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定員200%超を動員した小林宙さん『タネの未来』出版記念イベントを書き起こしました。

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去る9月19日、神保町の農文協・農業書センターにて、『タネの未来 僕が15歳でタネの会社を起業したわけ』出版記念イベントが開催されました。著者の高校2年生・小林宙(こばやし・そら)さんの話を聞きに、定員40人のところ、ざっと80人以上の方々が集まってくれました。当日は、多数の方が立ち見になってしまい、中には会場に入りきれずに入り口の階段からラジオのように声だけを聞くという方もいたこのイベント。書き起こしをお届けします。

本がつくられた経緯。

(担当編集) みなさん、こんばんは。『タネの未来』、本当にまだ出たばかりの本ですが、この中ですでに読まれた方はどれぐらいいらっしゃいますか? ――ほとんどいないですね(笑)。それでは、今日の話は本の内容と重複するところもあると思いますが、みなさん、宙くんがどういう人なのか、どういうことをしているのかということに関心があると思いますので、そういう話を、質問も受けつつ進めたいと思います。

まず最初にこの本を出した経緯だけ、私のほうから説明します。家の光協会はJAグループの出版団体なので、農業とか食のことはつねに重要なテーマとして扱っていて、当然、それらのもととなるタネのことも、日ごろからなにかと考えたりしています。ただ、タネの大切さを伝えたいと思っていても、どうしても一般の人に関心をもってもらうことが難しくて、そういう、タネに興味を持つきっかけになる本を作れないかとかねてから思っていたんですが、ちょうど1年前の夏頃に、この農業書センターのレジ脇でタネが売られているのを私が見まして、そこで荒井店長さんから「じつは高校1年生の子がこのタネを売っているんだよ」と聞いて、すぐに本人にメールで連絡をとってみたんです。

そうしたら、宙くん自身も同じような思いで、「もっと一般の人に関心を持ってもらうきっかけになる本を作りたいと思っていた」という返事をくれて、この本を作ることになりました。まとめるにあたっては、たいらくのぶこさんというスーパーライターが間に入ってくれて、……今日も奥のほうにいらっしゃいますね。3人で何回も会って話を構成して、あ、あとこのかっこいい宙くんを撮ったのはキッチンミノルさん……いらっしゃってますか? 今日お越しのみなさんも、文章とか写真とかいいなと思った方は、今後、ぜひお二人にご用命を。
それでは、自己紹介から宙くんに話してもらいましょう。

「タネをとりまく現状」は割愛します(笑)。

(小林宙) みなさんこんばんは。お集まりいただきまして、ありがとうございます。小林宙です。この本が出るまでに編集の中山さんをはじめいろいろな方にお世話になりまして、無事、今月(9月)の17日ごろからですか? 本屋さんにぼちぼち出て、もうそろそろ出回っている頃だと思うんですが、その日を迎えることができて非常にうれしく思います。
今日はなにを話すかといいますと、こちらのスライドのとおりです。

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「この本を出すまでの経緯」はいま話してもらったとおりだとして、次の「タネをとりまく現状」というのは、あんまりおもしろくないテーマだと自分的には思うので割愛させていただきまして(笑)、「タネのおもしろさ」「タネを探す旅」「皆さんに紹介したい伝統野菜」と進んでいこうかと思います。

そもそも自分がなにをしているかというのを、簡単に説明したいと思います。僕は簡単に言うとタネを売っています。会社と書いてあるんですが、個人事業主でして、屋号が非常に読みにくいんですが「鶴頸(かくけい)種苗流通プロモーション」という屋号です。

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スライドを見ていただくとわかると思うんですが、まず最初に、おもしろい伝統野菜はないかなと思って、全国を探します。ただただあてもなく放浪の旅をします。そこで目当てのものに出合えれば、お店の人に「このタネをうちでも売っていいですか?」と声をかけまして、そのまま持ち帰ったり郵送してもらって、それをオリジナルのタネ袋に入れ、品質表示を付けたりなんだりと細々と事務的なことをして、最終的に売るというかたちです。――今日も、タネはいちばん後ろのあたりに置いてますので、お帰りの際はぜひご購入いただけるとうれしいなと思います。本を書くよりそっちのほうが本業なので、ぜひよろしくお願いします。あと、ただタネを売っているわけではなくて、一応、栽培もしています。タネはどうしても売れ残っちゃうので、もったいないからそれを試作して、その青果もちょっとは販売しています。

なぜ野菜に注目しているかというところから、よく分からないなあという方も多いと思うんですが、僕は基本的に、いつも心の中で「せっかくある伝統野菜をなくしてしまうのはもったいない」というふうに思っています。伝統野菜というのは、地域に伝わる野菜のことですけど、ずっと特定の地域にだけあるとなくなってしまいがちなので、それを「ちょっと分けて」と言って、分けてもらって東京で売ってみようというのが、基本的な理念です。

中1で畑デビューしてみました。

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じゃあ、僕がふだんなにをやっているのか、というところからいきましょう。これが群馬の畑です。あ、群馬に畑を持っているんです。そこで、余ったタネも使って試作をしたりして……。これはジャガイモですね。

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そこに写っているのは妹です。妹にはただ働きをさせているので、若干恨まれていると思います(笑)。群馬の畑は僕の中では非常に大きい存在でですね、中学校に入ったときに借りました。これはご厚意で、土地のお金とかいっさい払わず、お借りしています。

それまでは、野菜を作るのは家でプランターとかでやっていたんですが、プランターでできることにはどうしても限りがあって、やっぱり大きいダイコンとかハクサイとか作ってみたいなと、すごい思ってたんですね。それをずっと口に出してたんですよ。家とか、いろんな人がいるところで。「ああ、大きいダイコン作りてー」とかガンガンガンガン言ってたんですね。そしたら、ちょうどお話が来まして(笑)、ちょっと土地余ってるから使ってみない? とお声がかかって、中学校1年生になって、みんなが「中学デビュー」だっていうときに、僕は畑デビューをしました。

もともとは家の庭だったところなので、最初はここにも木が植わっていたりする状況だったんですが、そこをいろいろ自分でがんばったり、人にがんばってもらったりとかして(笑)、今のこのような畑になっています。

