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キャベツ

スイスイと、流れる川を泳ぐ一匹のカエルがいました。

この川は、いつも泳ぐ川です。もう長いあいだ、泳いでいるので、目を閉じても、どこになにがあるかは、はっきりとわかります。カエルは、平泳ぎをしたり、バタフライをしたり、時には腹を太陽に向け、死んだふりをして、遊んでいました。

泳ぐことにも飽きてくると、近くのキャベツ畑にいって、ひと眠りします。キャベツの葉と葉の間に入って、それを布団代わりにして、眠るのです。満足するまで寝たら、また川に行って泳ぎ、太陽の日差しを全身で受け止め、一日を過ごします。

そんな繰り返しをカエルは、愛おしく思っていました。

何もないように思える日々は、静かな安心感をもたらします。刺激がなさすぎるといえば、そうかもしれません。しかし、見方によれば、退屈な日常も、面白く見えることもあるのです。

川で見る石の形は、よく見れば一つ一つ違うものですし、川の流れだって、毎日微妙に違っていて、緩やかだったり、急だったりするのです。

ある日のことでした。カエルは、キャベツの葉と葉の間でいつものようにぐっすりと寝っていました。葉は日差しも遮ってくれますし、なんともいい匂いがします。気持ちが落ち着くような匂いです。

カエルは、夢を見ていました。いつも泳いでいる小さな川ではなくて、大きな海を泳ぐ夢です。大きな海では、自分がどこを泳いでいるのかわかりません。いくら泳いでも見渡す限り、海しかありませんでした。

突然、カエルの寝ているキャベツが大きく揺れました。ついで、ギコギコとなにかを切るような音がして、ドスンとキャベツは地面に落とされました。しかし、カエルは、目を覚ますことなく、ぐっすりと眠っていました。

泳ぎ疲れていたのでしょう。目を覚ます気配が一向にありません。気持ちよさそうに、ときに泳ぐような仕草で手足を動かしながら、眠っていました。

カエルがようやく目を覚ましたころには、あたりは真っ暗でした。キャベツの葉の外に出ると、いつもの夜とは様子が違います。空には、星ひとつ見当たらないのです。夜空も機嫌が悪いときがあるのでしょうか。

カエルは、大きなあくびをして、川に泳ぎに行こうと、キャベツの葉から、勢いよくジャンプしました。しかし、何かに、ドスンとぶつかり、カエルは地面にひっくりかえってしまいました。

からだをやっとのことで、起こすと、周りを見渡しました。その暗さには、宇宙の広がりのようなものが感じられません。

カエルは、あたりを歩き回り、この狭い空間の出口を探しました。しかし、四方は高い壁に阻まれ、上の方から、わずかに糸のような光が漏れるばかりでした。

あるのは、泥のついた人参、ナス、それにもみがらのついたお米だけでした。茶色い封筒の中に入った白い紙に、なにやらヘビのようなものが描かれていましたが、カエルには、なにがなんだかよくわかりません。

カエルはこんなときでも、あわてることをしりません。カエルは、ずいぶんとのんびり屋で、こんなときは、なにをしたって、しょうがないことをさとっていました。

すこしまえに、川が干上がったときも、ぼっーと待っていたら水は戻ってきましたし、雨が降らない時期が続いたときも、雨降れと願わなくても、雨は降ってきました。

カエルは、また大きなあくびをして、キャベツの葉の間に包まれて寝ることにしました。

たとえ、環境が変わってしまっても、この場所を好きになればいいと、ずいぶん気楽に考えていました。

つんざくような叫び声がして、カエルは目を覚ました。

カエルの目の前には、おどろいた顔をした人間がいます。ここは、どこでしょう。見当もつきません。川の匂いもしないし、土の匂いもしません。興味津々な顔が、何個も集まり、カエルをのぞいています。

まるで珍しいものでも見るかのように大きな目が並んでいます。カエルが住んでいたところでも、人間はいました。捕まりそうになったこともありました。けど、おおむね人間との関係は良好でした。

こちらが悪さをしなければ、あちらから手痛い仕打ちをすることはありません。目の前にいる人間たちは、わるい人間ではなさそうでした。

人間たちは、なにやらこそこそと相談して、その中でも一番小さな手が、カエルを覆い隠しました。次の瞬間には、カエルは透明な箱に入れられました。

そのあと、箱には水が注がれ、土のついた大きな石が隅に置かれました。水は、すこし独特な臭さがありましたが、ないよりマシです。ここが、カエルの新たな住処になりました。流れるままに身を任せる、それがカエルの生き方でした。

カエルをこの箱に入れた人間は、なにかにつけて、カエルを箱の外からのぞき込みました。だんだんと人間たちの顔も覚え、誰かがのぞきにくると、カエルはふざけたダンスを踊りました。

人間たちがよく見ている、黒い板に映る姿を真似したのです。人間は、カエルが踊ると、歯を見せて笑いました。

もう少し、広いところで泳ぎたいなと、カエルはしばらくして思いました。しかし、ここには、天敵もいないし、食事もたっぷりくれます。不満は、狭さだけで、それをのぞけば快適そのものでした。

その願いが通じたのかはよくわかりませんが、人間たちが、箱ごと、カエルをある場所に連れていきました。箱越しに見える景色は、住んでいたところとかなり似通っていました。

天井を覆っていたフタが取り除かれ、カエルは、川に返されました。

その川は、カエルには手が余るぐらいの大きな川です。水につかると、生暖かさにすこし戸惑いましたが、こんなに広い川で泳ぐのはたいへん気持ちの良いものです。

後ろを振り向くと、人間たちが寂しそうに佇んでいました。

住んでいたところと、似ていると思っていましたが、やはりどこか違う感じを受けます。しかし、カエルは自分の場所にすれば問題ないと思いました。

川の流れに身を任せるほかありません。また新たな日常を作っていけばいいのです。新たな発見が待っていると思うと、すこしも寂しくはありませんでした。

前の方を見ると、真っ赤な夕日が目に入りました。川の水面は赤く染まっています。その夕日は、やけに赤くて、大きくて、まるでキャベツのような形をしていました。

#小説 #童話


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