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良いKPIとはなにか、あるいはガールズバー施策について

こんにちはHikaru Kashidaです。

今回の記事では良いKPIとはなにか、について書きたいと思います。
気づいたらとっても長い記事になっていたので、ご注意ください。

この記事で述べることのまとめ

・"良いKPI"は『正しさ』と『使いやすさ』という要素に分けられる
・この両立は難しく、良いKPIを作るのは簡単ではない
・正しくないKPIはガールズバー施策を生む
・良くないKPIの例はごまんとある

読んだ方の感想

公開後、素敵な感想をたくさんいただけたので、いくつかはらせていただきます。

KPIとは

KPIというのは「Key Performance Indicator」、つまりビジネスなどの計画においてコアとなるパフォーマンス指標(数値)のことです。

KPIの起源ですが、1992年に米国で提唱された『Balanced Score Card』という経営手法のいち要素として登場したのが普及の始まりです。

いまではKPIはかなり一般的なビジネス用語になってきていると思いますので、詳細な説明は割愛します。

良いKPIとは

さて、この記事ではKPIにおいて重要となる要素について話して行きたいと思います。

KPIに求められる重要なことはなんでしょうか。
これは大別すると次の2つに集約されると思います。

① 正しさ(本質的であること)
② 使いやすさ

それぞれについて見ていきましょう。

KPIにおける正しさとは

正しさ(本質的であること)

何よりもKPIというのは最終的な目標に対しての『正しさ』を満たしている必要があります。ここでいう『正しい』とは、KPIの指し示す方向に向かうことが、最終的な目標を達成することに直結していることを保証している状態を意味します。

組織内における、正しくないKPIの浸透は無益であるどころかむしろ害悪となることのほうが多いです。

簡単のために、『女性とお付き合いしたい男性』で考えてみましょう。
彼の最終ゴールはもちろん、"女性と付き合うこと"です。

彼は、「女性と付き合うにはまず女性と会話をすることが大事だ」と考えました。会話をしなければ交際まで持っていくのも難しいでしょう。

そこで「1週間で女性と交わした総会話量」を自身のKPIとおいて、毎週ちゃんと会話量をトラックしていくことにしました。

"Girls Bar施策"

しかし、彼の現在の環境は残念ながら周囲に女性がおらず、1週間の会話量は微々たるもの。

マッチングアプリでも始めようかと考えましたが、実際に会うまではテキストでのやり取りが中心になります。テキストでのやり取りは会話に入ると言えるのだろうか?最初に決めておかなかったので、彼にはなんとも言えませんでした。

このままではKPIが全然上がらない。。。
焦った彼はガールズバーに通うことにしました。

お気に入りの女の子もでき、毎日に通っているおかげでKPI (=週内の女性との総会話量) は右肩上がりで伸びていきました。

めでたしめでたし。


.....ではないですよね?
笑い話のように思えますが、これは現実世界のそこかしこで起きていることです。このように、"正しくないKPI"は事業を間違った方向に爆走させます。

⚠Point⚠
正しくないKPIは間違った施策を引き起こす。

これは通称『ガールズバー施策』と呼ばれます(※筆者用語)

ガールズバーのおかげで設定したKPIを爆上げした彼ですが、『女性とお付き合いする』という本当のゴールを達成できる可能性は極めて低いでしょう。もちろんゼロとは言いませんが。。。

これは強調してもし足りないのですが、このようなKPIは世に溢れており、今日もどこかの会社で、沢山のお金と従業員のリソースを使って元気にガールズバー施策が繰り広げられているでしょう。

あなたの会社では、このような施策が横行していないでしょうか?

問題
・彼はどのようなKPIを設定すべきだったかを考えてみてください
・そのKPIがガールズバー施策を生む可能性がないかを考察してください

KPIにおける使いやすさとは

使いやすさ

KPIは『机上で正しい』だけでなく、日々の事業改善において実際的に使いやすい必要があります。

ここでいう実際的に使いやすいというのは、そのKPI自体を運用する及びそれを使って事業を良い方向に動かすという運用が容易に可能であるという状態を意味します。

組織内における、使いやすくないKPIの蔓延は複雑性を生み、運用のコストを増し、日頃の適切なPDCAサイクルに対して無力、もしくは阻害要因となることさえあります。

再びさきほどの例で考えてみましょう。
実は「1週間で女性と交わした総会話量」というのは正しくないだけでないばかりか、使いやすくもありません。

ひとつめとして、計測するのが非常に大変という点。この時点で既にだいぶ致命的です。計測に労力を要するものがKPIに向いていなそうなのは、なんとなく納得していただけるのではないかと思います。