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この前の日曜日も畑に行ってきまして、これがそのときの写真です。いまなにが植わっているかというと、真ん中に見えるのがサトイモですね。で、いちばん茂っているのはキクイモっていうイモです。ご存知ない方もいるかもしれませんが。たしか北アメリカのほうのイモなんですけど、いまは、日本ではけっこう、山口県とかで作っていたりするという話を聞いたり聞かなかったりします。乾燥したのはたまに売ってるんですが、生ではあんまりないかなと思います。なので、今後、うちの主力商品にしたいなと思って、試作をしている途中です。こんな感じで今は、雑草、けっこう生えちゃっていますが、畑をしています。

苗はそうそうにコンプリートしたので。

ぜんぜんタネの話をしてませんね。まあ、小さい頃からプランターで野菜を作っていて、そうするとですね、最初はよくわからないんで、ただ近くのホームセンターとか行って野菜の苗を買ってくるわけですよ。で、苗を買ってくれば、たいがいうまくいくんです。それで、うまくいって「やったやったー」ってやっていて、それを3年ぐらい続けていると、ホームセンターに売っている野菜の苗ってやっぱり限りがあるので、すべての苗をコンプリートしちゃうわけです。

ああ去年もこれ作ったし、またおんなじの作りたくねーやと思っていると、売り場にタネのラックがあることに気づくわけです。ばーって並んでるタネ袋を見ると、おんなじトマトでも何種類もありますし、菜っ葉とかも、もはや写真を見ても違いがわからないような葉がばーっと並んでるじゃないですか。で、「これはおもしろいな」と思って、いつの間にか、野菜を作るのはたしかに楽しいんだけど、それよりタネを集めるのが楽しいな、タネ楽しいな、楽しいなみたいな感じになっちゃって、今ではこうして畑のほうは草だらけな感じで、タネばっかり集めてるような感じになったというところです。
昔だったら休みの日になればすぐにも畑に行きたいって感じだったんですが、……まあ、今でも行きたいんですよ? 行きたいんですけど、なんか畑に行くのもいいけど、タネも集めに行きたいなあ、タネを探しに行きたいなあと思っている日々です。

最初は独学で野菜を作っていたんですが、プランターから畑になると急に難しくなってきまして、そんななかでいろんな農家さんとかに聞きに行って教えてもらったりしてきました。いろんな人の畑を見に行って、「これなんですか」「こっちはなんですか」と。最近は野菜の作り方というよりも、「この品種なんですか」と聞くことが多いんですが。そうやっていろいろな人とコミュニケーションをとりながら、いろいろ教えてもらいながら畑を充実させていって、かつだんだんタネの方に引きずり込まれていくことになります。

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これは種苗店ですね。一般的に種苗店というと、こういう感じかなと思います。一応、店名は隠したんですが、こんな感じの種苗店が全国にはいっぱいあるのかな。ただ、ここはすごくきれいなほうですね。もっと潰れそうな……、経営的に潰れそうとかではなくて、物理的に建物が潰れそうな種苗店ってけっこうありますよね(笑)。まあ、あんまり言っちゃいけないのかもしれないけど、種苗店さんはボロいところが多いです。僕はそういう店が好きですね。なかには大規模で、資材とか肥料とかのほうがより充実しているところもありますけど、僕的にはあんまりうれしくないですね。やっぱりタネが充実しているところのほうが、うれしいです。

すぐに結果が出ない福袋のようなものなのです。

で、ちょっとタネのおもしろさみたいな話をだんだんとしていきたいと思います。

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これ、画質が粗くて嫌なんですが、写真ではマメのタネがいっぱい並んでいますね。あと上のほうはちょっとウリのタネとか。タネのなにがおもしろいのかって、けっこう聞かれる……、ていうか今日もこのイベントの前に新聞社さんに取材で聞かれたんですが、けっこう困っちゃうんですよ、タネのなにがおもしろいかと言われると。

うーん、なんなんだろうなと思うんですけど。やっぱりいちばんタネのおもしろいところというのは、「同じようなタネでもまったく違うものができる」というところかなと思います。ワクワクするじゃないですか。福袋じゃないですけど、タネ袋がだんだん福袋みたいに見えてくるんですよ。たとえばこのタネ袋は写真が載っているんですけど、けっこう地方の種苗店さんとかに行くと、写真付いてない袋があるんですね。そうなると、完全にもう賭けみたいなもんですよね(笑)。どんなのができるかまったくわからないっていう。

あと、共通のタネ袋っていうのがありまして、ある特定の写真が使い回されてて、ラッカセイなら、「まあこういうラッカセイだろう」っていう、非常に大雑把な感じでタネ袋が使われてることもあります。だから、意外と写真が付いていたとしても100%それになるかと言われるとならないので、けっこう賭けだと僕は思います。賭けっぽいところが僕はすごいおもしろいなと思って。

なにができるかわからないっていうのは非常にワクワクしますね。福袋以上にというか、福袋だったら、買ってきて開けて「わー、これが入ってた」で終わりですけど、タネだったら短くても1ヶ月以上は、なにができるか分かるまでかかるので、そういうところがおもしろいんじゃないかなと思います。

そして、安い。タネは安いです。ほんとに。それがすごい僕にとってはうれしいんですよ。なんで小学生や中学生のころにタネを集めに行けたかというと、タネの価格がすごい安いからですね。1袋100円とかからありますし、高いものもありますけど、ちょっとの量なら100円からあるので。子どもが集めるにはいいものでした。

それでは、探す旅の話に行きます。

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それでは、タネのおもしろさはまたどこかで語るとして、タネを探す旅の話に行きます。この写真はどこでしょう? これは新潟市の古町っていうところの市場で、お正月の頃かなと思います、並んでるものからして。

タネを探す旅ということなんですが、家で座ってインターネットで調べてもあんまりタネは出てこないかなというのが、自分の正直な感想です。大きい種苗会社さんとかはホームページを作ったり、いろんなところでインターネット販売とかもしているので、交配種とかは探せばいくらでも出てくるんですが、地方の品種とか古くからあるような品種は、どうしてもインターネットではぜんぜん調べられないというのが現状なので、僕は自分で探しに行きます。

直接タネ屋さんだけに行くっていうのも、それはそれなりのおもしろさがあるんですけど、タネはタネでしかないので、そのあと、結果、どういうものができるかっていうのはなかなか分からないじゃないですか。だから、寄り道をたくさんして、こういう地元の市場で野菜を見る楽しさっていうのはは、やっぱりあります。

