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desty 長編小説 R15 BL 5290文字

desty
ー薄紅のきみー

あらすじ

関東の温泉街のはずれにかつて九代に渡り栄えた老舗の温泉旅館があった。
しかし十代目当主に当たる若い男が先代を亡くし旅館を廃業させてしまった。
それから偶然の出会いを重ね見知らぬ男たち同士が集まり
起死回生を図り旅館を一流の男婦旅館として復活させるまでのストーリーをえがく。




登場人物紹介

路田佑磨 
路田旅館十代目当主。260年続いた旅館を自分の代で閉業させたこと、
父を救えなかったことを悔やんでいる。
特技は七ケタ以上の数字の暗記。炭酸が好き。

茅場総士
茅場旅館次期当主。十代目茅場旅館当主として相応しい人物。
幼馴染の佑磨をとても心配している。
特技は茶道、剣道、好物は辛い物全般。

地崎夏樹
風俗店の前でトラブルを起こす佑磨を助ける謎の美青年。実は………。

路田佑斗
失踪した佑磨の兄。

路田佑伍
路田旅館九代目。昨年他界。茅場旅館と同じくらいの知名度を県内外に誇った。晩年は病に倒れ佑磨に経営を任せた。
特技はビリヤード、囲碁。好物はほっけ。







色とりどりの風車が旅館街の建物にあちこちに刺さり、カタカタと音を立てて回る音だけが聞こえる。

海辺から歩いて5分ほどの老舗旅館の「路田旅館」は昨年廃業になったばかりだ。

大正時代に作り変えられた建物は、昨年末屋内だけリノベーションされており木造の趣深い建物になっている。

十代目の路田佑磨は市役所へ提出する為の書類に追われていた。

「開業提出書、青色申告承認申請書、開設届出書、
源泉所得税納期特例承認申請書、
消費税非課税事業者選択届出書………」

最早漢字の羅列にしか見えないそれら。

既に父の経営していた旅館の書類は終わっていた。
しかし、これから新しく佑磨が始めるペンションの提出書類に悪戦苦闘しているようだった。

「ダメだ、ここで一旦句切ろう、キリがない………」

エナジードリンクと炭酸を割ったものを流し込むと、佑磨は事務所がわりの部屋の鏡を見た。

目の下の青いアイシャドウの見本のクマ、ツヤと水気のない粘土をベタ塗りした白い肌。

肩まで伸びたセイムレングスの黒髪は、栄養剤を失った観葉植物を思い出す。

要するにまだ三十を迎えていないのに、随分やつれた顔をしている。

夕刻、空腹の気配を聞いた佑磨は、書類の山をデスクの端へ退けた。
とりあえず財布とスマートフォン、キーケースを持って路田旅館の漆塗りドアに鍵をかけた。

小道を挟んだ先の老舗旅館の名前は、「茅場旅館」という。

五階建ての横長で茶室のある中庭を擁する路田旅館と違い、16階建てのリゾートホテル形式の旅館だ。

街と統一してあるシックブラウンの外装は木彫を意識しているのだろう。
中にはレストランやバー、エステなどがあり、エントランスの反対側にはプライベートビーチがある。

佑磨の旅館と同じく、十代ほど続いている。

向こうは創業250年、こちらは今年で260年を迎える筈だった。

ーかたや再始動するとはいえ、廃業に追い込まれ。かたや今も変わらず大繁盛だー

エントランスで送迎バスから宿泊客がロビーへ向かう姿が見える。

生成り色の涼しげな服を着ている定年過ぎの夫婦がベルボーイや女将に迎えられ、キャリーケースと四つ塊になり、流れるように受付へ消えて行く。

ーよかった、今日はあいつの姿は見えないー

「やぁ、今日も顔色が良くないですね」

みぞおちの辺りがゾワゾワと音を立てて歪んだ感覚がした。

と、いっても何回かに一回は俺はここでこの感覚を味わう事になると解ってはいた。

茅場旅館次期当主、十代目茅場総士が単衣を着て旅館ロータリーの横に佇んでいた。

辺りの風車の動きが止まって見えた。

「どうも………」

「何ですか、やけに今日は他人行儀ですね。
また書類やってるんですか?
僕は開業準備はやった事ないけど、大変そうですねぇ」

「別に親父に比べたら大した事ないですよ。
それに開業してからが忙しくなる………
茅場さんのところに比べたら全然ちっぽけですけど」

「路田佑吾さんは、本当に残念だったなぁ………
この地域、いやこの業界なら他県でも知る人ぞ知る人だ。
素晴らしいお方でした。
うちの父も、今でも悔やんでいますよ。
未だに元気がない」

