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新しいオーディオジャンル「空気録音」を知っていますか?空気録音論2021

 ここ数年、新型コロナウィルスの蔓延により、オーディオメーカーやオーディオショップなど、オーディオ系のYoutubeチャンネルが激増しました。オーディオチャンネルではもうすでに「空気録音」が一つのコンテンツとして確立しています。
この「空気録音」という言葉は、2010年頃に出来た造語であり新しい概念です。それでまでは、空気録音に近い言葉として「生録」「生録音」がありましたが、これは、1960年頃からテープレコーダーの普及とともにSL機関車や花火、海部など、身近な音を録って楽しむ文化でした。

空気録音の誕生

 00年代後半のインターネット、Web2.0以降のことです。ビデオ撮影環境と動画共有サイトの普及から、オーディオシステムをビデオカメラで撮ったいわゆるオーディオ動画が出現しました。海外のオーディオマニアを中心に、新しいスピーカーのインストール風景や部屋にある機材の紹介などが動画コンテンツとしてYoutubeなどにあげられていました。しかしその段階では、音を撮って紹介しているというよりも、まだ日常を写したVlogのようなものでした。
しかしそのような動画でも、オーディオシステムから発せられる音色がうっすらと確認できることが極一部のオーディオマニアの間では分かっていたようです。

 ネットのコンテンツがテキストから動画へ移り変わっていく流れの中で、日本でもニコニコ動画やYoutubeを中心に、自宅のオーディオシステムを手軽なリニアPCMレコーダーなどを使って、簡単な動画や画像を添えた「空気録音動画」が出現しました。鳥の詩音質バトルなどがそれです。
それまでのオーディオ動画との決定的な違いは、名前にあるとおり「空気」です。それまでは、アナログプレイヤー、テーププレヤー、DACなどのオーディオ出力からの電気信号を直接ケーブルで繋ぎアナログ録音するものであり、完成したオーディオ機器の音を記録し共有するものではなかったのです。空気録音では、スピーカーから出てくる音、つまりは部屋全体を介して録音する新しい表現手法です。

しかしながら、オーディオから出てくる音を録音して動画共有サイトにアップしてさらに音質を吟味する空気録音は、多くのオーディオマニアから大変強い反発や違和感がありました。 空気録音は、録音された音源をスピーカーで再生し、それをレコーダーやカメラで録音してさらに、それを再生して聴くという”録音と再生が二重”になっており、大変に意味不明で、端的に言ってそれはただ変な音の録音なのです。 これは、4Kテレビの画質をフルHDのビデオカメラでとってYoutubeで見て評価するというような感じです。今現在でもまだこの拒否感は根強く、空気録音そのものに対する反発は未だに感じ取れます。

空気録音の可能性

 加えて、オーディオマニアが録音録画してネットに上げるという行為自体がまだマイナーであり、ネットでオーディオの音を聴いて貰うなんて引きこもりくらいしか考えないような発想でした。それがここ数年のスマホの普及と、このコロナ禍の世界の異変により、様子が一変しました。

現在では、空気録音がオーディオマニアの間で広く認知され、大手雑誌社までもが利用するようになっています。なんとも滑稽に思えた空気録音がこんなにもメジャーになってきた最大の理由は、オーディオの魅力をネットを通して伝える手段としてもっとも優れていたからです。言い換えてしまうと、動画としてこれ以上にうまくオーディオを伝える手段が、現状ないとも言えます。それでも、オーディオ趣味の発現から広く利用されている「スペック表」「数値」「グラフ」での客観的データや人間の聴感を通した「ことば」での評論よりも、よりキャッチーであり直感的な分かりやすさがありました。

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 空気録音では、部屋の音を含めてスピーカーの音を録音しているので、見方によっては、より自然にオーディオが鳴っている状況を客観的に見ることができます。また、マイクを通して聴くことで、普段聴いてるオーディオシステムでも、今まで感じ取れなかったような音を感じ取ることが出来ます。数曲録音してみると、聞き慣れない音に、新しい音楽の魅力だったりにも気づいたりします。手元のスマホで動画を撮ってヘッドホンで一度聴いてみてください”何とも言えない違和感”を感じるはずです。端的に言って、空気録音は音が劣化した音の悪い録音データですが、天然のアコースティックイコライザーで音処理をした音楽ファイルと言い換えることも出来るでしょう。
 