しかもタネ屋さんにあるタネって、その地域でみんなが採っているタネのほんの一部でしかなくて、農家さんがそれぞれ持っているタネは、じつはもっといっぱいあるわけなんですね。そういうのを、市場とかでおばあちゃんが売っているわけですよ。さっきの写真、机の上のほうの野菜は普通にタネ屋で買って育てたものだと思いますが、このへんの(机の下、段ボール詰めの)菜っ葉なんて、もしかしたら自分でタネとってるやつかもしれないわけです。それを、普通の人はぜったい聞かないですよね。でも僕は、「これってタネ買ったの? それとも自分で採ってるの?」って聞いてみます。そうすると、けっこう「自分で採ってるよ」っていう答えが返ってくることが多いです。

野菜の見た目とかが「変わってるなー」と思って「ちょっとそのタネ分けてください」って言ってみると、意外と快く分けてくれたりします。「えー?」とか言われることも多いですけど、それは、タネを他人に渡すのがいやだっていうよりは、こんな、ただ家でちょっと採ってるだけのものをあげるのが気がひけるって感じで言ってるんだと思うんですが。それはそのときの運と、あとは笑顔でなんとかするしかないですね(笑)。

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次は、これはおもしろいなと思って写真撮ったんですけど、上に「長岡産柔らか冬菜」って書いてありますけど、冬菜ってなんだっていう(笑)。もう全国どこ行っても冬菜ってある気がするんですよ、自分の感想だと。どこ行っても冬菜ってあるんですけど、それがどれも同じものがあるかっていうと、そうでもないんですね。その地域地域によって採り継いでいるものがあるんで、同じ冬菜っていってもけっこう違うものが並んでいます。で、ここのはけっこう売れていますね。よかったです。

いろんなものが、同じ名前でもぜんぜん見た目が違うこともあれば、逆にぜんぜん違う名前で同じようなものがあるっていうこともあって、そこはもうしょうがないですね。ぱっと見ただけじゃわからないこともあるので、僕はとりあえずおもしろいなと思ったら写真を撮ったりして、後から調べるようにしています。こういう感じで全国、巡り歩いています。これはふつうのスーパーですが、この野菜はたぶんちゃんと、“地物”じゃないかなって思っています。そもそも長岡産って書いていますしね。

ホテルはだめなので親戚のお宅で。

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それでは次の写真。タネを探す旅でどういう所に行くかというと、こういう所に行くこともあるんですよ。これは九州の小倉の田舎です。これ全部で一つのお宅ですね。住んでいるのはいちばん端っこだけで、たしかあとは農機具小屋みたいな感じになっていたと思うんですけど。ここは僕のものすごく遠い親戚の家で、まったく会ったことがなかったんですが、「ちょっとタネを九州で探したいんだけど」と言って、無理に泊めてもらいました。ちょっと迷惑だったんじゃないかなと今では思っているんですが(笑)、ただ、宿とご飯をください、と言って借りました。

ちなみに、なんで普通のホテルに泊まらないのかというと、深い訳はないんですが、僕、食物アレルギーがありまして、普通のレストランとかで食べられないんですよ。卵とか牛乳とかがダメなので。なので、個別にキッチンが付いてる所がいいんですけど、キッチンが付いてる宿っていうのもそういっぱいあるわけじゃないので。がんばってツテを頼りまくっていろんな所に行っております。

この家はこの辺りの地主さんみたいなんですけど、いろんな畑見せてもらったりとか、自分の所で採ってるタネを見せてもらったりとか、まわりの農家さんを案内してもらったりとか、けっこう新しい出会いがいっぱいあって、ぜんぜんタネ屋さんで売ってるタネとはまた違った地域のタネが見つかるので、非常におもしろいなと思っています。

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この裏が竹林なんですけど、こんな感じなんですよ。タケノコが有名で合馬っていう所なんですけど。ぜんぜん関係ないんですが、タネを探しに行ったつもりがいつの間にかここでタケノコ掘りさせられてたっていう(笑)。よくわからないんですけど、泊めてもらってるんで、労働力にはならないとなって。そういうこともします。タネを探しに行ってるつもりなんですけど、じつはけっこう寄り道をしまくってて、なかなか、九州に行くのにけっこうなお金がかかるわけなんですが、帰ってきてみたら新しいタネを2、3種類しか見つけられなかったってこともざらにあります。

一週間ぐらいいろいろな所に行ってるので、さすがに東京に帰ってくるまでには何種類かおもしろいタネを見つけられるんですけど、1~2日、まったく収穫がない日もあります。それはけっこうこたえます。たとえばタネ屋さんに行って、事前に調べてた資料では「このタネはここのタネ屋にぜったいあるはずだ」と思って行くんですけど、そうすると「そのタネは、3年前まではどこどこのおじいさんがずっとタネを採っててくれたから売ってたんだけど、そのおじいさんが施設に入っちゃったからもう売ってないんだよ」って言われちゃって、そういうときは3年前に来ていればよかったなと思うんですが、3年前は中学生なんで、一人で九州には行けませんでしたからね。悔しいんですが、これ以上そういう悔しい思いをしないためにも、とにかく全国をたくさん回ってタネを集めています。

藍に出合う。

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これは祖谷(いや)というところですね。四国の徳島のほうの山奥で、大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)とか、そういうほうの。ここのすぐ近くに剣山とかっていう場所なのかな、そこがもっと急な斜面で、田んぼがいっぱいあって農業遺産になってるんですけど、そのちょっと手前で、ものすごく辺鄙な所です。

ここではなんのタネがあったかというと、藍ですね。服を染める藍のタネがありました。野菜のタネじゃないんで、まだうちで売るかどうかは未定なんですが、ここに行って、野菜だけじゃなくて別の利用法があるタネもおもしろいなと思いました。

ほんとはここ(山の上のほう)の人に声をかけてみたかったんですけど、僕が歩いてる所はここ(下のほうの道路)なんですよ。あそこに登りたくないなと思っちゃいまして。登っても人がいるかどうかわからないじゃないですか。なんで、ちょっと断念しちゃいました。本当は山の上に行きたかったんですけど、そのときは勇気が足りませんでした。けっこう勇気が足りないことも多々あって、チャンスを逃すこともあるんですけど。それはしょうがないかなと思っています。

