『医師も患者も幸せになる3つの提案─ 「レビー小体病」の体験から』

 ✳️『総合診療』(2017年5月号 Vol.27 No.5 医学書院発行)特集『コミュニケーションを処方する ユマニチュードもオープンダイアローグも入ってます!』に書かせて頂いたコラム。医師の方々へ向けたメッセージですが、患者として、より良い医療を受けるためのヒントにして頂ければしあわせです。

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 正しい治療に辿り着くまでの10年にわたる医師たちと私とのコミュニケーションは、あぁ、それはマズイものでした。原因は、医師個人ではなく、医療の抱える問題にあり、私の無知にありました(ですから、医師たちへの恨みはありません)。
 医学情報は細分化し、日々更新し、患者は玉石混交の情報の海に漂い、医師と患者の関係は難しくなっています。その改善のための3つの方法を考えてみました。

裏目連続の医療体験
 その前に、私自身の失敗談を。
 私には、30代後半から、幻視・自律神経症状・薬剤過敏などが現れました。「レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)」と診断され、薬物治療などにより改善に辿り着いた時は、50歳でした。
 2人の子どもが中学生だった41歳の時「うつ病」と誤診され、抗うつ薬で失神・震えなどが出現。副作用を訴えましたが、薬は増量され、さらに悪化しました。公立病院で、主治医は毎年交代……。「薬をやめたいです」「もっと悪くなりますよ」を毎年繰り返し、断薬に同意する医師が現れるまでの約6年間、副作用に苦しみました。「薬をやめたら、うつ病が治った!」と、当時は家族と喜び合いました。
 50歳の時、幻視からDLBを疑い、専門の医師を受診。問診や知能検査では「DLBの可能性が極めて高い」と言われながら、「画像に出ないから」と診断されず、幻視の出る他の病気の可能性も「ほぼない」と言われました。
 「では、もしDLBだとしたら、進行を遅らせるために私にできることは何ですか?」
 「ないんですよ。今までどおりの生活を続けてください」
 命綱を目の前で切られたと感じました。画像に映ることのない幻視への恐怖、仕事も家事もできなくなった困難、苦しみや不安をそのまんま抱えて、遠い自宅に帰りました。
 その8カ月後(うつ病と誤診されてから丸9年後)、同じ医師にDLBと診断され、抗認知症薬治療が始まり、幻視も自律神経症状も改善し始めました。
 診断された日、長年の体調不良の原因がわかり「やっと治療を受けられる」と思うと同時に、「進行が速く、平均余命8年」という病が確定したのだと受け止めました。その夜感じた恐怖と絶望は、それまで経験したことのないものでした。
 若年性アルツハイマー型認知症の友人たちは、診断後、年単位のうつ状態を経験しています。私も、しばらくの間、死ぬ方法を考えていました。現在、当たり前のようになされる希望もサポートもない告知は、“呪い”にしかなりません。
 患者は、不安の塊です。薄いガラスのように繊細で脆くなっています。医師の軽い吐息ひとつ、単語ひとつに震えます。告知の時、正直に言えば、エビデンスなど二の次です。ひとかけらでいいから、希望が欲しいのです。「進行には個人差があります」でも、何でもいい。あの時、「大丈夫です」と言われたら、その後続いた地獄のような苦しみはなかっただろうと、あとで思いました。
 「樋口さん、大丈夫だなんて言えるわけないじゃないですか。もし大丈夫じゃなかったら訴えられますよ」と、のちにある若い医師からは言われました。
「“昨日の医学は、教科書の中にある。明日の医学は患者の中にある”って格言があるんですよ」とも。

3つの提案
患者と家族に賢くなってもらう。
 知識なくして、意思疎通など無理。患者本人の病気への学習意欲を高める工夫を。症状と薬を知り、記録をつけ、メモ持参で受診……と張り紙などで啓蒙し、待合室には本や資料を。曖昧な点は、診察室でも医師がパソコンを使ってその場で調べ、より正確な情報を患者や家族と共有できればいいのに、と思います。
否定文でなく「肯定文」で話す。
 「(数値や画像に)異常はないですよ」は、さらなる疑問と不安を生みます。
 深刻な病気の告知は、必ず“希望”とセットで。時間がなければ、明るい情報や相談機関などを書いたペーパーを同時に手渡してください。病気仲間の笑顔だけでも、希望が伝わります。
③ 仕事を振る。
 医師の仕事は多すぎ、責任は重すぎます。聞きとりや説明・指導などは、看護師や薬剤師などに振り分けましょう。診察の最後に「何か質問はありますか?」と尋ねて一言返し、詳しい説明や精神的ケアは他のスタッフから。

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 「最初から正しい診断に辿り着けなくて当たり前」という“常識”を広め、そのうえで、よりリスクの少ない、より良い治療に一歩ずつ近づいていけるように、医師と患者が力を合わせる医療を、私は夢見ています。
 私は治療が効を奏して、現在、認知症状態ではありませんが、幻視などさまざまな症状はあります。去年からDLBが進行しない症例の報告を聞いたり読んだりする機会が増えましたが、進行への不安は消えません。自分の残り時間を常に意識しながら、活動しています。医療が生む不幸が減り、医師も患者も共に幸せになれる。そんな医療を切に望みながら。
 最後に、好きな言葉を1つシェアします。

 (思考や判断の基盤は)堅固な知識、豊かな経験、そして身につけた知識や経験もこだわらない柔軟性である。
(安西祐一郎:心と脳─認知科学入門.p5, 岩波書店, 2011)

ひぐちなおみ:1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。2015年『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』(ブックマン社)を出版。日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞受賞。現在も幻視時間空間の認知機能障害、嗅覚障害自律神経症状など、さまざまな症状がある。レビー小体病当事者として執筆活動などを続けている。

【樋口直美:医師も患者も幸せになる3つの提案─「レビー小体病」の体験から. 総合診療 Vol.27 No.5 626-627 2017】


 🔵  樋口直美公式サイト

✳️ オノ・ヨーコさんに報道「レビー小体型認知症」とは(医療ジャーナリストの市川衛さんにインタビューされた記事。2017年4月27日付)

 ✳️ 医学書院のサイトに連載中(症状の詳細をエッセー風に)      『誤作動する脳 レビー小体病の当事者研究』

✳️ ヨミドクター(読売新聞サイト)に書いたコラム:
相模原殺傷事件に思うこと『普通の人として、普通に生きるために』    認知症と終末期医療 『何もわからない人というとても大きな間違い』

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