いつでも、いつまでも、佐藤くんへ寄せて

分からないけど、僕が人生でイッちゃった瞬間の一つが、新宿リキッドルームでのフィッシュマンズであたことは間違いない、分からんけど、今思うと、それがリキッドルームでYour Song Is Goodが前座をしていたような気もするし、それがLittle Creaturesだったような気もする。そして、渋谷クアトロだったような気もするし、それはもう自分の中では具象ではない白色のビロードに包まれたような、そんなたおやかな想い出なんです。

小さい頃、家にはオート型のターンテーブルがあって、ステレオがあって、カセットテープデッキがあって、当たり前だけどカセットもあって、レコードもあった。リチャードクレイダーマンがあって、ポール・モーリア、パーシー・フェイスがあって、その中でも跳ねてたのがABBAだったりして、そういう音楽をオヤジが好んで聴いていた中で、僕が選んだのはオフコースのセレクション盤だった。左右のスピーカーの真ん中が気持ちいいということが分かって、真ん中に寝っ転がって何回もアホみたいに聴いた。それぞれのスピーカーもセンター側に向けたんじゃないかな、ヘッドホンで聴くみたいに。

ABBAがポップで音楽としての心地よさを届けてくれた以上に、オフコースは世の中の不条理というか、真っ直ぐに歩けないことに対して、それを正面から受け止めていることが歌詞にあらわれていて、それがとても素敵な音に乗っかってくるところにやられた。僕には花なんていらないし、チャンスは逃さないし、ワインの匂いもするし、秋の気配も感じる。本当に、感じることができた。そして、鈴木康博の曲が好きになった。その頃は、そういうタバコの匂いがするものに憧れた。

勉強して親を見返そう、世間を見返そうと、なぜかそういう復讐的な世界で生きていた自分にとって、そのために圧倒的な成績を残そうとしていた自分にとって、燻った風景は、逆説的だけど純粋なものだった。とても大事なものだった。

フィッシュマンズを最初に音源で聴いた時、佐藤くんの声が女みたいで気持ち悪いなと思った。もう聴くこともないだろうなと。どっから声出してるんだろなって、ね。

”宇宙 日本 世田谷”から聴いた僕は、”Weather Report”に惹きつけられていった。その後、段々と。そして、いつの間にか繰り返し聴くようになった。”空中キャンプ”も聴くようになった。”ナイトクルージング”凄えいい曲だなって。そんな感じで、ライブに行ってみようかなってノリで行ったのが、クアトロなのかリキッドなのか忘れたその日だった。

”Weather Report”から”Long Season”の流れだったかな、もうね、恐ろしいほどの多重な音による共振の連続だった。鳥肌とか、語彙を越えるよね。フルパワーの白色ライトを背に、ものすごいグルーヴで曲が奏でられて、佐藤くんの声が熱湯のような熱さを持った鋭利な氷のように空間を切り裂き、その瞬間だった。あ、これで死んでも良いや、それくらい幸せな空間と時間だなって、本気でそう思えた。20数年生きてきたクソガリ勉がそう思うんだから。この全ての物理的な波動と調和した状態があれば、それ以上の何がいるんだろう?ってね。

そんな佐藤くんがころっと死んじゃったのが、1999年の3月15日。昼過ぎくらいに音楽系のブログだっけ、その頃親しくしていた、そこに事実が淡々と書かれていて、もちろん彼?彼女?もその事実を消化できないから、事実をそこにそっと置くことしかできないんだろうな、と思ったけど。

凄い喪失感があったのは本当。僕だって彼に何かを依存していたから。でも、一方でこれで一つの永遠の物語が出来たな、これは僕自身とそして佐藤くんとの間での永遠の甘美な秘密の物語なんだな、そう思って高揚感の中にいる自分がいたんだよ。

変わってない。なんにもそこから変わってない。少なくとも自分はね。あの瞬間を冷凍保存していつまでも側に置いてる。辛ければその鋭利な冷たさと、狂おしいほどの熱さに触れることができる。そして、その世界が永遠に続いて欲しいと思ってる。

彼方にある音楽、此方にある物語。

僕はなんにも成長していない。

ありがとう。

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