水前寺菜に出合う。

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これは水前寺と書いてあるので熊本県ですね。これはおもしろいなっていう一枚なんですけど、水前寺公園ありますね。水前寺といえば水前寺菜かなと思って、なんの調べもせずに熊本に行って直接水前寺公園に行ったんですけど、そしたら参道みたいなお土産通りがあるんですが、そのお土産通りのいちばん前にこの水前寺菜の苗が売ってました。一つ300円でけっこう高いなと思って(笑)、しかも誰が買って帰るのかよくわからないなと(笑)。ぜんぜん売れてないんですけど。

けっこう伝統野菜を推してる地域でも、こういうふうにタネとか苗をお土産通りで売ってるというのは、ここしか見たことがないですね。まあ苗なんで、目立つからちょっとは買ってくれる人もいるかもしれないですけど、これがタネだったら、ぜったい誰も買わないですよね。――いま僕、応援する立場で言ってますからね(笑)。

たとえば京都で、清水寺に行く坂の所に京野菜のタネが置いてあっても買う人はほとんどはいないと思うんで、まだあんまりそういうことをやってる所はないと思います。でも、京野菜が有名でみんな食べたいなと思ってるなら、ぜひその元となってるタネのほうにも注目してもらいたいなと僕は思うんですが、あんまりそういう感じは京都では感じられないですね。ぜひタネももっと注目してほしいんですけど。

で、この水前寺菜という野菜自体は、僕はけっこう好きなんですが、そもそもどうやって食べるのかぜんぜん分からない雰囲気で、この売り場でももうちょっと食べ方とか書いてあげれば売れるかなと思いつつ、でもこうやって伝統野菜の苗を積極的に売っているのはおもしろいかなと思いました。がんばってほしいです。

トラクターに出合う。

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これはちょうど夏に北海道に行ってたんですけど、札幌にある北海道開拓の村って所で、昔のトラクターがいっぱいありました。僕はあんまり詳しくないんで、なにがどのくらいすごいのかわからないけど、とりあえず写真を撮ってしまいました(笑)。

で、北海道はやっぱり後から入植してきた所なので、伝統野菜のタネは少ないなと思います。伝統野菜は少ないですけど、ただマメ類は多いという感想を持っています。全国から来た人が北海道にタネをいっしょに持ってきていたようなので、全国のタネが集まっている場所として、北海道は魅力的な場所だと思います。もし北海道の人がいらっしゃれば、「北海道はタネすごいぞ」みたいなことをやってもらえるとうれしいです。

伝統野菜をつくるという考えがあっていい。

伝統野菜の話をするときに、なんで伝統野菜が生まれるのかというと、一つはいろんな人が移動するときにタネを持って移動したということがあると思います。今なら新幹線とかありますけど、昔はいわば別の国に行くっていうことなんで、そのときにタネを持って行くのは、江戸時代は自然なこと、……だったのかは僕にはわかりませんが、そういう時代だったみたいです。そうすることによっていろんな場所にいろんなタネが持ち込まれて、その土地土地に合ったものがさらに淘汰されていって、今の伝統野菜になった――、みたいな感じなわけです。

で、今の風潮としてはどちらかといえば「伝統野菜を守ろう、とにかく守ろう」と、まあ僕自身もいまここに立ちながら「守ろう」と言っているわけですが、守ろうという気持ちが強くなりすぎちゃって、新しいものをつくろうという意識があんまりないのは残念かなと僕は思います。せっかくたくさん移動できるようになったんだから、他の所へタネを持って行きやすくなったわけです。そうすれば、タネが移動した先で、また何年後か何十年後かに新しい伝統野菜が生まれるかもしれないんだけど、あんまりそういうことをしようという人がいないので、それがもっと盛んになったら世の中おもしろくなるんじゃないかなと思っています。

ただ守るっていうのもだいじだと思っているんですが、たとえば僕が今日は盛岡山東菜というのを持ってきていて、それを九州の人が買ってくれて、まあ九州でうまく育つか保証はできませんが、育ててもらって何年も採り続けたら、だんだん違う性質の野菜になっていくと思うんですよ。そういうふうになってほしいなと思いますね。それをその先ずっと作ってもらって、「これがうちの地域の野菜だよ」って言って持ってきてくれたり、こんな野菜になったよって持ってきてくれたら、世の中もっと多様性があっていい社会になっていくんじゃないかと僕は思っています。

ジョナサンを応援したいと思います。

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これもまた関係ない写真ですが、ジョナサンですね。最近こういうの増えてますね。熊本の赤ナスを使ったメニューだそうです。僕はちょっとアレルギーがあって食べられなかったんですが、目の前に座っている友人に食べてもらったら、「おいしい」と言っていました。「もうちょっと感想言えや」と思ったんですが、それ以上でもそれ以下でもないという感想だったんで(笑)なんとも言えないんですが、こういうふうに活用していくのはすごくだいじだと思います。

ジョナサンの場合はそんなに高いお店じゃないですが、なんとなくみなさんのイメージの中に、たとえば京野菜、何度も例にあげてしまって申し訳ないんですが、京野菜とかって料亭とかに出てくるイメージがあって、そういう伝統野菜というと「ちょっと高いな」ってイメージがあると思います。この写真の赤ナスが本当に固定種だったかというと、もしかしたらF1化したやつかもしれないし、詳しいことはわかりませんけど、でも、ブランドになっている野菜も、だれでも気軽に食べられるものだよっていうのを宣伝していくのもだいじじゃないかと僕は最近思っています。なので、「ジョナサンすげーな」と思って写真を撮りました。

伝統野菜のゆるさを支持したい。

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これは長野県の佐久という所がありまして、そこの知り合いのおじいさんが作っていたピーマンみたいなシシトウみたいな伏見のトウガラシみたいな、万願寺みたいな感じのですけど、そのおじいさんが言うにはこれは『軽井沢ピーマン』だと。そんなの聞いたことないなと思って、長野のちょっと有名な種苗店の方とかに「軽井沢ピーマンって聞いたことありますか?」って言ったら「聞いたことねえ」って言われたんですね。いまだに詳細がぜんぜんわからないんですよ。

