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ミシュラン三つ星レストランへの挑戦 vol.31

東京・港区白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ、柴田が日々、何を考えているかを綴ります。

第六章 ミシュラン三つ星を目指す

vol.1からご覧いただく場合、あるいは章ごとにご覧いただく場合はコチラからどうぞ
 → 第一章 レストランのシェフになる
 → 第二章 プロの世界へ
 → 第三章 「料理長」を見据えて
 → 第四章 レストラン ラ クレリエール
 → 第五章 オーナーシェフの「仕事」

31.三つ星宣言 

とことん落ち込んだ先に浮かんだ想い

「自分は三つ星を取ります!」
何の前触れもなく突然、僕はSNSにそう投稿しました。確か2020年の5月か6月だったと思います。コロナ禍で思うような営業が出来ない中、やっとの思いで一週間の営業を終えた僕の気持ちは、威勢のよい投稿とは裏腹に底の底まで落ち込んでいました。
でも、自棄になって言ったことではありません。
身も心もどん底の中で、「もし20歳の時の自分が調理場にいたら、どんなシェフと働きたいだろう?」と考えてみたのです。

失った熱量の大切さ

思い返せば、僕が若い頃は誰もが「シェフになってミシュランの星を目指す!」と言っていました。しかし日々の仕事の辛さや現実の厳しさの中で、その熱が徐々に失われていく。何とか頑張り抜いて、晴れて自分の店を持てても、そこで燃え尽きてしまって、その先への情熱が持てない、ということは少なくありません。また、それまで経験したことのないオーナーシェフの仕事に追われ、先を見る余裕がないというのもあるでしょう。でも「独立後どうするか」まで考えずに独立してしまうケースも、多いように思います。星を目指した昔の気持ちは忘れ去られ、いつの間にか「独立」が自分の中で最終目標になってしまうのです。
もちろん、料理人なら「お客様に満足していただきたい」「お客様が笑顔になれる美味しい料理を作りたい」というような目標はあると思います。しかし、今回のコロナのような困難にぶち当たった時、それだけでモチベーションを維持することはなかなか難しい。もっと先の、長期的な視点が必要なのではないか?そう考えた時、僕は「オーナーシェフとしてやりたいこと」「オーナーシェフだから出来ること」があったはずだと気づきました。

「自分がやりたいこと」をやるために独立したはずなのに、いざ独立したらそれを見失っていた・・・なんて、ものすごく残念だと思いませんか?それに、シェフとして若い子たちに情熱を伝え、彼らが現在の職場で、そして自身の将来に対して目標を持てるようにすることも、オーナーシェフの大事な務めだと僕は思うのです。
「独立」と「ミシュランの星」を目指していた20歳の僕だったら、三つ星を目指し情熱を燃やして努力しているシェフの下で働きたい!
そう思ったからこその投稿でした。

東京の三つ星フレンチ

昨年12月に発売された『ミシュランガイド東京2021』では、212軒のレストランに星がつきました。その内、三つ星は12軒。フレンチに限ると4軒です。いずれも言わずと知れた名店で、料理も何もかも素晴らしいのですが、僕は「東京の三つ星フレンチの凄さはサービスにある」と感じています。
例えばロオジエは、銀座らしい優雅な空間で贅を尽くした美しい料理が楽しめる最上質の“ハレ”のレストランです。しかし、男性4人で行った場合と妻と二人で行った場合では、素晴らしさへの感動は同じでも、もてなしや印象が少し違ったりします。サービス陣が、男4人の“ハレ”と夫婦の“ハレ”の違いを的確に把握し、ロオジエらしさは保ちつつ、それぞれにとって“最高のひと時”になるようにしてくれているからです。これは一人の凄腕サービス人がいれば出来るものではない。サービススタッフ全員の高い意識とチームワーク、そして厨房との強力な連携があってこそ成し得るものです。
もう一つ、クレリエールの常連のお客様のこんな言葉も良い例だと思っています。
曰く、「“ハレの場”の良いサービスを受けたい時はロブションに行くけど、とにかく美味しい料理を思うう存分楽しむならクレリエールだね。」
そのお客様は「クレリエールが大好きだ」という意味で言ってくださっていることも、そのお気持ちも十分伝わっているので、とても嬉しい言葉として受け止めています。同時に、クレリエールの足りないもの、三つ星に届かない所がよく分かる言葉だと僕は捉えています。

問題の先にあるもの

コロナ禍で飲食店が大変な状況に置かれていることを、様々なメディアで見聞きしている方も多いでしょう。実際、大変です。そして皆さんの目に触れない所で歯を食いしばって頑張っている飲食店や関係者は、本当に大勢います。
僕も精一杯あがいて、思いつく限りいろいろなことにチャレンジしてきました。失敗もたくさんしたけれど、思いがけない学びやご縁を得ることも多く、僕自身、成長したと思います。そういえば、仲の良い料理人仲間からは、コロナ前と今とで別人になったと言われました(笑)。
そして「三つ星を取る!」と宣言したことで、それまで見えていなかったものが見えるようになり、クレリエールに何が足りないのか?もクリアに見えるようになってきました。
「何が問題かが分かった瞬間に、その答えは半分見ている」と、僕は思っています。
宣言で逆風も生みましたが、一度として情熱が冷めることはありませんでした。
これはもう三つ星に向かって進むしかないでしょう?

次回は、三つ星に向かって進むクレリエールの「今」と「それから」についてお話したいと思います。

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このnoteを初めて読んでくださった方へ
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はじめに初めまして。ラ クレリエールの柴田です。
白金でフレンチレストランのオーナーシェフをしています。
2020年のコロナ自粛の間、レストランのあり方や自分が今後進むべき道など色々と考えました。その中で「ミシュランで三つ星を獲得すること」を一つの指標として強く意識するようになりました。
そして、どのようにすれば三つ星を獲得できるのか、三つ星にふさわしいと皆様から認めていただけるのか、日々、考えたことや行動したことを記録に残そうと考えました。
ご興味を持っていただけたら幸いです。

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