何が起こったのか-「小金井モデル」という困難(3)

 この連載の冒頭にも書いた通り、山岸氏と塩村氏の得票率の差は2%である。小金井での取り組みがなければ、隣接する三鷹市や武蔵野市と同じく五分五分であったと推測されるため、市民の取り組みで1%ほどの有権者を動かしたこととなる。では、どのような取り組みがされたのか。

 今回、小金井では山岸一生を高く評価し応援したいと考えた市民達が呼びかけ人となり「チームいっせい@小金井」が結成された。山岸一生を熱烈に応援する一方、党としての立憲民主党については特に応援しないというスタンスの集まりだ。衆議院選挙の際に中心となった市民連合こがねいは参議院選挙では特定の候補を応援しないというスタンスを取り、選挙期間中は活動しなかった。多くの候補者が立候補したこともあり、また、統一候補ではなく特定政党の候補の応援をすることを忌避する考えも根強く、衆議院選挙に比べ集まったボランティアは少なかった。10名ほどだろうか。総選挙の時は旧民主党系以外に5人ほどの非国政政党系の市議会議員も応援に回った。今回は、立憲民主党を除くと生活者ネットワークの田頭氏と無所属の坂井氏の2名のみであった(裏で動いていた議員はいたかもしれないが)。人は総選挙ほど集まらなかったが、山岸陣営の中で自治体をエリアとするボランティア集団は唯一であったと思われる。

 彼女らは、市内のポスター張り・市内の新聞に折り込むビラの証紙貼りはもちろんのこと、三鷹の事務所や中野のボランティアセンターでの作業、他の地域での街宣活動の手伝いにも従事した。そして何よりも、小金井市内での演説会のプログラム作成や司会、街宣カーのコース・演説箇所の決定にもかかわった。SNSにおいてもtwitterとFacebookのアカウントが作成され、他の地域での演説の様子や写真などの情報が発信された。

 情報発信で重要なのは誰が受け手であり、誰が拡散するのかということである。有権者の1%は1000人ぐらいであるが、1000人全員に直接メッセージが伝達されたのではない。その間には、オピニオンリーダーやインフルエンサーと呼ばれる人達がいたと考えられる。その人達が具体的に誰かというと、他の市民達、高いアイデンティティを持って政治にコミットしている人達、である。候補者が乱立する中で、誰を支持するか決めかねていた人も多かっただろう。地域での様々な運動/活動で「チームいっせい@こがねい」のメンバーと他のアクティブな市民達はつながりがあった。もちろん、SNSでもつながっていた。「チームいっせい@こがねい」の彼女達のSNSでの情報発信は、投票先を決めあぐねるアクティブな市民達に判断材料を送り続けることとなった。投票日が近付くと、選挙ボランティアに加わっていない人達からも、山岸支持の表明が示されるようになった。

 ここからは推測の域を出ないが、地域の運動/活動に加わるアクティブな人達は、他の地域の人々、それほど熱心に政治に参加していない人達ともつながっている。そこで、選挙の話題が出ることも多かったのではないか。そこでの会話の材料に、SNSで発信された内容が使われただろう。支持の呼びかけもされたかもしれない。

 このようにして、市民達によって有権者の1%が動かされた。

次回

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