⚠Point⚠
計測するのが大変なKPIは避ける方が無難。

ふたつめに、ノイズが入りやすい点も気になります。
仮に『女性との会話を自動測定するツール』が存在したとしましょう。
このツールは、女性と会話を交わしたことを検知してその時間を自動で計測します。

この場合、市役所の受付や携帯電話ショップの店員、実家の母との電話も自動で計測されますが、このKPIの算入対象とするべきでしょうか?なんとなく、そこから恋愛に発展する可能性は低そうですよね。

それは除いて計測するのがよさそうですが、『恋愛に発展する可能性の低い会話』を指定して除くルールを作るのが非常に面倒くさそうです。また、どれを含むか除くかで価値観という名の主観が存分にまぶされそうです。

⚠Point⚠
定義が大変・曖昧なKPIは避ける方が無難。

みっつめに、KPIに変化をもたらすことのできる要因が極端に制限されている可能性を孕んでいるという点が挙げられます。

例えば、彼は平日は仕事で非常に忙しくしているため平日にはガールズバーに行く余裕も、その他の女性とお喋りする時間もあまりないと仮定しましょう。この場合、彼のKPI(1週間で女性と交わした総会話量)は、平日はほぼ動きがなくKPIの変化はほぼ金曜の夜から週末にかけてのみとなることが予想されます。

これではPDCAのサイクルが回しづらいですし、月-金の間は今週のKPIの進捗がどれくらいに着地するのか全くわからないという状態なので、手の打ちようがありません。

また、制限という意味でいうと、女性との会話に使える可処分時間に限りがあるため、改善サイクルの中ですぐに限界値(=仕事・睡眠・食事など以外の可処分時間の全てを女性との会話に充てている状態)を迎える可能性もあります。

⚠Point⚠
KPIに対してできる打ち手の種類・対象・期間が制限されすぎていないか?

それでも女性とのお付き合いに至ることができない場合、彼はどうすればよいのでしょう?

『1週間で女性と交わした総会話量』というKPIには、ほかにも問題はたくさんありますが一旦このくらいにしておきましょう。

こういった、運用の上で多くの面倒な散見されるKPIは通称『地獄KPI』もしくは『 h-KPI(hell-KPI)』と呼ばれます(※筆者用語)。注意するようにしましょう。

さきほどの節で問題に挑んでもらった方は、もしよければ追加で次の問題に取り組んでみてください。

問題
・先程自身で考えたKPIが"使いやすいか"を考察してください
・使いやすくない場合、どのようにKPIを変更するべきか考えてください

良いKPIを作るのがなぜ大変なのか

ここまでで、KPIには『正しさ』と『使いやすさ』のふたつの重要な要素があるという話をしてきました。

そして、最も大事なのは、『良いKPIとはこのふたつを両立している必要がある』という点です。

だいじなことなのでもういちどいいます。
良いKPIとは『正しさ』と『使いやすさ』のふたつの要素を両立している必要があります。そして、実はKPIを適切に立てるのが難しい原因は、ひとえにこの"両立"という律則に寄るものです。

正しいKPIを作るのは簡単です。よほどトリッキーなビジネスモデルでなければ、Googleに聞けば山のように出てくるでしょう。

使いやすいKPIを作るのはそれよりは難しいです。現場の改善サイクルや社内のデータについて熟知している必要があります。
しかし、その両方を両立するKPIを作る難易度は遥かに高くなります。

⚠Point⚠
『正しい』 or  『使いやすい』 KPIを作るのは難しくない。
『正しい』& 『使いやすい』が重要であり、そしてそれは非常に難しい。

ふたつの視点を兼ね備える人材の不足

つまり、『良いKPI』を作るという仕事は実は、一般的に想像されているよりも遥かに難しいものです。

このポイントを、経営者や事業責任者が理解していない場合、その会社や事業の成功確率はグッと減るのではないでしょうか。

これは、

正さの視点
・経営視点、事業の向かうべき方向性の理解
・論理的な構造思考力
・打てる施策とKPIの正しい関係性

使いやすさの視点
・現場でのPDCAサイクルの実情の理解
・社内で利用できるデータの内容と精度、更新頻度の理解

のふたつの視点と知識を兼ね備えている人材の不足によるところが大きいと考えています。一介のデータアナリストとして、僕はこの業務領域、つまり経営と現場・データの理解の両立と良いKPIの立案能力が非常に重要であると思っています。