でも、伝統野菜ってそもそもちょっとそういうところがあって、ある人が言い始めたらそれが通るみたいなところがあって、たしかに県が指定しているものもあるにはあるんだけど、それ以外は誰かが言い始めたら「そうなんだ」っていう感じで定着するんですね。そのゆるい感じがいいか悪いか、それはみなさんの考え方によりますが、僕はけっこういいかなと思っているんですよ。たとえばタネ屋で売るものだとしたら、品種の名前がそんなにいい加減でいいのかって言われたら、ぜったいダメなんですけど、個人であれば、「これは自分がずっと作っている品種なんだ、これはすごいんだ」と言ってくれたらいいなと思います。

そもそも伝統野菜というものがなんなのかと言われたら、まったく学術的な定義はないわけで、いつから作り始めたら伝統野菜なのかとか、その根拠がどれくらいあれば認められるのかってまったくないんです。そのゆるい感じは悪いことではないかなと思っています。ぜひ軽井沢ピーマンについて情報がある方は教えていただけると、僕の中でもモヤモヤしているので、ありがたいです。ではここで、ずっとしゃべっているので、質問を受けたいと思います。

「鶴頸」とはなんなのか。

(担当編集) はい、いろいろあるかと思うんですが、すみません、その前に。まず、本を読まれた方はすでに分かっていると思いますが、会社名が「鶴頸種苗流通プロモーション」とけっこう渋い名前です。これまでの話を聞いて、その由来がなんとなくわかる方はいらっしゃいますか?

(小林宙)  はい。ありがとうございます。言うのを忘れていました(笑)。
僕の中では、いまある群馬の畑が野菜づくりとかタネ探しの原点かなと勝手に思ってる部分があって、群馬県の形を思い浮かべていただくと、ツルの形をしています……と、群馬の人は言っています。上毛かるたという有名な群馬県のカルタがあって、「鶴舞う形の群馬県」という札があります。

そこから、僕の畑は群馬県の伊勢崎市という所にあるので、ちょうどそれがツルで言うとどこかな~と見ていくと、だいたい首のあたりになりますね。「鶴頸種苗流通プロモーション」の「鶴頸」というのは、ツルのクビと書くのですが、で、ふつうの「首」という字はちょっとかっこわるいと思って、頸椎の「頸」の字にしました。というのが理由です。で、「種苗」と、自分でタネを採ってるわけじゃないんで「流通」。「プロモーション」は、みんなに紹介できたらいいかなーみたいな感じの意味です。

野菜ソムリエプロ・緒方湊くん、登場。

(主催者) 今日はですね、小学校6年生で野菜ソムリエプロの緒方湊くんが来てます。湊くんは伝統野菜が得意です。湊くん、なにか質問ある?

(緒方湊くん) 僕も伝統野菜が好きで、どちらかというと味とかが好きなんですけど、味よりもタネに行ったのはなんでなのかなって。

(小林宙) そうですね。なんか会場の中でもけっこう「同感」みたいな雰囲気ありますね(笑)。まあ、それはそうだなと思います。味はもちろん好きですよ。おいしいなと思うのはたくさんあります。あんまおいしくないなと思うときもたまにあります。ただ、それはその地域の食べ方によるので、普通のナスだと思って食べたらイマイチだけど、その土地の食べ方だと全然違うなんていうのはたくさんあると思います。味はつくり方とセットになってると思うので。

で、なぜタネなのかというと、僕が伝統野菜のほうにのめりこんでいったきっかけが、そもそも味ではなくタネだったからというのがいちばん正しい答えかなと思います。タネをいろいろ見ていくうちに、最初はそもそもF1とか固定種とかの区別がつかなかったわけですが、そこから調べていくうちにやっぱりタネの世界って奥深いんだなと思って。F1品種なんかはぜんぶカタログに載ってるから、それを一人で延々調べていったりっていうのはできるけど、それこそそれはAIとかパソコンができることなので。そんなんじゃおもしろくないなと思って、いちばんカタログとか文章になっていないものを知りたいなと行き着いたのが伝統野菜の世界だったということですね。なので、なぜタネかというと、「タネから入ったから」というのがいいかなと思います。

(担当編集) 後で伝統野菜の紹介もしようと思っていますけど、湊くんに、味で「これは食べてみたほうがいいよ」という伝統野菜があったら宙くんから教えてあげてください。

(小林宙) じゃあ、あんまり知らなそうなやつで。意地悪ですね、すみません(笑)。ここに自分も最近知ったんですけど、『つる有り本にしき菜豆』というのがあります。愛媛県松山市にある村田種苗店さんというところと、ほか数店から出されていると思います。なにがいいかというと、味は非常によくて、そして見た目が非常にいいですね。豆が白地に赤茶っぽいのが入っていて、青いマメのときもシャキシャキしておいしいんですけど、それを食べた後もう一回、固くなったほうのマメを煮たりして食べると二度おいしいということで、これをおすすめします。タネはあるので、よかったら育ててみてください。

種苗法について思うことは。

(来場者) 『タネの未来』の本を見させてもらって来ました。本の中でも種苗法のことに触れてましたが、この先、種苗法が強化されて自家採種ができなくなった場合、鶴頸種苗流通プロモーションとしてはどのように事業を発展させていこうと考えていますか?

(小林宙) はい。僕が最初にすっとばしたところ(スライドの「タネをとりまく現状」)を質問していただいてありがとうございます(笑)。種苗法うんぬんという話はけっこういろいろ出てきているわけですが、まず僕の売っているタネは自分で採ったものではなくて、種苗店さんや採種農家さんや一般の農家さんが採ったタネを売っています。なので、種苗法が強化されたとしても、直接、タネが売れなくなるということはないと思います。でも、僕が売ったタネから育てた野菜は採種禁止になる可能性はあるわけですよね。

僕もまだ具体的なビジョンは描けていないんですが、「そもそも野菜からタネは採れるものなんだよ」ということは言い続けていきたいとは思います。タネを採るという文化がもっと広く根づくことが大事だと思うので。なるべくいろんな情報は発信していけるようにしていきたいと思っています。

遺伝子組換えについて思うことは。

(来場者) 遺伝子組換えのタネについてはどうお考えでしょうか。

(小林宙) はい。ここもすっとばしたところですね(笑)。最近は遺伝子組換えやらゲノム編集やらが非常に話題になっていて、新聞なんかでもけっこう取り上げられているかと思います。本の中でもちょっと触れているんですが、僕も正直、よく分かっているかと言われたらよく分かっていないです。作り方とか理系的な分野のことも完全には理解してないですし、みなさんがいろいろ言っていることも聞くんですが、それをすべてちゃんと理解しているかというとぜんぜん理解していないので、あまり「これだ」ってことは言えないんですが、僕は「絶対悪いとも絶対よいともいえない」のかなと思います。まだ新しいものなので。