「そう言って戴けるとお世辞でも嬉しいですよ、ありがとうございます。
それでは、所要がありますので………」

「佑磨くん、」

茅場総士はツヤのある髪を撫で付けてため息をついた。
顎は幼い頃から適度に尖っており、まつげの影が深い。
芽吹色をくすませた色の単衣に、深い紺色の帯締め。


ーこの人を見ると、鳥みたいだといつも思うー

美しい羽を持った、凛とした鳴き声で何かを告げ、羽ばたく人。



ヨレヨレのブロードシャツにショートパンツ、オペラシューズの佑磨は相手のトドメを刺す言葉を待った。

「あまり頑張り過ぎないようにね。
あと、ちゃんと寝たほうが良いよ。
それから、新しいペンション、楽しみにしてます」



佑磨の中で風車たちは、また動き始めた。



南に向かって、5分ほどのところに海がある。

路田旅館からも見えるこの街の海だ。

この街名物の魚介類が採れたり、県外から海水浴客が来たり。
温泉は夏も需要がある。

今年もあと少しで夏のシーズンが本格化する。

だから、ここで落ち込んでなんかいられない。

ー総士の言葉なんかでー

困ったような、言葉を選んだ様な善意が余計に佑磨の心を締め上げていた。

テトラポットの見える防波堤の上から立ち上がり、ショートパンツの石粒を払うと。

佑磨はのろのろと立ち上がった。

「酒が飲みたい………」





「120分 15,000〜」

子供の頃から、この通りにはこんな感じの看板が多いなとは思っていた。

けど、看板を見ていると両親が気にするな、などと度々怒るので何のことかは深く聞けなかった。

中学くらいの頃だったろうか、本当の意味を知った。

けど、観光地のそれらなんて出入りしている従業員のクオリティが知れているからさして興味がなかった。

「色んなオプションがつけられるんだなぁ………」

(見る限りでは結構可愛い子もいるけど、写真と違ったりして………)

毒々しい色の組み合わせの建物の料金表の前で腕組みしていると、中から性別の分からない2メートルくらいの筋肉質のラメの入ったドレスを着た人物が出て来た。

「今なら安いよっ?!¥15,000からのところ、 特別にっ、¥14,000にしてあげる!

その代わり、指名制だから、ワタシを指名してね!」

「いえ、結構です。見てただけですから。
また来ます………」

佑磨が動揺を隠して社交辞令を言い、震える手で巨人を引き剥がそうとすると、
ピンク色のネイルが乗った巨人の腕が佑磨の肩に伸びた。
佑磨の細めな身体は巨人のドレスに半分ほど埋まった。

「見てるダケ、のお店じゃないのよ。
さ、指名してもらうわよ。
お店、入りましょ」

高笑いしたドレスの巨人が毒の魚の内臓のような店へと一歩足を伸ばそうとした時、
後ろからよく通る声で矢を放つように声がかかった。

「あの、すみません。あっちで、おねーさん指名したいってお客さんいましたけど」

ピンク色のネオンと提灯、赤い風車が煌めくソープ街の中で、似つかわしくない人物がいる。

ドレスの巨人に向かって"向こうににいました"と案内をする青年は、耳の隙間なくピアスが刺さっており、下唇や鼻にも刺さっていた。

両肘から両中指まで、寓話のタトゥーが印刷されてある。
夏なのに五分袖を着ているが、肩まで入っているのだろうか。

皮で統一された服を着ている身体は無駄な肉などついていなく、
骨と皮膚と筋肉だけでスムーズに動いている様に見えた。

指や首、腕にはネクロマンス、クロムハーツのシルバーアクセが下がっている。

言い忘れていたが、この青年の髪の色はミントグリーンの腰まである長髪である。

呆気に取られていると、青年はへたり込んでいる佑磨の顔を覗き込んで

「立てるか?」

と聞き、佑磨が立ち上がると、そのまま一目散に二人でソープ街を後にした。

「ケガはねぇーか?」

「大丈夫だ………ありがとうな………今コーヒー淹れるから
適当にその辺座っててくれ」

「わり、ありがとうな、俺、地崎夏樹。コンポーザーと編曲家やってるよ」

「作曲と編曲か。すごいな。よろしく」

佑磨がブレンドを作る間、夏樹は
自分が近くの地方都市から来たこと、たまに東京へ仕事で行くこと。
この街は観光で訪れたがとても気に入った事を話した。
夏樹は瞳に入れると黒目が三白眼になるカラーコンタクトを介して事務所がわりの部屋を見渡した。

