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認知症に関する必読論文


雑誌「臨床と研究」(Vol.95 2018年)「かかりつけ医のための認知症診療の手引き」に素晴らしい論文がありましたので、ご本人の承諾を得て掲載します。前半では、認知症診療の大きな問題とその対策を鋭く示しています。

後半は、レビー小体型認知症に関する部分の抜粋です。

太字と🔴と改行は、私が入れたものです。

⭐️原文は、こちらから全文読めます。→PDF


小田陽彦先生の「血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症」

 血管性認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭葉変性症の診断は難しい。
平成21年から平成22年にかけて厚労省が65歳以上の一般住民を対象に行った認知症有病率等調査の結果を表に示す。いずれも認知症の専門医を擁する多施設の共同で調査は行われた。調査に使われた心理検査は実施手順やカットオフ値まで含めて厳密に統一された。認知機能評価基準,臨床診断基準も全国で統一された。
🔴にも関わらず,認知症と判定された人のうち血管性認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭葉変性症と診断された割合は施設によって大差があることが分かる。


例えば血管性認知症は施設によって137人中0人(0.0%)から136人中39人(28.6%)まで幅がある。レビー小体型認知症も137人中0人(0.0%)から148人中15人(10.3%)まで幅がある。
🔴感染症でもないこれらの疾患の発現率が地域によって大差があるとは考えられず,施設の診断能力に大差があると考えざるを得ない
🔴すなわち国の疫学調査に関わるような一流認知症専門医であっても,相当な確率で見落としあるいは誤診をするのは不可避であると言える。

🔴米国神経学会が専門医向けに作った認知症診断にかかるサマリーでは血管性認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭葉変性症の除外診断は必要だが臨床診断基準は不完全であることを明記している

🔴以上の事情により一般臨床医が早期正確診断を目指す必要はない。専門医にできないことを一般臨床医がやろうとするのは無茶である。
🔴一般臨床医に求められるのは(1)典型例を見逃さない,(2)専門医の診断であっても独り歩きをさせない,(3)不用意な薬物療法をしない・させないの三点にとどまる。

 本稿では血管性認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭葉変性症の典型的な症状を重点的に述べる。
🔴専門医の診断だからといって独り歩きさせてはいけない理由は「後医は名医」だからである。診断基準が不完全である以上,経過をみるうちに診断名が変わるのは別に不自然ではない
🔴当初はアルツハイマー病と専門医に診断されていたのが経過をみるうちに幻視,パーキンソン症状などの典型的なレビー小体型認知症の中核症状が発現することは稀ではない。

🔴そして、とくにレビー小体型認知症に言えることだが,不用意な薬物療法は思わぬ悪化を招く。不用意な薬物療法をしない・させないという点は認知症診療の肝である。
🔴当初はアルツハイマー病の診断で専門医によってアルツハイマー病治療薬を投与されていたのが,経過をみるうちに脱抑制,易怒性などの典型的な前頭側頭葉変性症の症状が発現し,一般臨床医がアルツハイマー病治療薬を止めることで興奮や暴力行為が改善するといった事例も稀ではない。

I. 血管性認知症
 …(中略)…

🔴Ⅱ. レビー小体型認知症
 認知症をきたす神経変性疾患の中ではアルツハイマー病に次いで多い疾患である。
認知症に加えて幻視,パーキンソン症状,認知機能変動,レム睡眠行動障害などがみられる。
🔴抗精神病薬に対する副作用が出現しやすい特徴がある。
その上抗コリン薬にも弱いという特徴があるので,レビー小体型認知症を見逃さないように気をつけるのは非常に重要である。
🔴見逃すと感冒症状にうっかりPL顆粒を出して,激しいせん妄を起こさせて難儀する羽目になる(PL顆粒には抗コリン作用が強いプロメタジンが含まれているから)。

