見出し画像

虐待のない介護施設を作る方法

利用者様の人権の尊重は、介護士の最優先事項です。しかし、人権侵害の最たるものである高齢者虐待は令和3年度の1年間だけで、739件(介護従事者に限る)ありました。※令和 3 年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果 より

虐待の手前のグレーゾーン、不適切なケアの場合だと発生件数はより多くなるでしょう。人権の尊重は最優先事項であると同時に永遠の課題だとも言えます。

人権を侵害する『虐待』今回は施設の介護リーダーとして虐待防止につとめる中で知った、虐待が起こる原因とその防止方法をお話しします。

虐待が起こる最も根本的な要因は『人権の軽視』です。これは、個人が軽視した場合と、集団(部署単位、施設単位など)が軽視した場合とに分かれますが、ほとんどの虐待事件は集団が軽視した結果起こります。

まれに施設や会社全体がしっかり人権意識を持っているのに、常識外れの一人の介護士により虐待認定されてしまった。そんなケースもあるとは思います。

ただ、認定された対象は一人でも、その裏をよくよく見てみると虐待を黙認してた同僚や上司、整備されていない教育体制、過度なストレスがかかる職場環境など、組織として適切な措置を取っていないことが虐待発生の要因となるケースばかりです。

つまりどうにかするべきは、集団の意識です。ただ『意識を気を付けよう』と一口に言っても、何をどうするか具体的ではありません。

どういう意識をどうすれば良いか考えるために、集団の人権に対する意識が低くなると発生する3種類の虐待についてご説明します。

①甘えからくる虐待
これぐらいなら許されるという甘え。『良くない』という認識はあるのに行ってしまう虐待。

②無意識的な虐待
悪意や害意は全くないのに、虐待認定されるような虐待。

③感情爆発の虐待
悪いこととは知っていても職場やプライベートでのストレス過多で突発的に行ってしまった虐待。

以上の3つが虐待の種類です。よりイメージしやすいように具体例を出します。

①甘えからくる虐待
利用者様に聞こえると知りながら認知症だから覚えてないし良いやと、その利用者様の悪口を言う。

②無意識的な虐待
利用者様が転倒して怪我をしないよう、家族や本人への同意、説明なしに、身体拘束を行う。(説明が必要だと職員が知らない)

③感情爆発の虐待
サービス残業が多く業務量も増え職員が疲弊している際に利用者様にイライラしてしまい頭を叩いた。

いかがでしょうか?どれも聞いたことがあるような事例ではないでしょうか。

当然ですが、この3つの虐待にはそれぞれ原因があります。

①甘えからくる虐待は不適切なことをした職員が注意されない風土が原因です。
この虐待がある職場は「これくらい良い」とか「やってもしょうがない」とか、そういった悪い基準が出来ています。

また、ベテラン職員や役職者など、発言力のある職員が虐待をした場合、その職員に周囲が気を遣って誰も注意できない、上司に報告できない、そんな環境が虐待を産むこともあります。

②無意識的な虐待は職員への教育体制の不備が原因です。

何が不適切なケアで何が虐待か?それを新人職員にしっかり教えない体制。
法律や社会的なルールは変わったのに、古い価値観、介護観を持ったまま、働くベテラン職員に、知識をアップデートする場を設けない体制。
こういう体制は虐待の温床になりやすいです。

③感情爆発の虐待は職員の負担の多さが原因です。人手不足、サービス残業、業務量過多、ハラスメント、職場いじめなど、ブラック企業と呼ばれるようなことは、全て当てはまります。

また、ブラック企業ではなくても、職員一人ひとりにかかるストレスを見極める上司がいないと、感情が爆発してしまうこともあります。

介護業界は人手不足な事業所も給料が低い事業所も多く、業務面でも認知症介護は特にストレスが溜まりやすいです。
しかし当然虐待は許されません。昨年の虐待による死亡者は2名、決して少ない人数ではありません。

