サッカーからの自立 ④内と外

サッカーの世界だけで生きていたらサッカーの言語しか知ることができません。

サッカーを続けてきた人間はきっと何かしらの理由でサッカーが好きです。

サッカーという活動が好きで
サッカーで生まれた人間関係が好きです

サッカーという環境が最も居心地のいい場所になるわけです。



何が言いたいかというと、やはりサッカーに価値を与えられるようになりたいわけで、そのためにサッカーの世界に留まることは望ましくないということです。




この項で主張したいのは

「サッカーの世界に留まらない、外に出る」

ということで、それは必要なことです。


例えば前項で話したストーリーに関しての主張についても

サッカーの世界の自分と

サッカー以外の人達という外側があります


このふたつの具体を見てみて、

「感動」という尺度についてそれぞれの抽象度をあげて行くことでたどりついた共通項がストーリーでした。

↑内に留まってると外に影響与えにくい

↑外に出ることで外側との共通項を見出す


外側に出ることで外側の価値観を知り、常識を知る。

そして外側に伝えるためのツールを模索する。

今の時点でまずとっかかるべきだと思うのは

「言語化」です。


私たちが口にせずとも感じているサッカーの魅力を、あるいはサッカーをしている自分の魅力(ストーリー)を言葉というツールで外側に伝える。


言葉にしないことの良さもサッカーにはあるという思いもあります。

肌で感じるもんだろ!わかります。賛同します

しかし、感じる以前のサッカーに触れるという行動の根拠を作るためには言葉がひつようだとおもいます。


ビラ配りでただ紙を配りながら

「来てくださーい」と言うのは根拠ができる可能性が低い。


かといって、

「うちのチームの美しいショートカウンターを見に来てください!」

では、サッカーの外側の人にはなんのこっちゃわからないから根拠は生まれない。


普段から外の世界に足を踏み入れておけば、いざ本当に人を呼びたい、サッカーの魅力を知って欲しいとなった時に、伝え方として、言葉としていいことがあるはずです。



ところで、これまでも今回の文章も我ながら拙すぎると思います。


ただ宣言しておきたいのは、この文章を書くという行為も私にとっては外側に出ようとする行為です。これが自分のサッカーの価値につながるという確信の元つたない文章を書いてます。

拙くても許してください。(乞うな)



私は外側に出ることをとにかく重要視します。


次項で書きたいことにも繋げていきたいと思ってます。

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hh1hijiri

立教大学体育会サッカー部/ 21歳/ 小さい頃から続けてきたサッカーについて考えを深堀りしたものを頭の整理兼ねて載せています。 ※発信内容は個人の見解です。 所属とは全く関係はありません。 twitter→@hiji1113
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