 足を運んで聴きに行かなければななかったシステムや誰かの部屋に、自室で自分のシステムを目の前にしていながら、世界中の音を疑似体験できるこの空気録音は、近年のオーディオ史に残る発明と言ってもいいでしょう。今後VRメターバスやポータブルオーディオなどと組み合わせてさらなる進展が見込めます。

空気録音の欠点と趣味性

 しかしながら、空気録音には欠点がいくつかあります。まず、音が正しく表現ことはまずありません。完全でない録音媒体+録音環境と再生媒体+環境を2重に重ねることになるので現実の音とのずれや人間の聴覚とマイク再生機器との性能差による表現の限界があります。空気録音には超低域だったり、超爆音だったり、音像の立体感や音の広がりなど、表現することが難しい要素が沢山あります。

 ただ音を録るだけでも、どのマイクを使うのか、マイク感度やスピーカーの音量設定、さらには、マイクの角度、高さ、スピーカーまでの距離など、マイクのセッティングにより音が大きく変わってしまいます。これまでの経験上、位置を低くすると低域が増え、高くすると低域が減りスッキリした音になります。同じ音量でもマイクの感度を高くしスピーカーの音量を小さくするのか、マイクの感度を低くしスピーカーの音量を大きくするのか、それだけでもずいぶんと印象に違う音になります。加えて録った後の音量調整などソフト的な違いもあります。しかしこれは現実で、録音技師やマスタリングエンジニアなどが、日常的に研究し行っていることと同じだと思います。

 さらに、聞く側でも音の印象は変わってしまいます。まずイヤホンで聴くのか、ヘッドホンなのか、スピーカーで聴くのか。またそれはどのメーカーで、音量はどのくらいで聴くのか、ヘッドホンにしてもスピーカーで聴くにしてもその組み合わせは無限大です。
そう、聴く側にも統一規格のような、”モニター環境”がありません。PCのモニターにあるようなカラーマネジメントといった統一規格がなく、聴く人それぞれ違う音を聞いています。スマホのマイクで録音されたものも、スマホのスピーカーで聴かれているかもしれませんし、ハイエンドシステムで聴かれているかもしれないのです。ただでさえ、録音条件によって大きく音質が左右されてしまうですが、再生環境でもその音が大きく変わってしまうのです。

録る側、聴く側でそれぞれの環境の差が大きい空気録音ですが、しかしこれは、日常的にオーディオで音楽を聴く事、一般的なオーディオ趣味と同じ事が起きていると思います。言ってしまえば、ここにあるのは圧倒的なアナログライクな「”趣味性”」だと感じます。

オーディオマニアの多くが空気録音を楽しむようになった要素の一つとして、この音を操るような録音再生の面白さがあるからだと思われます。極端な話、オーディオマニアが自分のシステムの音を練って煮詰めていくこと、音色が変わることに喜びを感じてオーディオをやっているように、技術や機材の違いで多種多様な音を奏でる空気録音は新しい一つのオーディオ趣味文化として花開きました。

空気録音は二重の録音にて元の音が劣化していますが、本質はいつも聴いているアコースティック音楽の録音再生となんの変わりもないと私は思っています。 もしオーディオシステムが一種の演奏だといえるのなら、空気録音はヴァイオリンが奏でている音をレコーダーで録音しているに過ぎないのです。そこにはホールの広さや、選んだバイオリンだったり弾き方、演奏レベル選曲など様々な要素が含まれます。


