見出し画像

2093年、未来の海外旅行

太古の人間にとって、海外旅行とはまさに命懸けの行為であった。文字通り、海を渡り見知らぬ外の世界へと旅に出る大冒険なのだ。しかも、コンパスが示す航路が正しいのかも、そもそも目指す場所が存在するのかも、定かではなかったのである。

コロンブスという者は大昔に新大陸を発見したが、到着した場所は目指していた場所とは違っていたという。とはいえ、コロンブス一行が新大陸の土を踏んだ瞬間は、きっと足の裏からぞくぞくと興奮や感動が体じゅうに流れ込んできたに違いない。

時は流れ、2093年。海外旅行の形は、コロンブスの苦労や感動などをよそ目に、大きく様変わりした。

海外旅行は、大変に手軽なものとなった。危険もなければ、リスクもない、大きな金もかからない。なにせ、海を越える必要さえなくなった。なぜかって?それは「家庭用 海外旅行地球儀」のおかげである。

一家に一台の勢いで普及した「家庭用 海外旅行地球儀」により、人々にとって"効率的な"海外旅行が可能となった。その手頃な価格と利便性が相まって、「家庭用 海外旅行地球儀」の普及率は全国で90%を上回っている。

「家庭用 海外旅行地球儀」の使い方は、全くもって簡単である。人々は地球儀に付属した専用の機器を頭にかぶる。昔は「VR」と呼ばれる、いかつい水中ゴーグルのようなものが存在したが、それが改良を重ね、薄型化、軽量化、映像の臨場感演出に成功し、さらには骨伝導の高性能スピーカーも実装されたシロモノだ。

機器をかぶったら、あとは地球儀で行きたい地域に触れ、季節、天候、時間帯などを自由にカスタマイズする。そうすれば、望みどおりの地域の風景が、望みどおりのシチュエーションで機器の中に広がる。雨の日のロンドンも、灼熱のエジプトも、極寒吹雪のシベリアも、家庭でいつでも自由に楽しむことができるのだ。海外旅行は"効率的に"、これが今の常識。

しかしこの頃、また新たな形の海外旅行がトレンドになるだろうと、メディアやインターネットで密やかに噂されている。なんでも、スーツケースという専用の旅行カバンを準備し、パスポートという特別の冊子を取得し、飛行機という乗り物で海を渡るという、"物理的な"海外旅行である。

その"物理的な"方法を使えば、外国の風が肌に当たるのを感じたり、街路に立ちのぼる砂ぼこりを鼻先に感じたり、気に入ったホテルの給仕にチップを手渡すといった体験ができるという。少々手間はかかるが、新感覚で、より"リアルさ"を追求した海外旅行を楽しめるそうだ。2093年、人々は次なるトレンドに胸を膨らませている。

・・・

卓上ゲーム「Dixit(ディクシット)」の絵カードをランダムに1枚に引いて、短時間で作品をつくります。

未来はどんどん便利になっていくことは間違いないですが、一方でトレンドは繰り返すともいいますね。廃るべきものもあれば、残っていて欲しいものもあります。2093年、どんな世界になっているでしょう。

前回の作品はこちら。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?