虐待を防ぐためには何をしていけばよいか?
防ぐ方法は2つ、虐待が起こらないように日頃から職員の教育に力を入れること、それと虐待の芽を早い段階で摘むことです。不適切ケアの段階での早期的な発見とも言い換えられます。

この2つのことさえできていれば、気をつけるべきは個人の人権軽視による虐待のみです。個人の虐待防止方法は後にして、2つの方法で3種類の集団の人権軽視の虐待をどう防ぐか?ひとつずつ、ご説明していきます。

①甘えからくる虐待
職員の甘えをなくすには管理者や部門長などの上司が、「虐待は許さない」と明言し態度で示すことが虐待防止の第一歩です。
不適切ケアの段階で職員に注意する。そして注意するだけでなく指導を行い、改善したかどうかの観察を怠らない。

また、当該職員だけでなく、その職員の直属の上司にも指導を行う。何かした職員を適切に指導することも教育のひとつです。

そうやって体制を整え、少しずつ人権に関しての甘えを許さない職場風土を作っていきましょう。

虐待の芽の早期発見をするため、気をつけるポイントは、職員が使う言葉です。
介護現場でよく聞く言葉ですが利用者様の臥床介助をすることを「寝かせる」食事介助をすることを「食べさせる」
この「〇〇させる」という言葉、要注意です。これらの言葉は、他人に自分が何かをやらせる。そんな発想に繋がり、ひどくなると利用者様をコントロールする。というような人権軽視の考え方に至ります。
似たような使われ方をする「〇〇してあげる」という言葉も同様です。

甘えからくる虐待は、職員自体も自分がしていることは良くないことだと理解しているので、大体は上司が来ると隠しますが、咄嗟に出る言葉は隠しきれません。

②無意識的な虐待
法定研修として虐待防止の研修があるので、どの事業所も研修自体は実施しているはずです。考えるべきは研修内容で、毎年ほぼ同じ内容だったり、虐待とは何かを軽く触れるだけだったりしますが、『実施したと証明するための実施』そんな低レベルの研修は無意味です。

他施設の虐待の事例を出し、何が原因か?どうやって防ぐか?職員参加型で考えたり、自施設の虐待リスクは何があるか?全員に考えてもらう。そういう研修が効果的です。

研修内容が大事なことは理解していても人手不足で全員集まれないなど、施設によっては充分に研修が出来ない理由もあるでしょう。

ただ、どんな理由があっても最低限やるべきことがあります。
それは、何が虐待か?どこからが不適切ケアか?その基準を明確にして、職員全員に伝えることです。

回覧でも、朝礼や夕礼でも一人ひとりに話しをするでも、方法は何でも良いですが、虐待防止に必要不可欠なことです。

無意識的な虐待の場合の早期発見は簡単。職員は自分の行動が悪いことだと思っていないので普段から隠していません。
各フロアやユニットへの巡回を定期的に行っていればすぐに発見できます。
指導する側に虐待に関する知識をしっかりと持っていることが大前提ですが…

③感情爆発の虐待
この虐待は会社全体が問題の場合もあり、教育するべきは社長という、笑えないケースもあるでしょう。
虐待防止のためには、自分にできる範囲の改革を行い職場環境の改善をするしかありません。

職場環境が悪い原因が自分より下の役職者だった。そんな場合は、何が良い職場か?どうするべきか?教えつつ、一緒に考えることができます。

自分より上の役職者だった場合でも、更に上の役職者に相談するとか、労働基準監督署に相談するとかできることはあるはずです。

また、職員個人にできることとして、アンガーマネジメントやストレスケアの方法を教えるというものがあり、これも教育のひとつです。

早期発見の方法は職員一人ひとりに目を配り、話しを聞くことが一番です。もしくは、各部署の役職者に情報を集めてもらい、ストレスケアにあたってもらう。そんな体制を構築することです。

職員がストレス過多で限界を迎えかけている場合は、部署異動や休み取ってもらうという手段も取りましょう。

以上が集団の人権軽視による虐待を防ぐ方法です。

個人の人権軽視による虐待を防ぐには、倫理観が欠けている職員は一人になる時間をできるだけ作らない。個人面談や指導を繰り返し行う。介護職から離れてもらう。
これらの方法が有効です。