 神経病理所見では顕微鏡でレビー小体を認める。レビー小体型認知症では主に大脳皮質にレビー小体を認めるが,パーキンソン病では主に脳幹にレビー小体を認める。🔴両者の臨床症状は同一ではないが神経病理学的には両者は同一疾患とみなされている。両者を合わせて「レビー小体病」ということもある。
レビー小体の主な成分はαシヌクレイン蛋白である。主に神経組織内にみられる機能不明の蛋白で,これが異常蓄積することによってレビー小体が出現すると考えられている。
🔴多くの場合,アルツハイマー病と同じく老人斑がみられるがその広がりはアルツハイマー病ほどではない。国際的研究グループ(consortium on dementia with Lewy bodies;CDLB)はレビー小体に関する神経病理評価ガイドラインを提唱している。

🔴 レビー小体型認知症の人の脳ではコリンアセチルトランスフエラーゼの活性が低下している。コリンアセチルトランスフエラーゼはアセチルコリン合成に必要な酵素なので,レビー小体型認知症の人の脳内ではアセチルコリンが不足していると推測され,そのせいで抗コリン薬による中枢神経系の副作用が出現しやすい可能性がある。
🔴CDLBの2017年版報告書では抗コリン薬により認知機能や行動に悪い影響を与え混乱状態や精神病状態に陥り得ると指摘されている。
🔴また、線条体のドーパミン・レベルも低下していると報告されており,パーキンソン症状の原因と考えられている。

🔴 地域住民に基づく研究の系統的レビューにおいて認知症と診断された地域住民のうちレビー小体型認知症の占める割合は4.2%と報告されている。
これは前述の厚労省疫学調査結果とほぼ一致する数字である。ただし同じレビューにおいて二次医療機関において認知症と診断された患者のうちレビー小体型認知症の占める割合は7.5%と高くなっていた
🔴Florida Brain Bankの剖検シリーズの報告によると,認知症の人382名のうちレビー小体病(LBD)の病理所見がみられた割合は26%だった。
🔴久山町研究の剖検シリーズの報告によると,認知症の人および認知症ではない人のうちLBDの病理所見がみられた割合はそれぞれ31.2%と10.3%だった。
🔴剖検シリーズでLBDの病理所見がみられた割合の方が疫学調査でレビー小体型認知症がみられた割合よりも高いということから,多くのレビー小体型認知症は臨床家によって見逃されていると推測できる。

 MMSEの点数は1年あたり3.4点悪化すると報告されており,アルツハイマー病とほぼ同等である。ただし発症して1~2年で急速に症状悪化し死亡にいたる例も報告されている。病理学的に確定診断されたアルツハイマー病63例,レビー小体型認知症42例,血管性認知症52例を対象にした後方視的研究によると,認知症発症から死亡にいたるまでの期間の中央値はアルツハイマー病,レビー小体型認知症ともに8年で差はなかった。

🔴 レビー小体型認知症では進行性認知機能低下(必須症状)に加えて認知機能変動,幻視,パーキンソン症状,レム睡眠行動障害の四つの中核症状がみられる。

🔴 レビー小体型認知症の進行性認知機能低下は,アルツハイマー病とは異なり記憶障害が最も目立つ症状とならず遂行,注意,視空間認知の低下が病初期から日立つのが特徴である。
🔴例えば物事の段取りをうまくできない,簡単な引き算ができない,ものの位置や向きを認識できないといった事象がよくみられる。
🔴レビー小体型認知症の人はMMSEの構成課題である二重五角形模写がうまくできない率が高いと報告されている。図に二重五角形を示す。複写された二重五角形に角が10個あり,1つの角が重なっていて,重なっている部分が四角形になっていれば正答で,視空間認知が悪いと片側が四角形になったり重なっている部分が五角形になったりする。

🔴中核症状の一つである認知機能変動は81%にみられる
典型例ではあたかもせん妄のように朝はしっかりしていたのに夕には別人のように話が通じなくなったりするので把握しやすい。
介護者はよく「ぼ−っとしている」「夜よく寝ているのに昼間もずっと寝ている」などと訴える。
🔴変動の期間は数秒のこともあれば数日のこともある。
介護者に「日によって調子が違いますか?」「しっかりしている時としっかりしていない時で差がありますか?」と直接問診した場合,レビー小体型認知症であってもアルツハイマー病であっても介護者は高い割合で「はい」と答えることが分かっている。
🔴CDLBが推奨しているのは以下の4質問である。
 (a)話の流れがバラバラになったりする時はありますか?
 (b)うとうとしたり不活発になったりすることが1日2回以上ありますか?  

