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「クモの呼び名」:『クモの奇妙な世界』(馬場友希さん)に収めきれなかった未収録コラムを公開します。

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9月1日に発売した『クモの奇妙な世界 その姿・行動・能力のすべて』(馬場友希さん)は、合計352ページの大作。その本の厚さによって、手で支えなくても立てて置くことができるので、クモ屋・虫屋の界隈では「自立本」という呼称も生まれているとか、いないとか。このページ数ですが、じつは企画立ち上げ当初の予定より100ページ以上増えていて、「これ以上は増やせない…!」と、泣く泣くカットしたコラム記事が存在するのです。おかげさまで重版が決まったことを記念して、その未公開のコラムをここにお届けします。

クモの呼び名

クモに関する質問で意外と多いのが、クモの名前の由来に関するものです。なかにはおもしろい呼び名のクモもたくさんいますので、特徴的なもの、よく聞かれるものの一部を紹介したいと思います。

サツマノミダマシ(コガネグモ科)

サツマノミダマシ

……まったくクモを連想させない名前です。腹部が緑色をしており、その色や形が「薩摩の実(ハゼの実)」にそっくりであることからこのような名前がついています。近縁種にワキグロサツマノミダマシという種もいます。


アズチグモ(カニグモ科)

アズチグモ

……アズチとは、弓場にある、的をかけるために土を山形に盛った的山のことを指す言葉です。このアズチの形に、クモの腹部の形がよく似ているためにこのような名前になったそうです。色がとてもきれいなクモで、腹部以外の特徴からも名前のつけようがありそうですが、非常にイマジネーション豊かな名前だと思います。


シボグモ(シボグモ科)

シボグモ

……「シボ」とは、染色の技法で布を絞り染めするさいにできるシワ状の細かな模様を差します。本種の腹部の斑紋がそれに似るため、命名されました。


ヌサオニグモ(コガネグモ科)

ヌサオニグモ_谷川明男

※写真/谷川明男博士(東京大学)提供

……腹部の模様が幣(ぬさ)、すなわち神に祈るときに捧げ、また祓いに使う、紙・麻などを切って垂らしたものに似ていることによるそうです。


ゲホウグモ(コガネグモ科)

ゲホウグモ_谷川明男

写真/谷川明男博士(東京大学)提供

……外法人(げほうにん/魔術や妖術などを扱う人)が骸骨(外法頭)を用いて行う妖術の一種であり、このクモの腹部の形や模様が外法頭(骸骨)に似ていることによります。


センショウグモ(センショウグモ科)……これは「戦勝」に因んでおり、1905年の日露戦争の勝利に因んだ名前のようです。ちなみにカチドキナミハグモ(ナミハグモ科)の「カチドキ」も日中戦争で日本が中国の広東を陥落させた記念につけられたものだそう。生き物の名前にも戦争の影響を垣間見ることができます。

 以下は海外のクモの話題になりますが、有名人や有名なキャラの名前がついたクモもいます。

Lycosa aragogi ……『ハリー・ポッター』に出てくる「アラゴグ」というクモの名前がつけられています。コモリグモ科の徘徊性のクモです。

Eriovixia gryffindori ……同じく『ハリー・ポッター』の登場人物で、ホグワーツ魔法魔術学校を創設した有力な魔法使いの一人、ゴドリック・グリフィンドールに由来するそうです。日本にいるコガネグモ科のトガリオニグモに近い仲間です。

Calponia harrisonfordi……種小名に俳優として有名なハリソン・フォード氏の名前がつけられています。氏の俳優としての功績に感謝の意を表して献名されたそうです。日本には分布しないカガチグモ科(Caponiidae)というグループに属しています。

Heteropoda davidbowie ……有名な歌手、デヴィッド・ボウイの名前がついています。東南アジアに分布するアシダカグモ科のクモで、見た目もかなりカッコよいです。稀少なクモであるため、有名な人の名前を冠することで保護への機運が高まればと、命名者であるPeter Jäger博士は考えたそうです。


 また、クモの学名を「どのように読むのか」「発音するのか」という質問も、たまに受けることがあります。じつは、発音の仕方は、国によって、あるいは同じ国の中でも異なることがあって、やっかいな問題です。
ローマ字読みをすると、古代ローマの公用語だったラテン語の発音に似るそうです。それに従って、ローマ字読みのカタカナとともに、いくつか代表的なものを列挙します。学名が読めるようになると、異国の研究者や専門家と話をするときに便利です。

代表的な科……コガネグモ科 Araneidae (アラネイダエ)、ヒメグモ科 Theridiidae(テリディイダエ)、サラグモ科 Linyphiidae(リニフィダエ)、コモリグモ科 Lycosidae (リコシダエ)、カニグモ科 Thomisidae (トミシダエ)、ハエトリグモ科 Salticidae(サルティキダエ)

代表的な属……オニグモ属 Araneus (アラネウス)、 コガネグモ属 Argiope (アルギオペー)、ゴミグモ属 Cyclosa (キクローサ)、トリノフンダマシ属 Cyrtarachne(キルタラクネ)、ゴケグモ属 Latrodectus (ラトロデクトゥス)、オオヒメグモ属 Parasteatoda(パラステアトーダ)、コモリグモ属 Lycosa(リコーサ)、オオアシコモリグモ属 Pardosa(パルドーサ)、カニグモ属 Xysticus (クシクティクス)、アリグモ属 Myrmarachne(ミルマラクネ)、ヤマトハエトリグモ属Phintella(フィンテーラ)など。

 上にも述べたように、学名の発音は国や人によっても様々です。私もアメリカのクモ研究者とお話しする機会がありましたが、コガネグモ属のことを「アーガイオピー」と呼んでいて、最初は何の事かさっぱり分かりませんでした。学名の発音にこれが正しいという国際的な基準はないのかもしれません。
 学名の読み・由来に興味を持った人は、『クモの学名と和名 その語源と解説』(九州大学出版会)という本をおすすめします。

(※記事中のクレジットのない写真は、著者の馬場友希さん撮影)


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