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ミシュラン三つ星レストランへの挑戦 vol.23

東京・白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ、柴田が日々、何を考えているかを綴ります。

第五章 オーナーシェフの「仕事」

vol.1からご覧いただく場合、あるいは章ごとにご覧いただく場合はコチラからどうぞ
 → 第一章 レストランのシェフになる
 → 第二章 プロの世界へ
 → 第三章 「料理長」を見据えて
 → 第四章 レストラン ラ クレリエール

23.ビフォー&アフター

想定内

中学生時代に料理人を目指した時から、僕は自分の店を持つ「オーナーシェフ」になることが一つの目標でした。漠然とした「夢」ではなく「目標」だったので、到達するために必要なことや辿り着ける道筋を常に具体的に意識するようにしていましたし、すでにオーナーシェフになっていた方々の話もよく聞くようにしていました。なので、いざ自分自身がオーナーシェフになった後も、想像と違うと感じたことや驚いたことは、あまりありませんでした。

例えば、時間。雇われシェフの時は、メニュー変更に合わせて新しい料理を作ったり、新しい食材の試作をしたりする時間があったのに、オーナーシェフになった途端、時間がなくてできなくなった!という話をよく聞きます。オーナーシェフになる際、よほど資金力がない限りいきなり大規模店ということはないので、大抵は小規模店からのスタートです。スタッフ数もギリギリなので、シェフが料理以外の仕事もすることになる。それまでは営業時間以外、全て自分の時間だったのが、その時間に業者さんとの連絡や経理、事務作業などをやらねばなりません。結果、自分のための時間=料理を生み出す時間がどんどん削られてしまうことになる。

そこで僕は、「オーナーシェフになったら当分は新しい料理を考える時間はない」と割り切って、オープンからしばらくは新作なしで営業すると決め、準備しました。モナリザのシェフ時代、僕が作った新作料理は年間100~120品。季節ごとに変わるコースメニューに合わせ、春夏秋冬それぞれ約30品作るからです。さらに、周年記念メニューやクリスマスメニューが加わって、30~35歳の間に500~600品のストックができていました。もちろん、各品のレシピノートもある。
オープン準備として、そのストックからクレリエールで出せる料理を抜粋し、リストアップしておきました。おかげでオープンからしばらくの間、新しい料理を考える時間がないと焦ることもメニュー作りに困ることもなく、逆に「料理は大丈夫」と思えた分、他のことに注力できました。

想定外

とはいえ、やはりやってみて気づくことも少なからずありました。例えば、業者さんとの付き合いも思っていた以上の大変さでした!それまでは、FAX一枚送っておけば翌日には食材が届くのが当たり前。でも、新しくオープンした店ではそうはいかない。モナリザ時代から引き続きお付き合いをする業者さんであっても、クレリエールとして新たに契約が必要。僕は食材によって違う業者さんから仕入れたかったので、オープン当初から仕入れ先が20~30社ありました。弁護士さんや税理士さんなど代わりに契約書をチェックしてくれる人もいないので、僕自身が内容に間違いないか、納品日は問題ないか、クレリエールにとって必要なことが的確に網羅されているか等々をチェックしなくてはなりません。ひたすら契約書を読んでハンコを押して・・・という作業に追われました。なんとか契約が済んで、FAXを送った翌日に無事に野菜たちが届いた時にはホッとして涙が出ました。
あと、食材は料理と直結するので僕でも分かることが多かったのですが、クリーニングなどは全くの守備範囲外。提示された額が安いのか高いのかも分からないので、それを調べることから始めなくてはなりませんでした。

一番の想定外は、レジ締めでした。独立前に河野シェフからも「絶対に(オーナーである)お前がやれ」と言われていたので、シェフの自宅まで教わりに行ったりして準備していたのですが・・・。オープンして2~3日目にパニックを起こしてしまいました。閉店後、ひと通り片付けが終わったらスタッフを帰し、僕が一人で最終的な掃除とチェックを済ませた後でレジを締める、というのが当時のルーティーン。その日は、翌日に常連さんの予約が入っていたので、その料理を考えたり仕入れの発注をしたりと他にやることがたくさんある中、レジ締めで分からないことが出てきた。マダムに聞こうと電話したのに、僕の頭の中はいっぱいいっぱい。マダムの言葉が聞けない、というか聞いても頭が理解してくれない。わーっとなってガチャ切りしてしまいました。そんな風になったのは初めてだったので、自分でも驚きました。ちなみに、今もレジ締めは僕がやっていますが、そこまでパニックになったのは、その一度きりです。

いま改めて考えても、オーナーシェフになった後の想定外はこのくらいで、ビフォーとアフターのギャップはほとんどありませんでした。以前お話したように、厨房は僕以外のスタッフが全員新卒で、毎日トラブル頻発で戦場状態でしたが、決して“想定外”ではなかった。次回は、その辺りのお話をしたいと思います。

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このnoteを初めて読んでくださった方へ
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初めまして。ラ クレリエールの柴田です。
白金でフレンチレストランのオーナーシェフをしています。
2020年のコロナ自粛の間、レストランのあり方や自分が今後進むべき道など色々と考えました。その中で「ミシュランで三つ星を獲得すること」を一つの指標として強く意識するようになりました。
そして、どのようにすれば三つ星を獲得できるのか、三つ星にふさわしいと皆様から認めていただけるのか、日々、考えたことや行動したことを記録に残そうと考えました。
ご興味を持っていただけたら幸いです。

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