見出し画像

【創作】若い頃からポータブルオーディオが好きだった男の話【世にも奇妙な物語】


これは、若い頃からオーディオの魅力にはまり、ポータブルオーディオにはまり、究極のオーディオを手に入れた、音楽を愛しイヤホンを愛した男の話。

 中学生だった男は、親から買い与えられたケータイを持ちイヤホンをさして流行の音楽を楽しんでいたある男。高校へ上がる頃、最近はやりの高級イヤホンが気になったのか、男にしては大金だった入学祝いと小遣いをかき集めて少し高いイヤホンを買ってみると、ただぼーっと学校へ行くだけだった通学時間がすっかり楽しくなりイヤホンの虜になっていた。

順調に大学へと進学し一人暮らしを始めた男。大学デビューをはたして最新のスマホを片手にTwitterを始め、大手イヤホン専門店でバイトをしたいだなんて考え出した頃、そんなイヤホン専門店の輝かしいスタッフたちを眺め憧れを抱いた男。自分も負けじと中古型落ちのフラッグシップDAPを手に入れて、究極のイヤホンであるカスタムIEMを人生最後のイヤホンだと豪語して作った。今住んでいる安いアパートじゃイヤホンで聴くのが一番いい音で、隣に住んでいるうるさいギターの音も気にならなくなる。電車に乗れば向かいのヤンキーが高笑いしている不快な声も聴かなくてすむ。なにより自分の一番好きな音楽が誰にも邪魔されずどこでも楽しめるんだ。なんてコスパが高い趣味なんだろう。それからも、さらに高いイヤホンが欲しくなって、バイトを増やしては貯めたお金はすべてイヤホンに使っていた。イベントがあると言えばヘッドホン試聴会もポータブルオーディオ見本市も足繁く行って仲間とオーディオを楽しんだ。そんなとき、ふと会場に巨大なピュアオーディオシステムが展示してあったが、音がやけにでかいだけでいい音とは思えなかった。やはり自分の好きな曲を遠慮せずに聴けるイヤホンが一番気持ちの良い音だ。男はますますイヤホンにのめり込んだ。

隙あればイヤホンを嵌めて自分の好きな音楽を耳へ流し込んでいった。通っていた専門店で新しい仲間と出会い、スマホを握りしめてSNSでの交流も楽しかった。

 それから10年ほどがたった頃、若者だった彼も今では、立派な社会人になっていた。社会のレールに乗って順調な人生を歩んでいた。ボーナスも貰えるようになった頃。自分へのご褒美だといって新しく出た高級DAPでも買おうかと、いつものイヤホン専門店へ行くと、試聴機にたむろしている学生がやけにやかましく感じた。自分もあんな頃があったなとしみじみした。

 男は、イヤホンが一番音が良いといっても、この頃は、スピーカーでのリスニングも少し気になりだした。スピーカーもちょっと揃えてみようか。そう思って家電量販店へ出向いて最新の高級DAPが楽に買えるくらいのお金でコンパクトなスピーカーシステムを買ってみた。いままで給料一ヶ月分くらいのイヤホンは沢山買ってきたけれど、初めてのスピーカーに心が踊った。
しかし、自宅に帰って聴いてみると、自分のイヤホンシステムのほうがずっといい音だ。DAPが買える程度のスピーカーシステムじゃさすがにこの最高の音を超えるのは無理だよな……男は思った。やっぱりスピーカーはサラリーマンの年収以上つぎ込まないといい音で鳴ってくれないんだな。男はイヤホンがやっぱり最高だ、そんな風に思った。

なんだかんだで、学生時代から恋愛経験もなく独身だったの男は物欲に負けて、あるお金は全てイヤホンにつぎ込み、最新のハイエンドDAPを買って悦に入るのだった。思えば、イヤホンのお陰で沢山の人に出会えたし、つらい受験戦争にも打ち勝った。そんな思いが男の背中を強く押し、夏のボーナスよりもずっと高いのDAPも、ローンを組めばなんてことなく買えた。

 それから10年以上がたったあるころ、ずっと独り身出いるはずだった男もいつのまにか結婚した。男はその流れで20年振りに地元へ帰ることになり、ローンを組んで実家をリフォームし両親と共に地元で暮らすることとなった。長い間音楽を聴くことを楽しみしていた男は密かに自宅に専用リスニングルームを作るのが夢であった。「やっぱりオーディオを楽しむ以上オーディオルームを持つのはひとつの夢だ。」とうとうオーディオ趣味いや人生最大の買い物である家を購入することになった。

地元のオーディオショップへ行きリスニングルームを設計して貰い実家のリフォームを行った。リスニングルームに置くスピーカーは大絶賛され数ある賞をも総なめにしたアメリカの最新鋭のアルミ製巨大スピーカー、プレイヤーはポータブルオーディオを楽しんでいた学生時代にあこがれていた韓国製の据え置きプレイヤーを選んだ。アンプとか細かいことはよくわからなかったのでお店の人に全部任せた。

ついに家のリフォームが終わり引っ越しをした。どこもかしこも煌びやかで広く静かなその部屋に最新のアメリカ製スピーカーを設置して学生時代、通学しながら聴いていたあの曲を聴いた。ついに究極の夢を叶えるときが来た男に衝撃が走るあれ?何かおかしい…?「これがみんなが憧れた最高の音なのか?」男は焦ったがその場の雰囲気にのまれ、設計をしてくれたオーディオショップの店員を横目に失礼があってはいけないと思い「あ~いい音ですね~」とぎこちなく言った。

