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比べるより、ただ好きなことを

生きづらさに関することはずっと自分の中のテーマでもあるのだけれど、先日鶴見さんにインタビューをさせていただいた前後は特にそんなことを考えていました。しばらくそんな記事を書こうと思います。(と言いつつ、明日には気が変わるかもしれません。)

以前にも書いたことがあると思うのですが、「人と比べない」ということについて、思うことがあります。

SNSから受ける悪影響の話は、既に多くの人が毎日触れていて、それらに対応する手段として「人と比べるのはやめよう」という言葉もよく見るようになりました。

でも、みんなそりゃ比べることなんて言われなくてもできたらやめたい。どうやったら比べずにいられるのかその方法が知りたいんじゃないかと思うんですよね。

自分も、人と比べて辛い気持ちになるといったこととは長年付き合ってきたのですが、社会人になった頃から少しずつそういう気持ちが減少に傾いて、10年以上かけてだいぶ少なくなりました。今でもゼロではないですけどね。

こう考えると、私は学生時代の劣等感が一番強かったんですね。実力による生活の格差って社会人になってからのほうが顕著だと思うのですが。

たぶん私にとって「自分で考えてやりたいことをやっている」ということが、人生で長いあいだずっとできなかったことで、それをできるようになったことが楽しくてしょうがなかった、そのことだけで時間が埋まっていたんでしょうね。(内容がうまくいっていても、そうでなくても。)そして、それを肯定してくれる人もいる。そういう自由度って年齢が上がるごとに拡大するばかりということに気づいて、大人になるって楽しいなと今も毎年思うんですよね。

(それは独身だからということではなくて、結婚や子育てを含め、自分がどう生きるかということは、当然ながら自分が自由に選べるのだということに気づけたということです。)

自分が人生の中で変わり始めた起点は、20歳くらいの頃からインディーズのバンドにすごくはまって、3日に一度くらいライブハウスに行くようになったことです。そこで出会った演者やファンの人やスタッフの人などとは、15年近く縁が続いている人も未だにたくさんいますね。

それまでの人間関係では、高校→大学進学→就職というルートを辿っている人が殆どだったので、また全然違う世界の人とたくさん出会えて視野が広がりました。

そして、自分がほんとうに楽しいと思うことをやりながら、肯定してくれる人がひとりでもいれば、それは100人中99人がしょうもないと言うようなことでも関係ないし、誰かと比べて残念な気持ちになることもないと思うんですよね。そう思える環境や人に出会えたのは、今まで全然関わらなかった世界に足を踏み入れてみたからなんですよね。

肯定してくれる人が1人もいなかったら?それは自分も元気でいられたかはわからないですけれど、自分がほんとうに(重要)楽しいと思うことをやっていたら、どんなことでも絶対誰かがイイネって言ってくれると思うんですよね。信じられない失敗もたくさんしましたが、そんな時もやっぱり人に救われてきました。

20代でフリーターだった時期が長く、高校の同級生は皆優秀で、いくら楽しく生きているとはいえ、将来への不安や周囲に対する劣等感はもちろんあったのですが、こればかりは、なにかのきっかけでゼロになるというものではなく、時間をかけて少しずつ減らしていくものだなあと、すくなくとも自分については思います。

内容はなんでもいいので、それをやっていることがただ楽しいと思える時間が、誰かと比べて自分は何も持っていないと思う時間よりもどんどん長くなれば、人と比べる時間自体が減っていくなあと思うんですよね。

じゃあ、時間を忘れてただ楽しいと思えるようなことって、どうやったら見つけられるんでしょうか。これ、結構難しいんですよね。

子供の頃ってたくさんの娯楽に物凄く熱中できましたよね。漫画とか永久に読んでいられたなと思います。どんな遊びも新鮮で楽しかったですよね。

大人になると、どんどん経験を積む分だけ、新鮮に感じられることってどんどん少なくなっていくんですよね。今娯楽って殆どお金を使わなくても手に入り放題なのに、実際そんなに消費していないし熱中もしていないですよね。今自分が子供だったら、映画や漫画や音楽や動画をどんだけ消費していたんだろうなあとよく考えます。

経験を積むと、行動をする前にだいたいのことを予想してしまうんですよね。そして今は、気になったことはすぐ調べられるので、行こうと思った店の評判や、買いたい商品の人気度、英会話教室の口コミなど、一見無駄な失敗をしないための布石って誰でも打てそうなんです。

でも、人間は一人一人細かく違うので、自分が仕入れた前情報と実際自分が体験した印象って当然違うんですよね。だから、やっぱり少しでも気になることは、自分で身体を動かして体験してみると、だいたい「思っていたのとぜんぜんちがう」という印象になります。(良い意味でのことが多いと思います。)

そういうことをどんどん重ねて行くと、あるとき突然、熱中するものに出会えるかもしれません。人と自分を比べて落ち込む時間よりも、やりたいことができたらいいよなあと思います。別に高尚なことじゃなく、食べ歩きとか昔の漫画に再びはまるとか、ものづくりとかもいいですね。

ちなみにそれを一工程終えるたびに、SNSか何かに投稿してみると、その趣味が持続しやすくていいなあという気がします。

人と比べない精神でいられることって、もっと哲学的で深い概念だと思うのですが、何かに熱中して物理的にそういうことを考える時間を減らすということは、考え方を変えるよりも簡単だなあと思っているところです。

自分は考えることが好きなので、もっと本質的に人との比較っていうことについて、これからも考えたいなと思うんですけどね。

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いろいろな方にインタビューをして、それをフリーマガジンにまとめて自費で発行しています。サポートをいただけたら、次回の取材とマガジン作成の費用に使わせていただきます。マガジン第一弾(36ページ)は、ご連絡頂けたら無料でお送りいたします。maricommu82@gmail.com

ありがとうございます。
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ナカヤママリコ

'82年生まれ。山梨県北杜市出身&在住。実家暮らし独身。会社員を辞め、自宅で花の苗を栽培しています。たまに東京や山梨で音楽イベントやトークイベントの主催もしています。お問い合わせはmaricommu82@gmail.com へお願いいたします。

コメント2件

読みました。興味深い内容でした。
人と比べてもしょうがないのですけどね。
インスタでもティクトックであろうと、上には上がいるわけですから。
結局、同じような髪型、同じような服、同じような写真や動画が蔓延してしまうわけです。
大量消費と同じような構造です。
面白い人は面白いかもしれませんが、私は別に何も思いません。
それよりも、考え方や発想や、自ら発信する人に惹かれます。
そう思うと非常に面白い記事と思います。
大学生の分際でエラソーにすみません。
>北里さん
コメントありがとうございます!お若いのに「私は別に何も思いません」と言えることが羨ましいです!私が北里さんくらいの年齢の頃には、人と比べてばかりでとても苦しかったので。自ら発信する人の情報にたくさん触れられる便利な時代に、大学生ですでに冷静な視点を持ってらして、賢いなあ…と思います。北里さんのnoteも読んでみますね(*´∀`*)ありがとうございます。
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