ハロー・ワールド

「ヘアースタイルにこだわりがあるの?」
ブロンズヘアの少女が、宝石みたいな青い目を向けて言う。
僕は何とも言えない気恥ずかしさを覚えて、うまく答えられない。

* * *

話は25年前に遡る。

初めての海外はカナダのバンクーバーだった。

嫌々書いた夏休みの作文が、どういうわけか地元新聞社が主催していた作文コンクールの優秀賞に選ばれ、特典として用意されたのがカナダへのホームステイ・プログラムだった。

今となってはどういう内容の文章を書いたのかさっぱり思い出せないのだから、大して思い入れもなかったのだろう。それが海外旅行に変身したのだから、まあ宝くじに当たったようなものだ。
とにかく、初の海外に二週間も行けるのは嬉しかった。

当時の僕は、青森の片田舎で生まれ育った中学生で、海外どころか自分の町以外の事はほとんど知らない純朴な少年だった。胸が踊った。

ただひとつ気にしていたのは、坊主頭だった事だ。
当時通っていた、町にひとつしかない中学校は、男子は全員坊主にすべしという、戦後さながらの校則が残っていた。時代遅れも甚だしいが、当時の地方の中学校はこんな校則が残っているところもそれなりにあったと思う。

一緒に海外に行ったメンバーは、県内のいろんな学校から集められていた。都会の子(と言っても青森市や八戸市だが、当時の僕にとっては都会)はさすがに坊主ではなく、やっぱり少し笑われた。
どうしてもそれが恥ずかしかった。

バンクーバーに滞在しながら、ビクトリア大学のキャンパス内での語学研修や交流会などが主なプログラムだった。
ちなみに写真のビクトリア大学は世界的にも美しい建物で有名で、バンクーバーという街自体も本当に綺麗だった。留学に来る学生が多く活気があり、それでいてのどかで過ごしやすい。いろんな国を見てきた今振り返っても、素敵な場所だったと思う。

ホームステイ先の同世代の女の子と仲良くなった。
綺麗な金髪で青い目、透き通る白い肌の可愛らしい子だった。
日本の漫画やアニメが好きだった。

最初は緊張したが、ホームステイ先のご家族のおかげと、彼女が天真爛漫な明るい子だったことに助けられてだいぶ打ち解けてきたある日、僕は出発前から気にしていた事を彼女に聞いてみた。

「僕の髪型、変だと思わない?」

「変?そんなことないよ。素敵よ。個性的でいいと思うわ」

全員が同じ髪型にされる軍隊由来の古い慣習が、ここでは個性的なのか。皮肉なもんだと思った。
続けて彼女はこう言った。

「だけど、なぜ坊主にしたの?ヘアースタイルにこだわりがあるの?」

僕は答えに詰まった。
彼女としては、個性的なヘアースタイルにはこだわりがあるはずで、例えば憧れの有名人だとか、野球やサッカー選手の真似だとか、はたまた彼女の好きな漫画の登場人物だとか、そういう答えを期待しているんだと思った。

だけど、こだわりなんてない。ただのルールだ。
僕は何とも言えない気恥ずかしさを覚えて、うまく答えられなかった。

それでも、「日本にはみんなが同じ髪型にしなければならない学校もある。好き好んで坊主にしてるわけじゃないよ」などという説明をしたと思うけど、文化的に理解できなかったのか、僕の英語力の問題なのか、ともかく彼女はいまいち解せない顔で首を傾げていた。
しばらくしてそんな事どうでもよくなったのか、彼女はまた漫画やアニメの話を始めていた。

いろんな事を知った。
日本では笑われた事も、海外では全然恥ずかしい事じゃなかった事。
僕が気にしてる事は、大して誰も気にしてない事。
大人が作ったルールは、必ずしも正解じゃない事。
その中にいるだけでは、気づくことすらできない事。

それなりのカルチャーショックを受けて、僕の初の海外は終わった。

* * *

この時のことが、僕を海外へ向かわせる原体験になっているのは間違いない。
もっと違う街を、国を、人を見てみたい。そう思うようになっていった。
実際に僕が海外に住んで働くようになるのは、それからもう少し先のことになる。

P.S.
この時、英語の大切さも知ったはずだが、悲しいことに僕の言語能力は大して上達することなく今に至っている。

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内山 光

コラム・エッセイ・雑記

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