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Ep1 おはようリチャード

僕はタイに住んでいる。バンコクのとあるマンションで暮らしている。

保育園に通うムスメ(2)を、マンションまで迎えに来てくれる通園バスに乗せるため、毎朝エレベーターで1階まで一緒に降りてあげているのだが、毎週水曜に、必ず出くわす人物がいる。玄関ホールのソファに深々と腰を掛け読書する巨体の白人、イギリス人のリチャードだ。老人と呼ぶには若く、中年と呼ぶには老けている。間違いなくおじいちゃんの年齢のはずなのだが、安物の黄色いだぶだぶのTシャツを好み、これもまただぼだぼの短パンに黒のクロックスと、その「なり」は若い。要は年齢不詳に近い。

エレベーターのドアがチンッと開き、その向かって右斜め前方にソファがある。ソファの底板がしなるほどの重みで、ズシーンとソファを占拠しているので、否応にでも視界に入ってくるリチャード。グッモーニンと挨拶を交わすうちに名前を覚えられ、やぁケン!と声をかけられるのが、気がつけば日課になっていた。バスに乗り込むムスメを見送り、そして、リチャードが陣取るそのソファの横に、僕もよっこらせっと腰を下ろす。そして、とりとめのない朝の会話が始まるのだ。僕の住んでいるこのマンションを褒めること。このパターンがけっこうな期間、いま思えば続いていた。

彼はマンションの住人ではなく、英語の家庭教師だそうで、誰かを教えにここに赴いているのだが、いかにこのマンションの立地が良く、ほうぼうへのアクセスが便利か、だったり、タイ人、クロアチア人、アメリカ人、日本人などの多くの人種が住んでいるから、さながらここは国連のようにコスモポリタンだな、とか、戸数が多くないってことは、住人同士がお互いに無関心にならなくていいよな、しょっちゅうパーティーとかしてるんだろ?といったような、このマンションに対する彼独自の査定を、とくとくと説いてくるのだ。

自分の住んでいる場所を良く言ってもらうことは嬉しいもの。だけど、お褒めの言葉がややいつも似たような内容だったりするので、あーあ、また立地の話!つかまっちゃったかー。ソファに座らなきゃよかったー、と思ってしまうことも、申し訳ないがままある。だけどそれでも、水曜が来て、エレベーターのドアが開き、やぁケン!と声をかけられると、僕は彼の横に思わず腰かけてしまっているのだ。おはよう、リチャード。

画:久保雅子 www.masakokubo.com/

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