音は人なり

 オーディオ業界には、「音は人なり」という有名な言葉があります。この言葉を借りるなら、「空気録音もまた人なり」です。パラメーター配分が星の数ほどに渡る空気録音で出てくる音は、録る人の人間性そのものだと言っても過言ではないと思います。どんなオーディオを選んだのか、なぜその曲を選んだのか、マイクは?そのマイクの位置や感度は?そしてオーディオシステムの音量は?と、故意にしても、不意に選んだとしてもその人が選んだことには変わりありません。住んでいる部屋にしたって撮り方にしたって、その人の人間味がどこまでもにじみ出てきます。
 逆にいってしまうとそのような条件の不揃いゆえに、オーディオ趣味の中で役立てることは難しいです。空気録音は現段階では、あくまで雰囲気です。そういう中で、バックにある詳細な空気を感じ取れるかどうかが、この空気録音が楽しめるかどうかの狭間な気がします。そう”空気”を読むのです。空気録音をただの音のインプレッションとして聴くか、人を見るように聞くかでは、その人のレベルもまた推し量れていると言えましょう。それっもまた趣味の人間性の多様性を示しているようで人間観察的な面白さがあります。
 逆に、ブラインドテストのように、同じ部屋、同じシステムで音量をそろえてDACを変えたり、ルームアコースティックの位置を変える、スピーカーの角度だけを変えるなど、とすれば十分な差異が感じられ、その機材やアクションの有する意味を感じ取ることができます。また、一人の人が同じ部屋や同じマイクで長年とり続けたりすることも、録音の癖や変遷だったりがわかりやすく参考になることが多いです。なので私は基本的に空気録音での録音はSONYのMV1を使い続けています。
 空気録音は局所的な要素しか含みませんので、量こそ正義の集合体的な群像を作ってこそ意味をなすと考えます。しかしこれは結局文章によるオーディオレビューもまた同じ事が言えると思います。人が捉えている事象はどうやっても輪郭のぼやけた局所的な1つのピースにすぎないのですが、それが集まると情報になります。ただの1本の線でもそれが数万本集まったら立派な一枚のスケッチになるようにです。断片が集まったときの全体像こそが、無機質であるオーディオ機器の中に、まるで生き物のようなコミュニケーションを生むのです。

以下の動画はヴァイオリンを壁に掛けた状態のありなしを比較した例です。

https://youtu.be/TKgX734iRnI


さらに、空気録音の醍醐味として、「鳴らす音楽」が上げられると思います。本音で言うとここが一番重要なのではないかと思うほどに、空気録音に使う楽曲で試聴の印象は大きく異なると感じます。YoutubeをはじめとするSNSでは、初期頃から空気録音で使われる音楽に強い魅力を感じました。前述したとおりアコースティックで冗長な響きが加わる空気録音ではいつものように聴く音楽とは違う魅力が感じらあたらしい音楽ジャンルへの扉が開きくのです。。普段気に留めていなかったようなジャンルのアーティストや音楽に琴線が触れる事がしばしばありました。

https://youtu.be/-CLGajtv-CA

 動画共有サイトを越えて、Twitterが盛んになってくると今度は、スマホでお手軽空気録音が流行ってきます。自宅のシステムから、試聴会などの出先で手軽に音を録って場の雰囲気を伝えたり、実際に鳴っている音楽を音として伝えることが出来ます。スマホで録音された音には最初は私ですら懐疑的でしたが、手軽さとキャッチーさ、スマホの性能向上なども手伝い、現在ではこちらの方がメジャーとも言えます。非常に便利であり、SNSの本来の目的と非常にマッチするのです。

空気録音の大きな壁

しかしその中で、絶対に超えなければならない大きな壁が存在します。それが「著作権」です。空気録音の多くは有名レーベルの音楽をスピーカーで鳴らしたものをそのまま録ってネットへ掲載するために著作権的にグレーから黒です。海外のYoutubeやニコニコ動画と言った大手動画サイトでは、フェアユースやレーベルによってJASRACと許諾契約などで、問題なく使える事がありますが、現状では多くが著作権的に白黒はっきりしません。あるときレーベルへメールで確認したところ、原盤と著しく音質の異なる音楽仕様については黙認すると返事をいただきました。Youtubeだったら多くのレーベルでは、ContentsIDに沿っていれば問題ないようです。またJASRACについては相手にもされませんでした。

