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2019.6.27 二羽と庭、地底の石ころ

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あらゆる星々にも寿命があるということを悲しいと思うのが君で、安心するのが私なんだよ。
意味もなくかき混ぜたオレンジサイダーと、解けた氷の上澄みがひとつになっていく。飴玉を水に溶かしたみたいな、曖昧な甘みが渇いた口の中でほぐれていくのを想像しただけで吐き気が込み上げてくる。そういう夢を見たの。
目が覚めたら、車は大きな橋の上にいて、海の向こう側に川崎のでこぼこした工場と、そのさらに南の方角には入道雲が薄紫の空に煙っている。1時間以上車に乗る前には絶対トイレに行こうと何度決めても、くたびれて乗り込むときには一生忘れてしまう。

おなかの緊張感と、いつの間にかじんわりと抱えていた車酔いで手足と顔が冷たくなっていくような、でもまだ大丈夫だって分かる速度で、川底の、ヤマメの体温になっていく。そうして、魚になった。ハイヤーの11の座席を灰色に毛羽立たせて、夕焼けに浮かぶ雲の中を抜け、想像のオレンジサイダー、その底を目指して泳いでいく。

13℃の水温に辿り着いて目一杯に水を吸い込めば、そこが私の渓谷だとすぐに分かる。空、を見上げてみようにも首がないから、思いっきり体を上に向けた反動で空を飛んでいた。ふたつの翼が羽ばたいていた。眼下の水面で紅い木の葉模様散る銀色の魚を狙うのには高すぎる。

広葉樹の青い葉の隙間から落下して立ったふかふかふか緑の苔を着られたらと思ったから、今日はグリーンのタンクトップ(メゾンキツネで初めて買った服)に、おばあちゃんの限りなく深緑の、でも名前のつけられない色の半ズボンを選んだ。そういうにっぽん一早い夏休みが来たわけもなく、立ちっぱで乗っていたバスを降りる。眠くて目が60パーセントしか開かない。
前を歩くサラリーマンの向かいから、車のライトが迫っている。夜との境目でぼやけた光がうぶ毛のようにスーツの黒い輪郭を柔らかく覆っていく。
ナーズの2498番、タンローズのくすみも私のくちびるの上で乾いて、純な顔料に戻っていく。

リュックの中には『待ち遠しい』、柴崎友香の新しい本が入っている。無印良品の同じ黒い鞄を背負っている人と街で何度もすれ違う。それに安心するのが私で、悔しいというのがあなたなのだ。分かり合えない距離感は、お互いのつま先がそれぞれの家の方向へ進むたび、滲みながら広がっていく。雨が降っていて、電灯が光っていて、あるはずの星がひとつも見えない。

そういう話を具体的にはひとつもせずに、好きな先輩とふたりでラーメンを食べたら解決した。世の中の不運を拾い上げて考える余裕を持つ努力を2%起動したままで、仕事をしている。タル・ベーラの「サタンタンゴ」を観ることと、勝田里奈さんの卒業だけしか覚えていられないから、脳みそが、いつの間にかハムスターになってしまったのかもしれない。うめと桜ちゃんから、飲んだよってLINEと写真が届いていた。生きていくことについてうそなく話せる友達たち。彼女も彼女も私も明日も、ここで暮らしていくんだと思った。

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