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2019.11.11 冬が来るということ

24:13 

最後の晩餐にしましょう、ということで入ったお店の一番奥の席に座った。
テーブルを挟んで向かい合う。シンハービールと東南アジアの国旗がラベリングされたビールをそれぞれ頼んだ。カオマンガイと揚げ春巻きもお願いしたけれど、タイ料理屋で揚げたタイプの春巻きを頼む人を初めて見たので、そういう彼女の知らない世界を教えてくれるところ、悪く言えば突然遠慮のなくなるところが好きだと思った。
もうあと一週間でこの街から出て行ってしまう人を、止めることも追いかけることも許されているのにそうしない。いつも恋人のいる人を好きになっては自尊心を失って、彷徨いつくのは友達なのに、彼らからのLINEを未読無視して揚げ春巻きのもやしに感動していた。もうすでに、恋ではなく愛だった。愛はいつも人をずるくする、と私は思う。
好きだと伝えるのを諦めても、ここから広い世界を知ることを諦めても、この街でしか生きていけない確信が、ビールの泡と一緒にからだの内側を柔く刺し続ける。
フリスビーを無言で投げ合った。川沿いを延々と歩いた。私の好きな店に行き、彼女の気になった店に入った。うすはりの器を見て、いいねの音がハモった。ひとつのケーキを分け合った。知らない街の自動販売機であったかいほうじ茶といぬのにおいがするコンソメスープを買った。お互いをファインダー越しに見つめた。一枚ずつフィルムに光でそれを焼き付けた。
そういうことが自然にできるひとにこんごのじんせいでなんどであえるだろうか。よわきになる。かなしい。さみしい。どうやってのりこえようか、それでも、鳥類の彼女と哺乳類の私はそれぞれの体で冬を越すためにそれぞれの土地へ別々に帰る。
どちらも言葉を話せないけれど、何らかの判断が確かに下った。おしまいの、さようならの体温がお互いの手のひらから手のひらへ伝わっていく。 

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