サッカーからの自立 ⑥大学サッカーとは

ここまでも書いてきたようにサッカーというものが、人を幸せにすることを持ってさらなる価値を持つということを望んでいます。



思考整理の目的も兼ねたこのnoteというツールですが、サッカーからの自立に則って考えていくうちに、今の自分のフィールドである大学サッカーに大きな可能性を感じました。


これは私的な感覚なので正解では無いと思いますが、あくまで個人的な見解としてみていただけると助かります。(というか今まで全部そうわけど)


大学サッカーの4年間ではなんども外側と触れ合うことになります。


僕が特に注視したいのは就職活動です。


これまで人生の大部分を占めてきたサッカーに代わって生活の中心となる何かしらの仕事を選ばなくてはならない、またそれが自分の思った通りにいくとは限らない。


そんな重大な試験を片手に持ちながらもう片方でサッカーをする。もはやその必要があるのだろうか?

自分のこれからの人生を左右するのだから、それだけに力を注いでいいのではないか?


そのくらい思い悩むべきだと思います。


考えた末の結論なら、部活と就活を必ずしも両立しないといけないことはないと思います。

部活が優先、などは思考停止した古い美学だと感じています。


ただ、そうはならないと思います。

ここだけはもう憶測に近い願望だけれども

大学サッカー選手にとって、人生の大半を添い遂げてきたサッカーは人生の決断と比較しても負けないくらいに大きな意味があるはずです。



そして、自分という人間が誰かに、どこかの会社に、社会に必要とされる。


その自分は、サッカーによって作られたと言えるだけの根拠を作ることが、大学サッカーには出来ると思います。


大学という主体性と自由度の高い環境でサッカーに打ち込む中で、結果として誰かに必要とされる理由が身につけられると感じるからです。

その根拠はこれまで書いてきた①~⑤に起因します。


それは、サッカーを選ぼうが、他の仕事を選ぼうが同じです。


思考の中から生まれた自分のサッカーに対する哲学(と呼びたい)があり、それを通して見る大学サッカーはあまりにも魅力的すぎます。


時に苦しい時に難しいそんな本気のサッカーから足を洗い新しいことに挑戦する、もしくは全力で遊ぶ、そんな大学生活もきっと楽しかったろうとは思います。


それでもサッカーを選ぶ。

だからこそ決して強い心を持っている訳では無い私は駆けることができるのだと思います。

私は人生の中で今が一番、命を燃やせていると確信しています。



とはいえこれからです。

この先自分自身が、サッカーに価値を与えられる何者かになるために、動かなければいけません。

ここまで書いてきたことは現時点では戯言ですから。

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hh1hijiri

立教大学体育会サッカー部/ 21歳/ 小さい頃から続けてきたサッカーについて考えを深堀りしたものを頭の整理兼ねて載せています。 ※発信内容は個人の見解です。 所属とは全く関係はありません。 twitter→@hiji1113
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