(c)午後7時までの間の日中において,2時間以上眠っていますか?
 (d)長時間の間なにもないところを凝視することはありますか?

🔴4質問のうち3つ以上で「はい」という答えが返ってきた場合は,アルツハイマー病よりもレビー小体型認知症の確率が高いとされている。

🔴 繰り返し出現する具体的な幻視70%にみられる。
ただしベンゾジアゼピン受容体作動薬,H2遮断薬,第一世代抗ヒスタミン薬などは幻視を伴うせん妄状態をきたすことがあるので,これらを使っていて幻視がある場合はレビー小体型認知症と診断する前にまず医薬品をやめさせるのが原則である。
🔴アルツハイマー病では病初期に幻視がみられるのは稀なので,医薬品あるいはアルコールなどの薬物の影響がないのに病初期から幻視がある場合は,レビー小体型認知症の可能性が高くなる。

🔴具体的な幻視というのは例えば「寝室の布団の脇に子供が座ってじっとこちらを見ている」「こたつの上に近所の人の生首が置いてあるのがみえる」「蛇が壁をはっている」といった生々しい幻視である。
🔴「生首が置いてあるのに血が流れないので現実ではなく幻だと思った」と病識がある例もあれば「息子が亡くなったはずの夫を連れて帰ってきたから夫の分の晩御飯を作った」と病識のない例もある。
「赤い物が器に入って行くのが見えた」などと抽象的な幻視もある。ふとんの模様,壁のしみなどがあるとそこから幻視が誘発され易い。

🔴 レム睡眠行動障害76%にみられる。
睡眠中に大声を出したり激しい動きをしたりする。夢を見ている間に起こるので本人に異常行動の記憶がほとんどないのが特徴である。
認知機能低下に先行して出現することがある。
夢内容と一致する異常行動(あたかも誰かと話しているかのような大声の寝言,手足を動かして歩こうとする,ふとんを何度もたたく,隣の配偶者をなぐるなど)が出現するので一緒に寝ている人から病歴をとる必要がある。
ベッドから転落などの事故が予想される場合は寝室環境を整備してもらう必要が出てくる。
治療薬は少量のクロナゼパムだが,依存や転倒の危険があるので投与開始前に説明し理解と同意を得る必要がある。

🔴 誘因のないパーキンソン症状77%にみられる。
動作緩慢,安静時振戦,筋固縮,姿勢反射障害などである。
パーキンソン病の場合は左右非対称に症状が始まるのに対して,
レビー小体型認知症の場合は左右対称に始まることが多い。
パーキンソン病では安静時振戦が目立つが,
レビー小体型認知症では病初期には安静時振戦は目立たず,体幹・頚部の筋固縮が目立つ
パーキンソン症状に対してレポドパ少量投与が有効な場合があるが,精神症状悪化の危険があるので慎重な投与を要する。

🔴 CDLBの2017年版報告書が提唱する臨床診断基準では,必須症状の進行性認知機能低下に加えて中核症状である認知機能変動,幻視,パーキンソン症状,レム睡眠行動障害の四つのうち二つ以上あれば臨床的にレビー小体型認知症と診断される5)。
注意しなくてはいけないのは中核症状がいくら揃っていようとも,必須症状の進行性認知機能低下がなければレビー小体型認知症と診断されないという点である。

🔴 抗精神病薬への重篤副作用54%にみられる。
典型的な重篤副作用はパーキンソン症状の急性増悪である。
日常生活動作が急激に低下したり急に転倒したりする。
もともとパーキンソン症状がない人であっても急激にパーキンソン症状が出現することもあるので要注意である。
事前にどの患者に重篤な副作用が出るのかを予想する手段はない
その他,あたかも悪性症候群のように突発性の過鎮静,意識障害,筋固縮,無動が起こることもある。
ゆえに,レビー小体型認知症の除外診断ができていない事例では,抗精神病薬を一切使わないという姿勢が重要である。
以下、レビー小体型認知症とアルツハイマー病の違いをまとめる。

(以下省略)

 【小田陽彦:血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症. 臨床と研究 Vol.95 238-244 2018】

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