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ミシュラン三つ星レストランへの挑戦 vol.24

東京・白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ、柴田が日々、何を考えているかを綴ります。

第五章 オーナーシェフの「仕事」

vol.1からご覧いただく場合、あるいは章ごとにご覧いただく場合はコチラからどうぞ
 → 第一章 レストランのシェフになる
 → 第二章 プロの世界へ
 → 第三章 「料理長」を見据えて
 → 第四章 レストラン ラ クレリエール

24.「出来ない」を作らない

「出来ない」を前提に考える

オープン当時、レストラン ラ クレリエールの厨房は、スタッフ4人の内、僕以外の3人が専門学校を卒業したばかりのいわゆる新卒でした。たとえどんなに才能があって優秀でも初めは出来ないことの方が多いということは経験上分かっていたので、「出来ない」ことに対してイライラしたり怒ったりすることはありませんでした。それに、彼らを選んだのは僕自身です。採用を決めた時点で「最初の3カ月くらいは自分ひとりでやらないといけない」と覚悟を決めていました。前回お話したメニューの工夫も、自分の時間がなくなることに加え、こういった厨房体制への対策でもあった訳です。

クレリエールのまかないづくり

「自分ひとりでやる」は営業に限ったことではなく、昼と夜のまかないも僕が作りました。お客様に出す料理ではないまかないこそ新人に作らせるべきでは?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実はまかないを作るってけっこう難しいのです。だからこそ、失敗を重ねることが勉強(修業)になるという考え方もあります。でも、僕の考えはちょっと違いました。

まかないで失敗する一番大きな要因は、量です。たとえば焼きそばを作るとして、パッケージに書かれた作り方はたいてい1人前か2人前、サイトを探しても4人前がぜいぜいです。当時のクレリエールだと厨房4人+ホール2人で6人前を作らないといけません。そこで2人前の分量を3倍して作る。すると何故か美味しくない。材料や水を正確に量り、指示通りにキャベツや肉を切り、炒める時間も守って再チャレンジしても、やはり美味しく出来ない。そう、料理には量に応じた作り方があるのです。6人前を作る時は「2人前×3」ではダメで、「6人前の分量」で「6人前の作り方」をしないと美味しくは出来ません。そこに気づき、最適な作り方を見つけ出すには、何度も失敗して時間もかかるので。まかないに苦手意識を持つ場合もあります。しかし当時の僕としては、まかないに頭を悩ますくらいならお客様にお出しする料理を作ることに頭を使って欲しいし、時間も労力も注いで欲しいと思っていました。
だから僕は、一度作らせてみて失敗したら、「6人前の作り方」を野菜の切り方からみっちり教え込みました。2ヶ月ほど経つと、作り方はとうにクリアして残り物の使い方にも気づけるようになる。そうして3カ月後には何も心配なく任せられる状態になりました。まかないへの苦手意識もないので、積極的に頭を使った美味しいまかないが出てくるようになりました。

誰でも「出来る」ようになるチェック表

終業後の最終チェックも工夫しました。衛生と安全の管理が最重要なレストランの厨房は、営業終了後の片付けと清掃が大事です。その出来が翌日の営業にも影響するので、大抵はシェフやスーシェフなどその場の管理責任者が最終チェックを行います。ル・グラン・ヴェフールではスーシェフがチェック係でした。ロブションではムッシュロブションだったそうで、チェックの間中、厨房がものすごい緊張感だったと聞いたことがあります。モナリザも河野シェフでした。細かい所まで気づかれる方なので、皆、緊張しつつシェフの動きを目でずっと追っていましたね。
チェックの対象や判断基準は店によって違います。また、それらが担当者の頭の中にあるケースと、表にリストアップされているケースがあって、ル・グラン・ヴェフールやモナリザは後者でした。

クレリエールもチェック表方式ですが、項目は一般的なものより細かくて多いと思います。一つには、僕以外のスタッフが最終チェックをしても、僕と同じレベルでチェックできるようにするため。もう一つは、片付けや掃除の目的や到達目標を明確にすることで、単に面倒くさい「作業」ではなく「仕事」としてスタッフに取り組んでもらうためです。書き方も、箇条書にせず、どこをどのように掃除するかなど具体的に書く形にしています。さらに、気づいたことがあれば随時追加します。掃除や片付けに限らず、たとえば営業中に僕から言われた「営業後にやっておく翌日の準備」を忘れて帰ってしまったら、次からは言われた時点でチェック表に「翌日の準備」を書き込むというのもアリです。
名前は「チェック表」でも、実質は「出来ないことをなくす表」であり「みんなが出来るようになる表」。チームが弱い時ほどマニュアルは必要だと僕は思っています。
ちなみに、同様のチェック表はダイニングにもあります。そして、今なお継続中です。

信頼して任せたダイニング

ダイニングは厨房とは180度違うやり方をしました。オープンに際して、全てをサービススタッフに任せたのです、リーダーはモナリザ出身の26歳、モナリザ以外もしっかりしたレストランで経験を積んできた人でした。「分からなかったら聞いて」とだけ伝えて、ワインのセレクトから水の注ぎ方などのサービス作法まで全て彼の判断でやってもらいました。聞かれたのは、僕と繋がりの深い常連のお客様の席をどこにすると他のお客様とのバランスが良いか?くらい(笑)。結果は上々。厨房に入りっぱなしだったせいもあるかもしれませんが、特に問題は見えませんでしたし、お客様からのクレームもありませんでした。新規オープンということと若いスタッフが始めたレストランということにおいては、立派に「出来て」いました。

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このnoteを初めて読んでくださった方へ
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はじめに初めまして。ラ クレリエールの柴田です。
白金でフレンチレストランのオーナーシェフをしています。
2020年のコロナ自粛の間、レストランのあり方や自分が今後進むべき道など色々と考えました。その中で「ミシュランで三つ星を獲得すること」を一つの指標として強く意識するようになりました。
そして、どのようにすれば三つ星を獲得できるのか、三つ星にふさわしいと皆様から認めていただけるのか、日々、考えたことや行動したことを記録に残そうと考えました。
ご興味を持っていただけたら幸いです。

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