しかし、リスニングルームは土地より高くついたし、新しく買ったオーディオシステムは高給取りだった男の年収の5倍以上はかかっていた。色々含めたら最新のスポーツカーより高いこのオーディオ装置から出てくる音はなんてつまらないんだ!頭に血が上り冷静さを失った男は、急いでオーディオショップへクレームを入れた。担当の店員からは、「部屋もスピーカーも新品ですからね、もう少しエージングすれば良いですよ。」とかるく返事がきた。そうかエージングか。男は引っ越しの新生活で疲れていた、そんな簡単なことも忘れるほど自分は疲れていたんだと男は落ち着きを取り戻した。

しかしそれから半年…1年…と立っても音は一向に良くならない。

またまた男はオーディオショップへ駆け込み担当の店員へクレームを入れた。店員「いやいや、アンプの駆動力が足りてないようですから今年発売されたこのアルミブロック削り出しの弩弓モノラルパワーに変えてみましょう」そう言われて男はスピーカーと同じくらい値段のドデカいパワーアンプをしぶしぶ買った。

 この頃疲れることばかりだった男に、久しぶりの大きな買い物にまたテンションが上がった。せっかくできあがった憧れの防音室、自分の好きな曲をガンガンかけて楽しんだ。アンプを変えたせいか少し聞ける音になってきたな
その後、店員にいわれるがままにケーブルを買い足し、電源を強化して……。
男は真のオーディオマニアとしての道を順調に突き進んでいた。

 ある日のこと、嫁から一言をいわれた。「音楽が煩いから音楽かけるの辞めてもらっていい?お義母さんも夜眠れなくて困ってるって」
 仕事から帰って音楽を聴くのが生き甲斐になっていた男にとって衝撃だった。確かに大きな音で音楽を聴いているかもしれないが、防音扉もしっかりと閉めて聴いているしこの部屋は防音室だ。
それでも嫁に言わせたら音楽が外へ漏れてうるさいという。そんなに小さい音でちまちま音楽を聴くのでは、イヤホンで聴いた方がいいじゃないか。男は思った。この頃帰りが遅い男はイラ立った。

「あの建設会社…実は手抜き工事だったんじゃないか?あの完璧なスピーカーの音も大して良くなっかったしな。」

 せっかく揃えた弩弓ハイエンドシステムを目の前に、その日からまたイヤホンを耳にはめて音楽を聴くようになった男。最高のオーディオを手に入れたと思った男は、これまでおせわになったポータブルオーディオのほとんどを処分していたが、学生時代になけなしのお金でやっと買った中古のDAPだけは手元に残していた。久しぶりに聴く懐かしのDAP。「あれ!?こんな音だっただろうか?」「さすがに10年20年も前のDAPじゃまともな音は出ないよな。」男は青春時代に愛用していたDAPの音の変化にあまり気にはとめなかった。最近出たAK1280でも買うか…。モノラルパワーアンプを搭載し、電源部がセパレート筐体、どんなヘッドホンでも鳴らしきる凄い奴だ。家のローンのことなんて忘れて、さっさと懐かしのイヤホン専門店へ出向きAK1280を買った。「さすがAK1280。学生時代に使っていたDAPとは桁違いの駆動力だ。耳ぶるぶる震えるくらいにイヤホンを鳴らしきっているぞ!」最新のハイエンドDAPの音は素晴らしいし家族にも迷惑をかけずに安心して最高な音量で聴ける。やはりポータブルオーディオは素晴らしいな。男は学生の頃の懐かしい感覚を思い出していた。

にしたって、年収の5倍以上もかけたピュアオーディオシステムはどうしたものか、手抜き工事に、家族からは音がうるさいと苦情は来るしこんなに金をかけているのに落ち着いていい音で聴けないじゃないか。

 この頃は、CMの音量規制があって耳障りな爆音もなくなったし、テレビはさらに薄型になって、昔よりずっと音が小さくなったみたいだ。昔はやったハイレゾからさらにDSDが普及して音楽の音圧もずいぶんと下がって音も良くなった。車は電気自動車が主流になったのか、幹線道路沿いのこの家も煩いとは感じなくなったな。それにしても最近の新入社員はもごもごしゃべっていて何を言っているのか分からない。まったく困ったものだ。家に帰ればこの頃はイヤホンをしているせいか家庭じゃ会話も無く家族もも昔より冷たいな。

防音室を作ったせいか昔よりもこのあたりも静かなで過ごしやすい住宅街だ。子供の頃住んでいた同じ街とは思えないな。最近の子供は携帯ゲームばかりやって外で遊ばなくなったのか不健康になったもんだな。

気晴らしにしばらく行ってなかった新しいカスタムIEMでもつくりに須山補聴器にでも行ってくるか。

おわり。

※この記事は、以下よりサルベージし、再編集した記事です。
【プチバブル】オーダーメイドイヤホンが若者間でブームに。 20万円以上もつぎ込む大学生も +日記 
2016/03/07
https://web.archive.org/web/20210120204233/http://moeaudio.blog29.fc2.com/blog-entry-9273.html

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?