どうしてもこのテーマは否定的な意見が多いですけど、僕はタネのことにかぎらず、なんでもかんでも頭から否定しちゃうのはあまり好きじゃないので。もちろん、だからといって、あの技術がいいものかというとそれも疑問が残るなというところですね。僕自身が積極的に遺伝子組換えの作物を食べるのかとか、タネを売るのかっていうと、それはちょっとしないかなというのが正直な感想です。

なによりたいせつだと思うことは、遺伝子組換えにたいして嫌だなという思う人がいるわけなので、表示を義務化していくこと、そのタネが、野菜がどういうものなのか、その食品がどういうものなのかということをきちんと明記してあげるっていうことはだいじなのかなと思います。どうしてもそういうところはめんどくさいですし、あんまりやりたくないってところも多いかと思うんですけど、消費者の選ぶ権利は大事だと思うので。

うちでは遺伝子組換えのタネを扱う予定はないんですが、もしかしたら、おもしろいなと思ったりしたら、扱うかもしれません。なので、まだ揺れているなという感じです。

なぜにこの書店に?

(質問者) この書店には初めて来ました。さきほど小林さんは小学生の頃から通っていたと聞きましたが、なにをされていたのかなと。

(小林宙) ええと、過去の話をしたいと思います。ここは農文協の農業書センターという場所なのですが、その農文協さんから昔『のらのら』という雑誌が出ていました。今は休刊になっていますが。簡単にいうと食農教育についての雑誌で、……あ、後ろで掲げてくれていますね。よーく見ていただくと分かるんですが、あの表紙に写っているのがじつは僕なんですね。中学校1年生ぐらいのときの僕の写真です。その『のらのら』という雑誌に小学校3年生ぐらいで出合いまして、農文協さんて赤坂にあるんですけど、都内の僕の家がそこから「いちばん近い取材場所」と言われてよく編集の方が来てくれて、いろいろ教えてもらったり、こっちがいろんな話をしたりっていう感じで、農文協さんにはお世話になってます。

自分の顔写真とか載ってる本って、店頭に並んでたらうれしいじゃないですか、普通に。それで、農業書センターは昔ここじゃなくて別の所(大手町)にあったんですが、その頃から自分が載っている本が並んでいるのを見たいなと思って通ったりしていて、最近では、今ここに並んでいるような本(農業書など)が普通に読みたいので、買うために来ています。

おすすめ伝統野菜の紹介

(小林宙) それでは、この後はスライドはないんですが、最後に少しだけ、僕のおすすめするタネを紹介します。本の巻末でもおすすめするタネを20個ぐらい挙げてるんですが、その本物を持ってきましたので、お見せしながら。

【南部芭蕉菜】

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いちばん最初に載せてるのが、この『南部芭蕉菜』という葉っぱです。名前から想像できるように、岩手県の南部地方の菜っ葉です。ちょっと辛いです。からし菜っぽい感じで。でも非常においしいです。これを買ったのは小学校5~6年生ぐらいで、たまたま入ったタネ屋さんで買ってもらいました。今はけっこう漬け物を自分で作るんですけど、そのときはまだ自分で漬ける技術がなかったので、からし菜も生で食べていました。けっこう辛かった思い出があります。ぜひみなさん、岩手県に行けば売っているので、行ったさいはご購入することをおすすめします。

(来場者の男の子) 南部地方っていうのは、岩手県のどこですか?

(小林宙) 南部地方っていうのは昔の藩の名前なので分かりにくいですね。岩手県の内陸部のほうです。ただ、県庁所在地の盛岡とかでも売っているはずです。僕が買ったのは山清商店さんといって、盛岡市の仙北町にあります。ちなみに岩手県の宮古市にもその支店があります。

【べにぞめ葱】

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次はけっこう普通のところで売っていますね。カネコ種苗さんから出されている『べにぞめ葱』です。カネコ種苗さんは群馬県前橋市の会社なんですけど、茨城のべにぞめ葱を扱っています。でもこれはカネコ種苗さんが改良した品種なので、茨城にあるのとはちょっと違うかもしれませんが、一般的に広く流通しているので。見た目がきれいですし、ぜひ買っていただけるといいかなと思います。

【和多田漬瓜】

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次は、中身はたいしたことはない、ただの漬け瓜です。タネ袋にほれて買っちゃいました。なににほれたかというと、一番上に、赤に白抜きで『青縞瓜』って印刷文字が書いてありますね。で、その下にマッキーで『和多田漬瓜』って手書きで書いてあるんですよ(笑)。今日、最初のほうで話したように、「違う品種だけど、だいたいこんな感じ」っていうタネ袋の使い方をしているパターンです。だから、実際作るとこの写真とは若干違うものができます。なんでかっていうとこれは『青縞瓜』のタネ袋だから。その袋を利用して、タネ屋さんが、マッキーでバンと書いて売っていました。その地域でしか『和多田漬瓜』のタネを採っていないので、専用のタネ袋がないんですね。このゆるさと潔さが、なんかいいなと思って買っちゃいました。

【伏見唐辛子】

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これはタネ袋とは思えないおしゃれなデザインですね。タキイ種苗さんが創業百何十周年かなにかの記念で作った京野菜のシリーズの一つです。なんかしおりみたいでおしゃれですよね。で、これ写真じゃなくて絵なんですね、ここに描いてあるのが。昔は写真がないんで、タネ袋にはものすごく細かいイラストの絵が載っていたそうです。あんまり僕も現物を見たことがないんです。現物は豊島区の歴史博物館かなにかに行くと見られるそうで、まだ僕も行っていないんでちょっと分かんないですけど、なんかこのイラストいいなと思っちゃいまして。タネは、実際にどんなものができるかわからないところもあるんで、いっそのことイラストのほうがいいなと思うんですが、たぶんイラストのほうが高くつきますね。今はこれと同じタネ袋で販売しているか分からないので、調べてから買ってください。

【黄とうがらし】

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どんどん行きます。これは『黄とうがらし』。普通のトウガラシみたいですが、ちょっと黄色いですね。京都とかの七味唐辛子では黄色いやつがあったりするんですが、たぶんそれだと思います。でも、売ってたのは九州の福岡で、なんでなのか未だに疑問ですが、普通においしかったです。けっこう辛いですね、これは。