Youtubeなどの動画共有サイトの隆盛以前から、音楽著作権はずっとグレーゾーン扱いであり非常に難しくややこしい問題です。近年、ネット上での著作権の法整備が活発ではありますが、混迷を極めています。 これは空気録音だけでなく、個人でネットパフォーマンスを行う多くの人が悩んでいる問題でもあります。中でもYoutubeでの踊ってみたやオタ芸ジャンルでは、原曲が使えず渋々歌ってみたやボカロでの代用などの工夫がされています。しかしオーディオの空気録音では、音楽が非常に重要視されており、原曲でなければならない理由があると思います。オーディオシステムは音ではなく音楽も同時に聴いているのです。

そんな著作権に縛られている空気録音ですが、利用価値は十分にあると思います。SNSの発展により新しい出会いが増えましたが、それは空気録音も同じで新しい楽曲やオーディオ機材の発見。使いこなしや聴き方の再発見など、新たな人との出会いすらももたらしてくれるでしょう。著作権が厳しい楽曲についてはネットに上げなくとも、個人の範疇で楽しむことも出来ます。周波数が部分的に強調されて聞こえる空気録音ですが、部屋の残響感だったりオーディオセッティングの客観的な評価や個人使用でのシステムの記録には十分な優位性があります。

さらに、著作権フリーの安っぽさのある音源を使っても、同じ録音環境でのスピーカーの比較などでは、差異が分かりやすくなります。もちろん完璧な比較は出来ませんが、実際に聴くよりも分かりやすくなることもあり利用価値は十分にあります。以前から存在する生録と同じように、空気録音という行為自体を楽しむ事もまた非常に面白いです。どのように録ったら空気録音上でよりよく聞こえるのかはどこまで追究できるでしょう。

空気録音の未来に向けて

空気録音にはまだ可能性が十分にあると思います。現在、StereoSoundやオーディオショップなど企業が空気録音を活用するようになり、自社の音源だったり、アーティストに直接使用許諾を得た楽曲を空気録音として使用する場面が急速に増えてきました。 また録音環境に関しても、専門的な知見が入り成熟してきたと感じます。市場が非常に小さいオーディオ趣味が、音楽業界を動かせるのかすこしばかり疑問ではありますが。

これからさらに空気録音が活発に行われることでさらなる発展が望めます。

一部では、空気録音によって詐欺のような悪用が為されているとか、著作権侵害のイメージが強いなど負の要素もいまだに深いようではありますが、それはまさしく全く新しい文化が出現した過渡期である故の副作用であると思います。

現代のネット時代にふさわしい、オーディオの楽しみ方が一つ増えたと思いますし、なにより十人十色の空気録音を感じ取ることはオーディオ趣味同様にさまざまな出会いや面白さを含んでいると思います。Web3.0で言われる、NFTやメタバース、新しいオーディオ趣味のポータブルオーディオなどと相性が良く、高級イヤホンと組み合わせてVRでFMアコースティック試聴質の音を聞くヴァーチャル試聴や、ヴァーチャルハイエンドオーディオ所有など、全く新しいオーディオ機器の価値が生まれるのはすぐそこだと思います。現状でもオーディオ試聴会をオンラインで行う試みがあり十分な手応えが感じられます。withコロナの副作用的な働きかけとして、それまで引きこもりのオタクしか興味がなかった空気録音が、オーディオ業界全体が注目する事態になりました。

空気録音についてはまだまだ語りたいことが沢山ありますが今日のところはこのあたりでおしまいにします。最後までお読みいただきありがとうございました。

※この記事は、以下よりサルベージし、再編集した記事です。
Youtubeにあるオーディオ空気録音動画を知っていますか?空気録音論2021 ヘッドライン2021/01/03
https://web.archive.org/web/20210120204233/http://moeaudio.blog29.fc2.com/blog-entry-9273.html


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