朝よ。」
その静まった空気の中、空気を静めた張本人の為義が口を開く。
「さっき申したことは誠か?」
「・・・はっ?何でございましょうか?」
義朝が我に返って聞き返す。
「うむ、・・・その、・・・降伏すれば命は助けてもらえると言う話じゃ。」
それを聞いて為朝が我に返って慌てて
「親父殿!!まさか降ろうと言う腹づもりではありますまいな!?謀反人として粛清されますぞ!!」
制止しようとすると、義朝がその言葉をかき消すように食い気味に
「父上!お約束いたしますぞ!・・・我が命に替えても父上のお命、守ってみせまする!」
それを聞いて為義が、為朝の顔を振り返り
「・・・儂は義朝を信じ、降ろうと思う。もしお許しをいただけるなら、また一兵卒からでも帝をお守りさせていただきたいのう。」
空を見上げ恍惚とした表情で語る。
「為朝よ!お前はどうする?お前の武芸は天下無双、心を入れ替え忠孝に励めば、必ずや帝からの覚えも良く可愛がられよう!」
父為義をいとも簡単に口説き落とした義朝が、そう為朝にも呼び掛ける。
父がこちらに降る意思を見せた今、為朝も必ずなびくだろうとの読みだった。
すると、為義は間髪おかず
「・・・ふん!俺は誰かの飼い犬になるために武芸を磨いてきたわけじゃないぜ!」
「・・・なっ!?」
為朝の意外な返事に義朝は驚き絶句した。
「それに生かされる保証は無い!むざむざ殺されに行くのはゴメンだ!・・・さらば、親父殿!兄者!」
そう言い残すと火の海の中、馬を飛ばし、どこへともなく走り去り戦場となった都を後にした。
乱戦の中、藤原頼長は敵が放った矢を首に受け絶命し、崇徳上皇は姿をくらまし、後に保元の乱と呼ばれた戦は後白河天皇・藤原忠通勢の勝利で幕を下ろした。

そしてそんな頃、伊豆の豪族、北条時政が珠のような女児を授かりました。
名は時政の政の一字を取り、政子と名付けられました。
一話なのに主人公がこんな扱いで良いのだろうか?
・・・まあ、良いか。

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