【八町きゅうり】

※写真なし

これは『八町きゅうり』。このタネ袋でピンと来たら通だと思いますが、これは長野県の松本という城下町にあるつる新種苗さんという会社のタネ袋なんですよ。あ、「あー知ってるー」みたいな方がちらほらいらっしゃるかな。そのオリジナルのタネ袋です。ほとんど他のタネ屋さんでは売っていない長野の伝統野菜を扱っている素晴らしいお店で、松本駅から歩いて5~10分なので、ぜひ足を運ばれると、ふだん見るものとはぜんぜん違うタネがあっておもしろいと思います。ちなみにこのキュウリは昔のキュウリでして、図太いんですね。キュウリというより「瓜」って感じのスマートじゃない瓜で、ちょっとえぐいなって人によっては思うかもしれませんが、一回食べるとクセになるのでぜひ食べてみてください。

【スタピストマト】

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続いてまたつる新種苗さんのタネ袋ですね。いやぁこのタネ袋ほんと好きなんですよね。なんかこの凝ってない感じがいいですよね。裏側もこれくらいしか書いてないんですよ。これは『スタピストマト』という旧チェコスロバキアの伝統品種です。日本では、ここともう1軒ぐらいでしか見たことがないんですけど。どこでタネを採ってるかというと長野県なんですね。こういう中玉トマトは日本では少ないですね。ミニトマトはお弁当に入れる用だし、大玉トマトは普通に食べる用で、中玉トマトはじゃあどんな用途があるんだという感じで、ちょっと日本ではまだ流行っていませんが、もうちょっとしたら来るんじゃないかと信じています。非常においしいんで食べてください。

【純系愛知ファーストトマト】

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次はこれでピンと来る方はタネ好きの方だと思いますが、野口種苗さんのタネ袋ですね。『純系愛知ファーストトマト』。これは非常においしい。うん…、おいしい、おいしい(笑)。ぜひ食べていただきたい。ファーストトマトというと、先がとんがっているトマトですね。愛知県はもともとトマトが有名なんですけど、昔に頑張って作ったトマトです。

【埼玉青大丸なす】

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次、ナス行きます。これが巾着茄子なんですが、青い、緑色の巾着ナスですね。これはけっこう近くて、埼玉ですね。今でもけっこう作られているらしいです。非常においしいんですが、普通の食べ方だとあんまりおいしくなくて、しっかり油を吸わせてやったり、煮込んだりするとおいしいナスですね。なにがいいかっていうと、ナスはお味噌汁を作ると紫色が出ますよね。濁るじゃないですか。でもこれは緑色なんで、紫色が出ないんですよ。きれいな味噌汁ができます。ぜひ使ってみてください。

【佐土原茄子】

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これは『佐土原茄子』ですね。佐土原というのは地名です。昔宮崎県に佐土原町というところがありまして、今は宮崎市に合併されちゃいましたね。ちょっと遠いんですけど、行ってきました、頑張って。昔はけっこう作られてて、タキイ種苗の昭和20~30年代のカタログに載ってるんですよ、これ。なんですが、そのあと作られなくなっちゃって、年を経てタネがタネ屋さんに3粒ぐらいしかなくなっちゃったらしいんですよ。ちゃんと発芽したのが。その3粒からタネをとって復活させたというサクセスストーリーって感じの、おいしいナスです。

【巾着茄子】

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これは普通の『巾着茄子』です。なにがおもしろいかっていうと、この巾着ナスは新潟県のナスです。新潟は非常にナスが多いんですけど、巾着ナスというと京都とか関西をイメージする方が多いと思います。これは関西からお嫁さんに来た方がタネを持ってきて、新潟で非常に広まったナスです。食感はちょっと固いですね。そんなに、ものすごくおいしいかと言われたら、僕はそんなには思わないんですけど(笑)、歴史を感じるナスです。

【小岩井かぶ】

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ちょっと根物に行きましょう。これは『小岩井かぶ』です。小岩井というと岩手の広い農場を思い浮かべると思いますが、その小岩井農場の飼料用のカブです。ブタとかが食ってるやつですね。じつは人間も食べられるらしいです。僕も作ったんですが、あんまりおいしくなかったですね。栽培が上手な人が作ると大きくてすごくおいしいカブができるらしいです。大きいカブなんですが、葉っぱがトゲトゲして痛かった記憶があります。これ、普通のタネ屋さんで売ってるんですよ。300円で。てことは食べられるってことなんですよ。でも、やっぱり……あんまりでしたね。というか、そもそも普通に売ってるカブに「家畜用カブ」って書くかって話ですよね(笑)。人が食べる用のやつに。すみません、渡辺採種場さんの方がいたらほんと申し訳ないです(笑)。

【浜クロピー】

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これはぜんぜん伝統野菜とかじゃないです。『浜クロピー』という黒いピーマンです。最近いろんな色がいろんな野菜で出てきましたけど、ピーマンでこういう色が畑にあると目立つんで、まわりの人より一歩先を行った感じを与えさせると思います(笑)。

【東京長かぶ】

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東京の野菜を一つ。長カブです。長カブは東京のいろんな所にあります。品川の長カブが有名ではないかなと。めちゃくちゃダイコンに見えると思うんですけど、味はほんとにカブなので、ダイコンだなと思って食べると「おいしくねーな」と思うんですけど「カブだな」と思って食べると非常においしいです。ダイコンにはないカブ独特の草っぽい感じの味がよく出て、タネ屋さんには「おいしくないよ」って言われたんですけど、僕はけっこうおいしいと思ってます。

【温海かぶ】

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『温海かぶ』ですね。そもそもあったかい海で「あつみ」と読むのかっていう。温海は山形県の温海温泉という有名な温泉がありまして、けっこう山の方なんですね。で、このカブ自体はただの赤カブで大したことはないんですが、地元での作り方がすごくて、焼き畑農業で作ってます。毎年、一定の区画を焼いて、そこにバーッとタネをまいて作っているらしいです。時期が合わなくて直接は見せてもらえなかったんですが、こんど行ったらぜひ見てみたいと思っています。聞くところでは、日本の焼き畑は世界の焼き畑とは違うらしいので。

