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ライナスの毛布

元気がない。調子が悪い。

そんな心身の状態は、シグナルとして行動や振る舞いに表れる。

シグナルは人それぞれ違うだろう。たとえばそうだな、飲めもしない炭酸ジュースを買って無理して飲んだり、通知が来るはずもないSNSの更新ボタンを引っぱり続けたり、誰から貰ったのかもわからない海外みやげのアロマキャンドルを焚いてみたり、それから、コンビニのアイスコーナーで1番値段の高いアイスを買ったりとか。

私のシグナルは、聴く音楽に表れる。

元気がない。調子が悪い。そんなとき、私は昔よく聴いていた音楽を無意識に聴いていることに気がついた。

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ゴールデンウィークはあっという間に終わった。休み明けの月曜は、おめでたいことに朝からどんより灰色の雨模様だった。なんと素晴らしい幕開けか。

仕事に向かう満員電車の中、いつものように音楽を聴いていた。ぼさっと窓の外を眺めながら無意識に指が選んでいたのは、バック・ストリート・ボーイズの昔のアルバムだった。笑っちゃう、何年ぶりに聴くんだろう。小学生から中学生だった頃にものすごく大好きだった。サンタクロースにもらったMDプレイヤーと、年上のイトコに録音してもらったMDで、あの頃の私は毎日のように聴いていた。

ひょっとしたら、相当つかれているのかもしれないと思った。

普段私が音楽を聴くときは、その時々の雰囲気に合わせて曲を選んだり、季節や気分によってプレイリストを作ったり、トレンドのCM曲やヒットチャートを追ったりもする。

でも、そんな中に1つだけ、昔から大好きで耳馴染みのある曲しか並べていない"特別なプレイリスト"がある(別名、"葬式でかける用プレイリスト"だ)。もちろん、そこにはバック・ストリート・ボーイズの曲も並んでいる。元気がなかったり、どうにも気分が上がらないときは、嫌なことから逃れるようにしてこのプレイリストを開く。

何十回も何百回も聴いた耳馴染みのある音楽だから、もちろん歌えるくらいに覚えているし、バックコーラスやドラムのタイミングもわかっている。絶対に好きな曲だからストレスがないし、あの頃の思い出も相まって、半端じゃない安心感をもって聴くことができる。だから心が落ち着くのだ。ここが私の逃げ場、そう思っている。

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スヌーピーでお馴染みの漫画「ピーナッツ」の登場人物である男の子ライナスは、お気に入りの毛布(かの有名な"安心毛布"だ)を片時も手離すことができなかった。あの毛布は、彼の心を落ち着けてくれる魔法の道具だった。

ライナスは怯えるようなことがあれば、きっと"安心毛布"にくるまって、こわいオバケや意地悪な姉ルーシーから身を守るだろう。それが、彼の逃げ場だから。

私の"安心毛布"は、古き良き思い出にまみれた音楽たちだ。先の見えない不安や、何が起こるか想像のできない明日から逃れるように、1秒後のメロディすらわかりきった音楽を繰り返し繰り返し聴いて、安心感を取り戻す。それが、私の逃げ場だから。

きっとみんなも、いろんな形で"安心毛布"を握りしめているのではないだろうか。

逃げることは悪いことだと、誰かは言う。でも、自分だけの特別な逃げ場に立ち寄って安心感を取り戻すことができるなら、それでもいいんじゃないか。

そんな甘い言い訳を考えながら、何度もリピートボタンを押した。

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