ちなみに、虐待があった事業所の種別は
特養が30.9%
有料老人ホームが29.5%
グループホームが13.5%
老健が5.3%
※令和3年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果 より

このデータから老健が圧倒的に虐待が少ないことが分かります。

他の施設との大きな違いは介護職以外の職種が多いこと。様々な価値観を持った人間が働くことは、思考の硬直化を防ぎ虐待の防止の一助となるでしょう。

最後に虐待防止の最重要ポイント『利用者様の尊厳の保持』について考えていきます。

介護の業界でよく使われる言葉で『尊厳の保持』というものがあります。尊厳の保持とは何なのか?
尊厳の保持としてよく言われることは、『人間として、そして個人として、尊重されている状態』というものです。

介護においてはベッドに寝たきりで全てにおいて介助が必要な方や、認知症が進んでいる方に対しても、尊重したケアをする。ということです。

尊厳の保持と対極の考えが虐待と言えます。尊厳を保持するための行為を具体的に並べると、意思確認、プライバシーの保護、個別ケアなどがあります。

利用者様が何をしたいか?したくないか?この意思確認をすることは、人間として当然の権利である「選択する自由」を守るための行動です。

例え認知症があり意思確認が難しい利用者様でも、その方の反応や生活歴、ご家族との相談、多職種間での話し合いにより意思を推し測りつつ、ケアをしていきます。

人間に最後まで残る感情は『快/不快』の感情と言われており、実際に重度の認知症の方でも、イヤな時は表情で分かることが多いです。

プライバシーの保護と接遇は、相手を対等な人間だと認めている行為で、逆に言うと、これが出来ていないと、「あなたを人間だと思っていませんよ。」そんなメッセージになりかねません。
介助に入る前の声掛け、部屋やトイレに入る際のノック、敬意を感じられる声掛けや言葉遣い、これらの言動が重要になります。

介護施設あるあるですが、介助することが当たり前になりすぎて、声を掛けるのを忘れることがあります。また、利用者様が近くに居るのに、その人のことについて話し合う職員も居ます。
これは、利用者様の捉え方次第では悪口に聞こえるでしょう。

虐待とも言えるこれらの行為は、介護士の感覚の麻痺から来るのですが、当事者に『人権を無視している』という気持ちはなく、無意識にやってしまっている事が大半です。

意思確認やプライバシー保護、接遇は、『人間として基本的な尊厳の保持』です。そしてこの上に『個人としての尊厳の保持』があります。一人ひとりの利用者様が今までどんな生活を送ってきたのか?性格は?趣味嗜好は?家族構成は?個人を構成する様々な要素その要素に合わせたケアの提供こそが個別ケアであり、良いケアとされています。

線引きが難しいのですが尊厳の保持とは、『利用者様に全て自由にしてもらう』ことではありません。

たまに『尊厳の保持』のお題目を掲げ、結果的には『介護士の責任放棄』をしていることがありますがこれは尊厳をはき違えているからです。

介護施設という特性上、利用者様の生命と生活を守るため、ある程度の介入は必要です。
また、認知症の進行度や要介護度等によっても介護士の介入の度合いも変わります。

極論にはなりますがご飯を5日間食べない利用者様を、「個人の自由だから。」と放置するか?「生命が脅かされるから。」と食べてもらえるように話しに行くか?多くの場合介護士であれば後者を選ぶと思います。

ただ、これも『健康状態の良い利用者様が、宗教上の理由で一週間断食をしている』そういうケースであれば個人の自由なので尊厳の保持に該当します。

本当の尊厳の保持のためには個別のケースに合わせて、個人に合わせて、介護士同士、多職種間、ご家族、多く人と相談し手探りでやっていくしかありません。

「自分の施設は大丈夫。虐待の心配はない。」という慢心が虐待のはじまりです。利用者様のことも職員のことも考えて永遠に虐待のない施設をつくる。理想の介護をしていきましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?