【新小平方茶枝豆】

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エダマメの『新小平方茶枝豆』です。エダマメの有名な産地といえば、新潟の黒埼の茶豆が有名ですね。それ以外にも山形のだだちゃ豆とか有名ですが、僕は父方のおじいさんおばあさんが新潟に住んでいるので、新潟をひいきします。黒埼の茶豆は非常においしいです。その中でもとくにいいといわれているのが、小平方(こひらかた)という地域なんですね。その地域に伝わる茶豆に、新潟にある北越農事さんという会社がさらに改良を加えました。北越農事さんはすごくおいしいエダマメをたくさん出しています。これは地名がついていますが、地名のついていない普通っぽい感じのエダマメも多くて、どれをとってもおいしいんで、僕はむちゃくちゃ好きです。エダマメは基本的にF1がないんで、みなさんタネをとって、来年も同じものができますので、ぜひやってみてください。そのかわりエダマメは2年後になると発芽率がすごく下がるので、そのへんは注意してください。

【黒丸大根】

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根物が残っていました。このタネ袋を見て「あーっ」と思う方がいたら、最近のタネ好きの方かなと勝手に推測します。これはグリーンフィールドプロジェクトという会社で、熊本県の天草にあります。最近は厚木にも支店ができたらしいって情報が入ったんですけど、僕はまだ行っていないです。そこがヨーロッパとかの輸入の有機のタネを販売しているそうです。僕もあんまり「ヨーロッパの有機」とか詳しくないんでわからないですが、袋に大きく「有機種子」と書いてます。これはダイコンで、ハツカダイコンみたいな見た目ですね。なにがすごいかというと皮が真っ黒です。こんなもん食えるかって思うんですけど、ちょっと固くておいしくて。ヨーロッパのほうでは皮が黒いダイコンは普通らしいですね。で、なんで日本に来て海苔が食べられないのかわからないですよね、こんなの食べてるのに。

【江戸川ベカ菜】

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『江戸川ベカ菜』です。江戸川と付いているだけあって、関東のべか菜です。後ろに後関のべか菜というのを販売していますので、ぜひ見てみてください。まあべか菜はどれも味がおんなじだなと僕は思っています。

【飛騨南瓜】

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『飛騨南瓜』です。飛騨南瓜(ひだかぼちゃ)という名前で売っていますけど、宿儺(すくな)南瓜で、これはその地域かなんかで名称を商標登録しちゃってます。なので、権利うんぬんが発生するとかで、こんな無難な名前になっているんだと推測します。余談ですが、他にも伝統野菜の名前を商標登録したりするケースがあるんですけど、それははたして世の中に広がっていくためにメリットがあるのかなと疑問に思います。ブランド化するうえではいいと思うんですけど、ブランド化するだけが生き残る戦略ではないと思うんで。その話は本に書いてあるんで、ぜひ読んでもらえればいいなと思います。

【六尺へちま】

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次、『六尺へちま』です。六尺、めちゃくちゃ長いですね。2メートル弱ぐらいですか。実際は、そんなになりません。こういうのってけっこう誇張して書いてあることが多いと思います。ヘチマは鹿児島の南の方とか沖縄とかではけっこう食べられて、僕は食べたことはないんですが、おいしいという話は聞きます。ただ、実が若いうちに食べないとだめなので、それは作った人だけしか食べられない味だなと思います。ま、六尺は長いので普通のヘチマでぜんぜんいいと思います(笑)。

【次郎丸ほうれん草】

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『次郎丸ほうれん草』。これ、ほんとどこでも売ってます。この袋も、裏にシール貼ってありますけど、買ったの島忠ですね。ホームセンターの。伝統野菜っていうと、どうしても地方の古くからある種苗店とか農協とか行かないと売ってないのかなと思われがちなんですが、この次郎丸は愛知ですかね、そっちのほうの伝統野菜ですが、じつは意外とどこでも売ってます。なんか「世の中ぜんぶF1だけだー」みたいな話がけっこうそこらへんの本にも書いてあるかもしれないんですが、意外とそうでもないと僕は感じています。ぜんぜん統計とかをとったわけじゃないので、なんとも言えないんですけど、普通に探せばあります。なので、身の回りのところからでも探していただけるといいかなと。では、こんな感じで。

(来場者) さっき、後関のべか菜のタネを購入させていただきました。で、ここに東京都のタネ屋さんが育成したんだけど、イタリア産って書いてあったんで、その理由を聞きたかったんです。

(小林宙) はい。そうなんですね。けっこうよく聞かれるんですけど、タネの採種地というのは、伝統野菜であっても日本とは限りません。流通量が少ないタネなら地域で採っていることが多いんですけど、流通量が多いタネになりますと、やっぱり日本ってタネを採るにはあんまりいい場所ではないんですね。日本って梅雨があるじゃないですか。しかもそもそも湿気ってるじゃないですか。そうするとタネを採るにはあんまりよくないですし、そもそも土地が狭いわけですよ。だから、隣の畑との間隔がすごく近いんで、アブラナ科とかはすぐ交雑しちゃいますね。そんなわけで、あんまり日本でタネを採るのに適した場所ってないんですよ。タネのすごい大きな会社さんとかだと、昔はあんまり海外に行けなかったんで、国内で島を「一島買い」したりして、そこでタネを採ったりするってことをしてました。でも「それってかえって経費がかかって無駄じゃない?」って話が出て、今は海外で生産することが多いのかな、と。

いまお手元にあるタネはイタリア産ですけど、イタリアといえば地中海性気候で乾燥しているイメージがありますね。オリーブとかあって。そういう所のほうがタネは採りやすいですし、しかも安くあがるので、伝統野菜とかF1品種とか関係なく、けっこう海外で採る会社さんは多いのかなと思います。僕はあんまりそのへんは気にしてないです。日本の特定の地域で採ることにこだわらなくても、やっぱり品質自体にはそこまで大きな影響はないのかなと思っています。たぶん毎回原種を送って、そこからタネを採ってもらってるはずで、ずっとそこでタネを採り続けているわけではないので、性質が変わっていったりとか、そういう問題はないんじゃないかと思います。でも気になる方はけっこういらっしゃって、よく質問は受けます。


すでに終わりの時間が過ぎてしまいまいたね。ぜひ、本もタネも買っていってください。タネについて聞きたいことがあったら、しばらくここにいるので、質問していただければと思います。本日はどうもありがとうございました。

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