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迷う心とは

「迷い」とは何か、僕は時々、考えます。
迷うことは、心が揺れてしまうことです。
自分の気持ちが右に左に、シーソーみたいに傾き、心が定まらない状態を指すのではないでしょうか。

どうして、心は揺れるのか。

心が揺れると、困るのはなぜだと思いますか。
それは、心というものが、存在しているようで、実は存在してはいないものだからではないかと、僕は考えています。

心が、どこにあるのか、答えられますか。
「胸」を指す人もいるかもしれませんが、心という臓器や神経はありません。
心は、実体のないものなのです。

心の正体

思考と感情が入り混じったものを、人は心と呼んでいるような気がします。
心に実体はありませんが、それでも、心は存在します。

心が思考と感情で出来ているなら、揺れるのも仕方ありません。
思考も感情も、幾通りもの捉え方があり、両方の組み合わせで、心の状態は出来上がっています。

特に感情は、少しの刺激や思いがけない記憶に、いつも振り回されています。
迷いとは、自分では、どうしようもない心の動きなのです。

多くの人は、それを知っているから、迷っている状況が、あまり好きではないのかもしれません。

迷いから抜け出す

なぜなら、人は、安定を好む傾向があるからです。
思考と感情、どちらかだけでも安定すれば、シーソーは、傾きながらも止まります。
思考と感情の両方をコントロールするのは難しくても、心のぐらつきがなくなれば、迷いから抜け出しやすくなります。

だから、僕は、迷っている時には、すぐに答えを出さないようにしています。

思考か感情、または、その両方のコンディショニングがいい時、迷っている問題と向き合うことにしているのです。

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