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Siriとお話する夢

元夫のマンションに、忘れ物を取りに行く夢を見た。
元夫とは2年ほど前に会ったきりだ。その前も2年間会わなかった。
ほぼ2年おきに会っている。ほぼ2年おきにしか連絡もしない。
考えてみれば、
ちゃんと連絡を入れて家に上げてもらうなり、忘れ物を探して発送してもらうなりすればよかったのに。
わたしはこっそり家宅侵入して「それ」を持ち帰ることを選んだのだった。
犯罪だ。けれどこれは夢なので許してほしい。


マンションのマグネットキーは、別れる前から既に磁気が弱っていて、ときどき動作しないことがあった。
だから、鍵が使い物にならなかったら諦めて帰ろうと思っていた。のに、
この日に限ってスムーズに扉は開いた。

久々に入るその部屋は、完全に機械化されていた。
(この場合、スマート化とか他に言い方があるだろうけれど、
わたしは昭和の人間なので、ここは銀河鉄道999よろしく、機械化という
言い方でいきたい。999の機関室のイメージでお願いします。)

玄関から入ったところまでは記憶にある部屋のままだったのに、
そこから先はぴったり日光を遮った部屋が続き、暗い中でもチラチラと
電子機器のライトが細かく点滅したりファンの音が静かに響いたりしていた。
忘れ物は玄関の靴箱の中にあるはずだった。

あった。忘れ物を手に入れた。

用事は30秒で済んだ。


そのまま帰ればいいものを、ふと魔がさした。
機械化した部屋の中ってどうなっているんだろう、と確かめたくなった。
上がり框から、一歩部屋に踏み込んだ。
とたんに、灯りが点いた。
家庭用AIが起動したのだ。

ああ、通報されるな。警備会社とかに連絡がいっちゃうんだろうな。
そう身構えていたけれど、何の警報も鳴らなかった。
「こんにちは。お久しぶりです」
と、スマートスピーカーが言った。


「こ、こんにちは…」
どこに向かって喋るかを一瞬迷ってから、わたしはスマートスピーカーに付いているカメラアイに向かって視線をあわせながら言った。
「えっと、あなたはわたしを知ってるの?」
「はい。直接お会いするのは初めてですが」
画像で見て、知っていたのだと言う。
スマートスピーカーから投影された画像たちが、次々と壁に映し出されていく。
卒業文集の中のわたし、どこかで撮った写真たちの中のわたし、
過去に受けたインタビュー記事の中の、緊張した笑みのわたし、
街中でのスナップ…を幾度か拡大した中に、偶然映り込んだわたしの姿、
そして、短い結婚生活の中での、みずみずしく笑うわたし。

けっこうな時間をかけて、わたしは画像をひとつひとつ丹念に確かめていった。
何の感情もわかなかった。


何も、
感情は、
湧かなかった。


「忘れ物を取りに来ただけなの。もう帰るね。勝手に入ってごめんなさい」
部屋の施錠は、AIがするだろう。
合鍵をスマートスピーカーの前に置いて、わたしは部屋を出た。

元夫は、再婚して今は妻の持ち家のほうに居ることが多いと聞いていた。
こちらのマンションは、本やらバイクやらアウトドア用品やらを置いて
もっぱら趣味の部屋として使っているのだそうだ。
わたしと元夫は、20年近くにもなる長い別居生活の末に離婚した。
別れに際して、争い事は無かった。
面と向かっていさかいをする代わりに、たっぷり時間をかけたのだ。
わたしは勝手に、これも夫婦の厳粛な別れだ、という認識でいたが、
実際には面倒を避けて避けて、こうなったのだと思う。
わたしは不誠実であり、その過去は 消せない。


元夫はわたしが今住んでいるアパートの保証人であり、更新のたびに書類への署名捺印をお願いしている。
それがわたしたち元夫婦が、2年にいちど会う理由なのだった。


そんな夢。


スマートスピーカーに関する知識が薄いため、イメージが酷い。
たぶん、画像を投影する機能なんて(これを書いた時点では)無いと思う。
そこはまあ、笑って流してください。

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