『認知症の人たちの小さくて大きなひと言』(監修 永田久美子 harunosora発行P76〜P80)

追記:これは、2015年に本の中のコラムとして依頼されて書いたものです。その後、病状は変わっています。2018年現在、幻視時間感覚の障害、嗅覚障害などがあります。

 < 認知症になっても人の価値は変わらない >  樋口直美

 2013年、私はレビー小体型認知症と診断されました。41歳でうつ病と誤診され、治療で悪化した日から9年という歳月を経て、やっと正しい診断と治療にたどり着きました。 
 現在では、自律神経障害以外の症状はほぼ消え、認知機能も正常化しました。その回復の記録をこの夏に上梓することができました。(『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』)

 自分の病気が認知症とわかった時、医師の言葉にも読み漁った情報にも希望はありませんでした。残酷な言葉が、容赦なく並んでいました。本人が自ら調べ、読むということを書く側は全く想像していないのです。
 診断された私たちは、まず医療者の発信した情報に打ちのめされてしまいます。診断後の精神的ケアや社会的サポートを提供している病院も稀です。
 「徐々に脳細胞が死滅し、知性も人格も命も失っていく」と書かれた病気にどんな希望を持てるでしょうか?
経験したこともない不安と恐怖に圧倒されました。そのストレスによって悪化し、新しい症状が次々と現れ、自信を失いました。自分のすることが信じられない、自分を信頼できないということは、底無しに孤独で恐ろしいことです。いつ失敗するかと毎日ビクビクし、人から普通の人として扱われなくなることを恐れ、どんな小さなミスをしても『進行したのか!?』と青ざめ、未来に怯える日々でした。
 でもそんな認知症情報は、根本から間違っていたのです。
 薬の副作用に気をつけた慎重な治療と自分で試したあらゆる努力の結果、私は、回復していったのです。
 この病気は、ストレス(不安・恐怖)によって悪化します。安心し、自信を取り戻し、人と楽しく笑って過ごせば、症状は治まることを体験しました。これは、アルツハイマー病でも同じだと聞いています。
 幻視や注意力の低下など多種多様な症状が出て、日常生活に困った時にも、思考力だけは衰えることがありませんでした。
 「認知症の人」と十把一絡げに呼ばれる私たちの本当の姿と医療者・介護者・世間の人の認識には、非常に大きな隔たりがあると、私は考えるようになりました。
 病気になったから困った言動をするのではありません。日々知性を失うわけでも人格が崩壊するわけでもありません。認知症を巡る多くの問題は、病気そのものが原因ではなく、人災であると私は考えています。

 若年性アルツハイマー病、レビー小体型認知症、ピック病等と診断された方々は、自らの工夫と努力と良質な医療によって自立した生活を長年続けていらっしゃいます。
 若年性アルツハイマー病と生きる丹野智文さん(42歳)は、発病後も同じ会社でミスなく働き続けていらっしゃいます。丹野さんには、記憶障害など重い障害がありますが、それを自ら補う正常な思考力、判断力、強い意志があるのです。もちろん職場の理解、配慮もあります。
 私たちは「認知症の人に見えない」と言われ続けています。これが真の姿だとは、中々認めてもらえません。
 「認知症の人に見える人」を日本で大量生産しているのは、「認知症の人」を追い詰める限りなくアウェイな環境と不適切な医療ではないでしょうか。
 私たちは、皆さんと全く同じ普通の人間です。ただ少し障害があり、病気によって違うその不便さを懸命に乗り越えながら暮らしています。病名を言った途端に「知性を失った異常な人」と見られることが度々ありますが、それは、全くの誤解なのです。

 私たちは、皆さんと同じように「人の役に立ちたい」と思っています。それは、高齢で病気が進行した方でも同じだと思います。施される一方の生活が、しあわせでしょうか?
 私たちは、対等な人間として人と接したい。人のために自分にできる何かをしたい。喜ばれたい。笑顔を見たい。社会の一員として役割を持ち続けていたい…。
 私たちは、病気と共に生きる新しい人生をより良いものにしたいのです。穏やかな日々の中で、皆で一緒に笑い、一緒に輝いて生きていきたいのです。
 夢でしょうか?いいえ。そんな新しい社会は、すぐそこまで来ていると私は、感じています。

 今、私は、この病気になって良かったと思い始めています。私は10年程の間に多くのものを失ったと思ってきました。でも病気を公にしてから、失った以上のものを既に与えられました。素晴らしい出会いがあり、多くの方からあたたかい言葉を頂き、支えられています。感謝の気持ちで一杯です。勇気を奮い起こし病気を公表して良かったと心の底から思っています。
 時間と共にどんな障害が現れようと、人の価値は何も変わることはありません。「認知症の人」は、普通の人です。  


⭐️ 樋口直美公式サイト      ⭐️ 拙著『私の脳で起こったこと


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樋口 直美

『私の脳で起こったこと』(2015年日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞)著者です。医学書院の「かんかん!」というwebマガジンに『誤作動する脳』を連載しています。樋口直美公式サイト→https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi
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