好きなものは誰かに伝えたくなる

昼間の電車が好きだ。

まばらな乗客に、あたたかな日差しが差し込む車内。ほんのりとあたたまったイスに、心なしか間延びした車掌のアナウンス。こんな平和な空間にいると、ここだけ別の時間軸で進んでいるのではと、疑いたくなる。

車内は、やさしい時間がゆったりと流れ、じんわりとこもる、あたたかさが乗客の眠気をエスコートしていた。

ぼくがうつらうつらしていると、電車は駅に止まり、小さな男の子が母親と手をつないで入ってきた。

親子は、席の端に座った。ぼくの座っている席の真向かいだ。男の子は、いつもそうしているのだろう。靴を脱ぐと、イスに両膝をついて、窓のほうに顔を向けた。母親は、いつものように男の子の靴を揃えた。

電車が動く。男の子は車外の景色をかぶりつくように見ている。母親は、男の子を時折気にしつつ、なにをするわけでもなく正面を向いていた。

男の子は、しばらく流れる景色を見つめていたが、ふと顔を横に向け、母親と目が合うと、左手で母親のほほを押して、自分の方に顔を向けさせようとしていた。

かなりグイグイ押している。母親も慣れたものなのか、特に嫌がるそぶりも見せない。たぶん、男の子は一緒に景色を見て欲しくてやっている。母親は、男の子の要求には答えるつもりはないようで、ちらっと外の景色を見やるが、すぐに正面を向こうとする。

景色を見てほしい男の子と何もしない時間を持ちたい母親。

親子の微笑ましいバトルは続いたが、男の子はやがてあきらめ、ひとりでまた外の景色を眺めはじめた。

ぼくは、そんな牧歌的な光景をぼーっと見ながら、電車に揺られていた。

そして、自分が好きなことを家族や友達にも同じくらい好きになってもらいたい、あのワガママな気持ちを思い出していた。

もちろん自分の好きなものを好きになってくれたらうれしいが、そうは簡単にいかない。他人の趣味嗜好は、さまざまだ。それをコントロールすることはできない。

面白い本見つけた、面白い映画見つけた、おいしいご飯屋見つけた。

そうやって、他人に勧めることがあるが、ものすごい趣味が合わない限り、そのほとんどは、自分と同じ熱さで共有してくれることはない。

そうこう考えているうちに、男の子は母親に急かされて、靴を履き、名残惜しそうにホームへと降りていった。

ドアが閉まっても、親子はこちらを向いたまま動かない。電車が動き出すと、男の子は、満面の笑みで、母親と一緒に手を振って電車を見送った。


そのとき、ふと思った。

男の子は、電車が好きで、そのことを母親も知っている、それでいいんだろうなと。


好きなものは誰かに伝えたくなる。たとえ、相手がそれを気に入らなくても。

あの人はこれが好きなんだとわかれば、相手も話しやすい。あの人はこれが好きだから、教えてあげようっていうふうにもなる。

こうやって、人はつながっていく。

あの男の子は、たぶん、これからたくさん電車に乗ったり、電車のおもちゃを買ってもらったり、はたまた電車博物館にいったりするんだろう。

べつに相手が自分の好きなものを好きになってくれなくてもいいのだ。知ってくれているということが大事なのだ。

そんなことを思った、冬の昼下がり。やっぱり昼間の電車はいい。

#エッセイ #コラム #日記 #電車

Twitter:@hijikatakata21



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お菓子の箱の中

しまっておく。 ほかのひとの。
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