「ここって旅館なのに人がいないよね?
改装中?」

「……………」

佑磨は、夏樹にそう尋ねられると昨年病気で息を引き取った父と、心労で倒れた母、消息を絶った兄を思い出した。

路田旅館は、我々家族の…いや、この街の誇りだった。

華々しさでは茅場旅館に劣る。

しかし情処の豊かさ、おもてなしの奥深さ、そういったものまでは一度も何処にも負けた試しがなかった。

愛される、受け継がれる宿だったと思う。

夕刻過ぎの総士の同情の眼差しも思い出していた。

いっそ、哀れんで扱き下ろしてくれたら。

「お兄さん?泣いてる」

「ここは、260年前からある歴史ある温泉旅館だったんだ」

佑磨の頬から滴り落ちる涙を見て、夏樹は息を潜ませた。

「お兄さん………」

「なのに俺が途絶えさせた。全部俺のせいだ
新しいペンション経営を始めるけれど、今まで築いてきた歴史の価値を取り戻すことはできない」

言い切った佑磨は、涙を尽きるまでこぼしてゆく。
人の前で泣いたのは一体いつ振りだろうか。
父の葬儀のときは、精一杯過ぎて泣けなかった記憶がある。

「お兄さん、名前は?」

夏樹が人懐こい笑みを浮かべて佑磨の正面から向き合う。
夏樹は化粧をしているので、素顔は分からない。
歳はいくつくらいだろうか。

「………路田佑磨」

「佑磨さん。素敵な名前だね。
んで、今までずっとずっと頑張ってきたんだよね」

「………っそんなことは」

「そんなことはあるよ」

「……………」

「ねぇ、この旅館で一番いい部屋って何処なの?」

夏樹は俺が入れたブレンドもそこそこに、反動をつけてソファーから立ち上がった。

佑磨は五階の 胡蝶蘭、と書かれた表札のついた特等室に訳もわからず夏樹を通してやる。

旅館の迎賓室だったそこは、改築されて中が和洋折衷な作りになっており、照明はビンテージもののシャンデリアだ。

「中にはジャグジーもあるし、ユニットバス、簡易キッチン、オーシャンビュー露天温泉がある」

80坪ほどある室内を案内して回っている時に、急に佑磨は後ろから夏樹に抱きしめられ、そのままベッドに押し倒された。

シーツカバーに無数のシワを作りながらもがいたが、腕を押さえられ、脚に体重をかけられてしまった。

「………っ何考えてー」

「大丈夫、悪いようにはしねぇよ。
それに、佑磨さんのしたいこと全部してあげるから…」

「別にしたいことなんか………どけ」

「じゃあ何で夕方、あんな場所にいたの?
我慢しないでよ。
俺が満足させてあげるから……………」

「……………っ」

逆光の夏樹が間近で悪どく目を細めると、佑磨の胸が高鳴った。

欲望を見透かされた顔が紅潮してゆく自分が押さえられないのが分かる。

幼い顔、長い髪、妖しい表情に艶のある化粧。

夏樹は遠い国の美しい絵画に出てくるモチーフの幾つかを組み合わせたような人物だ。

そんな存在が佑磨を誘っていることに、身体が熱を持ち始めた。

書類の山、風車、芽吹色の単衣、心配そうな瞳、ソープ街の赤いネオンサイン。

それらを全て飲み込んで浄化したようなミントグリーンの髪に顔を埋めて、
南国の果物の色を塗った夏樹の薄い唇をついばむ。

水温を立てて唾液を交換し、粘膜を合わせる行為に溺れると、お互いに服を脱がし合う。

汗ばんだ白い素肌を合わせると、二人の口付けがより激しくなった。

特等室にはシーツの摩擦音と、外の露天風呂の掛け流しの水音が部屋をリバーブしてゆくだけだ。

佑磨は夏樹の愛撫に身を委ね始めた。

夏樹の香水ーキラキラ光るクチナシの飴菓子のような香りがしているーのむせ返る香りを、
喘ぐように肺に取り込んでゆく。

父が総合病院のベッドで点滴の管だらけになっている姿を天井に浮かべた。

『路田旅館を頼む………』

白髪だらけになり、やせ細りながら相続を放棄し手紙一枚残して旅館を去って行った兄もそこに重なった。

『ごめんな。きっと、いつか、また、どこかで』

ー父さん、兄さんー

さらに佑磨は、小学生の頃の総士と、近所の神社のけやきの木の下にタイムカプセルを埋めた映像を浮かべてゆく。

木漏れ日の下、タイムカプセルの未来の自分たちへのメッセージは画用紙でこう書いたのを覚えている。

『二人でこの温泉街を、この街をもっと元気に』

ーあのタイムカプセルは、一体どうなったのだろうかー

そこまで辿ると、夏樹が佑磨自身に愛撫をし始める。
佑磨は身体を仰け反らせた。

それ以上を性急に求めている事に気がついた佑磨は、理性を手放した。

遠くに、この町の海の波音とー
夏樹の銀で出来たピアス同士がぶつかり合う音ー
露天風呂の吹き出し口から源泉が流れ出る音がー
佑磨の思考のスクリーンの様だった天井で反響し合い、次第に細かい霧となって二人の裸体に静かに降り注いでいった。

そしてそのまま佑磨は、一晩中押し寄せる情欲に与えられるまま身体を浸した。



-つづく-


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