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喪の挫折

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喪の挫折シリーズ
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2017年8月の記事一覧

ともだち

今日読んだ詩の中に、「友だち」という単語が現れた。 とくに読むのに不都合は感じなかった。 意味も分かった(ような気がする)。なぜだろう。 僕には「友だち」などいたことがないのに、つまり 見たこともない、言葉だけは聞いたことがある、「友だち」 というものが、どのようなものなのか知りもしないで 不思議な気分にもならずに どうして「友だち」をやりすごすことができるのだろう。 ことばの謎だ。「友情」は分かる。僕が友情を感じるのは みんな死んだ人たちだ。みんな、死んだ

くうとむ

死は、空なのか、無なのか。 生は、有であると、異論もあろうが、ひとまずいっておこう。 有るものが生きるのではなくて、生きながら有るに成る。 死は生の対義語なのか。もしそうなら有るのでないのだから無だ。 でもこれは錯覚のような気がしてならない。 有と無の区別の境界線をはさんでどちら側ということなら 死は生でなく、生は死でない、というだけのことなのか。 死に成るということは、その区別の可能性の条件を 日付変更線のような境界線をひく地面を失うということではないか。 悼