KPIの理想と現実

おそらく日本の実情で言うと、KPIというものは"理想的にはこうあるべき"  =正しいという建前だけで決められることも多く、これは非常に良くないと感じています。(むしろ正しさすらそこまで考えられていないケースも少なくないでしょう。)

毎日見て、実際の運用のサイクルに役立つKPIというものは、"理想"を反映しつつもある程度の『現実的な線』に落ち着いている(=使いやすい)必要があると思います。

既に述べたとおり、"正しいだけ"のKPIを作るのはさほど難しくありません。

経営において、外部のコンサルタント現場を理解していない経営幹部などによる無策なKPI立案が、無益であるばかりか害を成すことさえあるのはこれに起因することが大きいのではないでしょうか。現実を踏まえずに理想にだけ寄ったKPIは会社に悪影響を及ぼす危険性があります。

⚠Point⚠
『正しいだけ』のKPIを作る会社が多いのが実情。
そしてそれは非常に間違ったやり方。


下記いくつかのKPIの要素観点で、理想  vs. 現実 を見てみましょう。

・Measurable(測定可能)
・Term(期間)
・State(状態)
・Accuracy (表現精緻性)

Measurable(測定可能)

普遍的に測定可能でないものはKPIに適さない。
よって、理想として測定したいものが測定不可能・もしくは困難だった場合には測定可能なもので代替する必要がある。

例としては下記のような場合が考えられる

理想:
サービスに対する全顧客の幸福度を最大化したい

現実:
幸福度を直接的かつ連続的に計測するのは難しい
アンケートなどを使う場合、全顧客からの反応は望めない
DBのデータを使う場合、幸福度を表現すると考えられるなんらかの行動を指標化して代替する必要がある。

Term(期間)

多くのビジネスシーンにおいて、まともな経営を行っている会社であれば、『短期的・単発的な成功でなく、長期的・持続的な成功』を願うと思う。
しかし、長期的・持続的な成功の予兆は概ね長期的な時間軸での測定を必要し、短期間のPDCAサイクルを回す運営上でのKPIとしては成立しづらい。

例としては下記のような場合が考えられる

理想:
1年など長期スパンでの顧客維持率を目標としたい

現実:
週次レベルではPDCAを回したいので、7日後の継続率などを目標とする
もしくは、長期の継続率と相関の強いことが判明している行動(利用時間・利用頻度など)で代替する

State(状態)

事業のフェーズなどによっては、最終的なビジネスゴール、もしくはそれに比較的近い数字直接的に追うのが効率的ではない場合がある。その状況下では、ビジネスゴールを達成するために最もボトルネックとなっている箇所の特定を行い、それを最上位のKPIとして設定するのが必要なことがある。

これは一般的にKGIとKPIとして区別されている考え方に近い。
例としては下記のような場合が考えられる

理想:
早期に売上を立てたいので、新規獲得売上額を目標に置きたい

現実:
実際には獲得した顧客の維持率が低く、維持率向上のために売上には直結しない自社の"コアサービスA"の利用率を高めることが急務

Accuracy(表現精緻性)

事業運営の上では、なるべく細かくいろんな状態を観測して行きたいと言うニーズが当然存在する。

ただ、そのニーズ全て満たそうとしてKPIの数が多くなりすぎると、逆にKPIを見て運営する体制が形骸化するリスクが有るため、情報粒度は落ちても敢えて全体の傾向を表す粗い指標のみに絞ることが求められるケースが多い。
例としては下記のような場合が考えられる

理想:
商品カテゴリーごとに単価傾向が大きく違うので、全カテゴリの単価を個別に追っていきたい

現実:
全カテゴリごとの数字を追うのは大変なので、日々の実務上では敢えて全商品の単価だけに絞ってもモニタリングしていく

良くないKPIの例

良くないKPIは世の中に10億通りくらいあると思いますが、例としてわかりやすそうなものをいくつか紹介して見ましょう。

■ 母集団の量的変化に気をつける
~ゴールド会員へのランクアップが阻止される ~

母集団が構造的に変化を余儀なくされているような場合は注意が必要です。
例として、次のような場合を考えてみましょう。

会員ビジネスをやっている会社で、会員の利用度によって
・ゴールド / シルバー / ブロンズ / スタンダード

4つの会員種別に分けているとしましょう。ゴールドはレア度を大事にしているため数としては多くなく、またゴールド会員になると離脱率が著しく低くなることがわかっています。数がそれなりにいて、かつ収益の多くを占めているのはシルバー会員。そしてシルバー会員は将来のゴールド会員候補なので、とても重要な顧客群です。

