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北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周【9】3日目 天塩〜稚内① 2015年5月24日

天塩温泉で温まって熟睡し、「週末北海道一周」3日目を迎えました。今日はサロベツ原野を北上し、ノシャップ岬を目指すのですが…

快晴と強風の朝

5月24日(2015年)、目覚めると、カーテンの隙間から、明るい日光が差し込んでいました。

窓の外は快晴。

北西の水平線上に、利尻岳のピラミダスな姿が、今日はくっきりと見えています。ゆったりと長く裾を引き、沢筋には未だ多くの雪が残っている様子。山頂付近のみ、わずかに雲がかかっています。

天塩の朝。利尻富士遠望

よおし、と心が沸き立ったのは、ほんの一瞬のことに過ぎませんでした。

道端に何本か立っている交通安全週間の旗は、今日も千切れんばかりに激しくはためいています。しかし、どう見ても風は北西から、烈しく吹いていました。本日の経路では、最悪の風向です。

経験的に言うと、概ね風力3くらいの向かい風ならば、風圧は感じるものの、さほど意識せず走ることができます。風力4になると少々きつくなります。吹きっさらしだといわゆる「下ハン持ちっ放し」の状態となり、長距離を走るなら軽いギヤでくるくる回すイメージが必要になってきます。しかし、まだフロントギアをアウターに入れて走れるレベル。

これが風力5クラスになると、容易ならざる状況です。向かい風だと踏み続けていないと押し戻され、横風ならば斜めに走らないと前方へ進めない。風の歌を聴きながら走るのは無上の喜びですが、もはや歌ではなく咆哮の域となり、時には飛び砂と共に顔面に吹き付けて来るのです。

烈風の原野へ

走り始めると、疾風が正面から襲い掛かってきました。
日本気象協会が発表している、この日の天塩町の気象記録を見ると、
・午前7時 西の風 風速5.4m/秒
・午前8時 北西の風 8.8m/秒
・午前9時 北北西の風11.3m/秒
・午前10時 北北西の風 10.6m/秒
となっていて、ちょうど私が出発した頃から風が強まり、風力5の範疇に入ってきたことがわかります。

街を抜けて吹きっさらしになると、まさに風との一対一の格闘になりました。

電柱すらない原野に、道がまっすぐ伸び、海岸草原にタンポポの黄色い花びらが彩りを添えています。
フロントギアをアウターに入れたまま無理に踏み込んだりしたら、遠からず乳酸が溜まって脚が攣ったり、膝を痛めたりしかねないような厳しい状況。
堪らずギアをインナーに落としました。当然、速度はがくんと落ちます。
それでもなお、ハムストリングスやふくらはぎを使ってペダルを回すというより、大腿筋で踏み込む感じでないと、全然前へ進みません。

何もない緑の平原に向こうに、風車が何機も並んでいます。地平線上のその姿はまだ小さく、雑貨屋の店頭に並べられた玩具のよう。

オトンルイ風力発電所遠望

ライディング中、脳内では様々な音楽が奏でられるものですが、今日は、耳元でビュンビュンと鳴る風の音に、全てがかき消されてしまいます。そして、この風景に似合いそうなウィリアム=アッカーマンのギターなどではなくて、進めなくなった時のエスケープルートばかりが関心事となりました。

ともかくも、30キロ弱先にある稚咲内までは頑張ってみることにしました。昨日から、天塩町内の道路標識に現れる、WAKASAKANAIという、やたらとAの多い地名が少々気になっていたのです。アイヌ語で「飲み水がない川」の意味だとのこと。そこからは内陸に折れ、鉄道のある豊富町へエスケープする道もあります。

こんな風でさえなければ、稚咲内まではのんびり走っても一時間ちょっとでしょうが、今日のスピード表示は時速13キロ前後をうろうろしています。
稚内までこの状況が続くとなると、実走時間だけで5時間はかかります。この風の抵抗は、ある意味、同距離を登りっぱなしのヒルクライムよりきついものであり、暗澹たる気分になってきました。

風景は最高なのですが…

オトンルイ風力発電所〜北緯45度線を越える

一時間近くかけて、ようやく、地平線に見えていた風力発電所に到着しました。オトンルイ風力発電所といって、28基もの風車が並ぶ大規模な設備です。壮観と言えば壮観だが、今日は何とも禍々しい代物に見えてなりません。

オトンルイ風力発電所

この規模で、発電能力は、一般家庭1万2千世帯の1年分だそうです。それが多いのか少ないのかは素人には判断しかねるし、再生可能エネルギーの重要性を認めることは全く吝かではないけれど、必要面積に対して効率の良いものではないのだな、とも感じます。だから立地は地代の安い辺境の地に限定されるるし、産業用も含め全国で必要な電力を賄うには心許なく、原発必要論がリアリティと説得力を持つ所以なのでしょう。

まだ10キロ少々しか進んでいないが、気持ちが折れそうになって、ここで小休止。ドライブ旅行と思しき車が何台かやってきて、記念写真を撮っては、北へ、南へ消えていきます。普段なら気に留めることもないのだが、今日は忌々しく、というより羨ましく感じます。

この先で、幌延に至る道が分岐しているようなので、さっさと諦めて早めに札幌に戻ろうかとも思いましたが、このままではいかにも残念であり、稚咲内までは頑張ることに。

間もなく、北緯45度線を越えます。Nの字を模ったモニュメントがあり、その先に退避用のシェルターがあります。この辺は、地吹雪になったら自動車でも走れたものではないでしょう。私も過去に数回、ホワイトアウトを経験しているが、前後左右の感覚が失われそうな、かなりやばい状態でありました。ましてやここは救いを求める人家もありません。

北緯45度のモニュメント
その先のシェルター

モニュメントの向こうには利尻岳が浮かんでいます。利尻岳の山頂にかかる雲は、南から北にたなびいているようで、もしや海上では風向が逆なのか、と恨めしく思いました。

無人の稚咲内

さらに1時間ほど我慢のライドを続け、ようやく前方に数軒の家並みが見えてきました。稚咲内です。

地名が気になって我慢のライドでやって来たものの、来て見れば、小さな漁港はあるものの住民はいないようで、荷台に流木を満載した軽トラックが道端に一台泊まり、おっさんが立ち小便しているだけでありました。
商店があろうはずもなく、出発前に天塩で買い込んだ携行食の大福を水で流し込み、さて、先へ進むか、内陸へ逃げるかと、再び思案。

稚咲内

もしこのまま先へ進むならば、30キロ以上先の抜海まで完全なる一本道で、逃げ道なし。断念するならば、ここで判断して、内陸の豊富へ方向を転じなければなりません。

風景は美しいが、向かい風が厳しすぎ、苦行のようなライドです。

しかし、あと20キロほど頑張れば、進行方向が北北西から北北東に変わるので、完全な向かい風ではなく、斜め前くらいにはなります。
次回以降の日程を考えれば、内陸の中途半端な地点で中断するのはロスが大きい。さらに、札幌へ戻る特急「スーパー宗谷」の出発時刻には、まだまだ余裕もあるし…

総合的に考えて、抜海まであと30キロ踏ん張ることにしました。

※引き続き、烈風に立ち向かい、北へ。その先に待っていたものは…


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