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私の時間感覚の障害

追記:2021年1月発行『時間と言語』(三省堂)の第2章で当事者3人が語る(綴る)時間感覚の共通点について考察されています。31歳で脳梗塞を起こし高次脳機能障害を負った男性の語りと『誤作動する脳』(医学書院。2020年)に私が記した時間感覚がほぼ同じであること、自閉症スペクトラム症の東田直樹さんとも共通することが詳しく書かれています。

以下の文章は、『誤作動する脳』の執筆依頼のきっかけとなった記録です。

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私の障害の中で、変動することなく常時あるのは、時間感覚の低下です。

(変動するものは、注意障害や空間認知障害など。地図が突然読めなくなる時がありますが、常に読めないわけではありません。)

最初に気づいたのは、2013年、興味のある新聞の記事を切り抜くのを忘れて、探した時です。いつの記事か思い出せず、7日前、6日前、5日前と辿っていって、前日の新聞にその記事を見つけた時、初めて、時間の感覚がおかしくなっていることに気づきました。

時間の流れを1本の直線と考えると、その線が消えている感覚です。基準となるべきものがなく、出来事が起こった時(年月日時)も順序も曖昧です。今という地点から、あることがあった(ある)地点までの距離感がない感じ。

知らない土地で、海や駅までの距離がわからないように、1週間後も1ヶ月後も1年後も遠さの違いを感じられません。知識としてはわかっても、感覚では、全くわからない。それは、例えば、見たことのない果物の名前や産地を知識として知っていても、重さや手触りや味や匂いが、わからないような感じです。時間の意味が失われて、自分との接点がない。

今、何月かは、ちょっと考えなければわからず、日は、もちろんわかりません。記憶することはできますが、忘れやすい。今日が、月のどの辺なのか、週のどの辺なのかも考えなければわかりません。自分が、時間の流れの中のどこにいるのかわからず、常に迷子になっているような心細さはあります。

「⚪︎⚪︎があったのは、いつか?」という質問には、記録を見るか、月日を記憶していない限り答えられず、予定も容易に覚えられません。何月何日という数字を記憶することは、できるのですが、それは、意味のない記号のように感じられて、実態を伴っていない感じがして、予定を覚えられません。

砂漠の中で、「ここですよ」と言われても何の目印もないから覚えられないように、来週、再来週、今月、来月の予定が、覚えられません。毎日何度も手帳や予定を書き込んだカレンダーを見返します。そしてカレンダーのマス目の面積でそこまでの距離を感じます。「4日後」という言葉には、感覚が伴いませんが、カレンダーのマス4つの面積は、より実感が伴います。

今は、診断された頃(2013年)と違い、物忘れは、ほとんどしませんし、記憶することをあまり難しいと感じませんが、時間に関係することだけは、どうしても覚えられないと感じます。

今日の午前中は何をしていたか、昨日は、何をしていたかを思い出すことが、難しいです。一昨日していたことを思い出すのは、不可能です。記録を見れば、その時のことは細かく思い出せますが、時間をたどって記憶をたぐりよせることが、全くできないと感じます。

自分の時間感覚で外出の準備をして遅刻したことが2回続いた後は、何時までに何をすると紙に書くようになりました。「間に合うだろうか」という不安が常にあるので、かなりせっかちになり、約束がある時は、かなり早く家を出るようになりました。

講演も20分、30分という長さが、感覚的にわからないので、原稿を作っていました。最近、新しい試みとして、思いつくままにお話ししてみたのですが、自分では不安と不満とストレスを感じます。

2時間の講演をしたことがありますが、その時には、スライドで時間配分をしていました。講演の時は、かならず大きなタイマーを見ながらします。講演では、同じ話はしませんし、時間配分も含め、相当な時間をかけて準備をするのが常です。

時間感覚を失って、良かったと思ったのは、去年の師走、1ヶ月間、焦りも気忙さも全く感じなかったこと。以前は、12月1日から「わ〜!今年もあと1ヶ月しかない〜!」と焦っていたのに、初めて悠然と大晦日まで過ごしました。初めてということは、この障害が、進んでいるということなのかと思いました。

自分でも体験したことがなく、聞いたことも読んだこともない症状なので、(自閉症の方に似た事があることは、少しだけ読みました。)自分のことながら、はっきりとは掴みにくい感覚です。「重いものを持ち上げる時、どの筋肉を使っていますか?」と聞かれても、やってみなければわからないように、何かをした時に(思い出そうとしたり。)初めて、できない程度に気づきます。どこまでが、どの程度できるのか、できないのか、自分でもよく把握できずにいます。


追記:「この障害を自分ではどう受け止めているのか?」と質問されました。人間としてとても大切なものを失ったのだろうと思いますが、取り返せないものなので、あまり考えないようにしてきました。

でも質問されて初めて、「時間の意味」を考えてみるのは、面白そうだと思いました。ちなみにアルツハイマー病とレビー小体病(パーキンソン病、レビー小体型認知症などを含む)では、時間感覚の低下の仕組み(障害の原因となっている脳の場所)が違うそうです。感じ方の違いを調べてみたいです。

追記 (2016. 9. 2):池谷裕二著「脳には妙なクセがある」(2012年発行)をパラパラ見てたら「ロンドン大学のマグワイア博士らは、(2007年に)海馬に障害がある患者は、未来を鮮明に思い描くことができないことを報告している。」とありました。

読んで、初めて気づきましたが、私も未来をイメージすることができません。未来という時間が、濃い霧に覆われているために、そこにあるべき出来事や自分が、ほとんど見えない感じがします。はっきりと把握できて、実感できるのは、「今」だけ。まさに刹那…。

だから、未来のことに対しては、感情が中々湧きません。「2ヶ月後の旅行を楽しみにする」といった気持ちが、ほとんど失われています。「2ヶ月後」は、霧の中にあって何も見えず、霧の中の「旅行」も、それを楽しむ「自分」もぼやけていて、どうしても明確にイメージができず、実感も持てません。時間と切り離して想像すればいいと思うのですが、上手くいきません。不思議な感覚です。

ずっと漠然と感じていた自分の感情への違和感が、少し理解できた気がします。


⭐️この投稿をきっかけに医学書院のサイト(「かんかん!」)での連載 『誤作動する脳 レビー小体病の当事者研究』が始まり、2020年3月に『誤作動する脳』を医学書院の「シリーズ ケアをひらく」から上梓しました。

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⭕️ 樋口直美 公式サイト  

⭐️拙著『私の脳で起こったこと』(2015年 日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞受賞)

⭐️研究者の伊藤亜紗さんから時間感覚についてインタビューされた内容 (感覚をイラストと文で見事に可視化した清水淳子さんのグラフィックレコーディングも素晴らしいです。)

⭐️2016年に9月に「黒田裕子記念神戸フォーラム2016」で専門職向けに1時間お話しした中から時間感覚の障害について語った部分(動画)です。⤵️

⭐️ ヨミドクター(読売新聞の医療サイト)に書いたコラム

「普通の人間として、普通に生きるために」 

「『何もわからない人』というとても大きな間違い」


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