そこで『シルバー会員の数』をKPIとして追っていくよう決めました。

これは実は危険な考え方です。
なぜなら、もしシルバー会員がゴールド会員にランクアップすると、それ自体は喜ばしいことであるはずなのに、『シルバー会員の数』というKPIは下がることになるからです。

これをKPIとして持たされた運営担当者は、シルバー会員の育成に対しては力を抜き、ゴールド会員へと上がる会員の数を抑えようとするでしょう。

これは全体で見るとビジネスの成長を阻害することになります。

⚠ Check Point ⚠
母集団の洗い替えがおきるようなKPIには気をつける

■ 母集団の質的変化に気をつける
~成長するほどKPIが下がり続ける事態に ~

『xxxの率』のような質指標を追う場合は母集団の質的劣化に対して頑健に設計できているかどうかを気にする必要があります。

例えば、『総登録者中、アクティブに利用しているユーザの割合』という指標はどうでしょうか?これは確かに概念としては本質的な気もしますが、KPIとしてはやや不安が残ります。

おそらく、この指標はサービスを普通に運営していると基本的には下降一方になると考えられます。

⚠ Check Point ⚠
母集団の質的な劣化が構造的におきるざるを得ないKPIには気をつける

■ 良い改善を生むか
~ユーザの疑問は解決すべきでない? ~

『滞在時間を伸ばす』というのが目的として良い指標であるかどうかを考えてみましょう。例えば、百貨店やスーパーでは顧客の滞在時間が長いかどうかを重要視しているそうです。

ではWeb上のサービスではどうでしょうか。
直感的には、いかなるサービスであろうとも自社サービスで多くの時間を使ってくれていることは、良いことのように思えます。

しかし、それは本当に本当でしょうか?
ECサイトで考えてみましょう。顧客のサービス滞在時間が長くなる理由というのは、いい理由と悪い理由の両方が考えられます。

いい理由の例
・ユーザがサービスに満足しており、ついつい長居している
・買いたいものがたくさんある
悪い理由の例
・検索が使いづらくなかなか欲しいものが見つからない
・Q&Aの説明が長く読むのに手間がかかる
・サービスに不安があり、最終的に買う前に悩んでしまう

※ 注記 
『悪い理由』の項目は最終的には離脱を引き起こす原因となりえるので、結果的に滞在時間は減る、という意見もあると思います。

この場合、もしユーザのことを考えて『悪い理由』を取り払うような改善をした場合、滞在時間が減る事態になることが十分に考えられます。

こうした場面を考えると、『滞在時間の長さ』というのが良いKPIではなさそうということが言えそうです。

⚠ Check Point ⚠
その数字が『上がる』ことが本当に良いことなのかをちゃんと考える
改善したのにKPIが下がるような事態はおきないか?

■ 擬相関でないか、古くなってないか
~マヨネーズとフォアグラを食べ続けるのが正解??
 ~

こちらをご覧ください。

⚠ Check Point ⚠
そのKPIの上昇は本当に最終的なゴール・目的に直結するか?
昔からあったKPIの場合更新が必要なフェーズではないか?

終わりに

これを読んでくださっているみなさんは『良いKPI』を作って事業運営をできているでしょうか 。

ここでも述べたように、良いKPIを作るのは世間一般で思われているより、遥かに簡単ではない仕事だと思いますそしてさらに、それを事業内で浸透させて運用に乗せていくのも、同じくらい簡単ではありません。

他にもKPIについて語りたいことはたくさんあるのですが、また機会があれば追記したいと思います。

では次の記事でまたお会いしましょう。


記事と関係するオススメの本

追記1

記事を見た方からKPIに関しての多くのご相談をいただきました。
自社の事業のKPI立案の相談や壁打ち相手などを求めている方は、もしよければTwitter:@hik0107のDMで気軽にご連絡いただければと思います。

追記2

@vxyn さんが読後の理解を図にしてくださってました。
ありがたいです。


いつも読んでくださってありがとうございます。 サポートいただいたお代は、執筆時に使っている近所のお気に入りのカフェへのお布施にさせていただきます。