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食べることの豊かさと切なさ/もちはこび短歌(4)

文・写真●小野田光

バゲットの長いふくろに描かれしエッフェル塔を真っ直ぐに抱く
杉﨑恒夫『パン屋のパンセ』(2010年、六花書林)

 杉﨑さんの晩年の歌には若々しい印象があるとよく言われる。自分に関係する人物よりも物体を詠む。詠む対象物への視線が古くない。「フランスパン」を「持つ」のではなく、「バゲット」を「抱く」のだ。しかも、バゲットを抱く様子を、「長い袋に描かれしエッフェル塔」を「抱く」という表現で遠回りしているところがおしゃれだ。同じ歌集に「バゲットを一本抱いて帰るみちバゲットはほとんど祈りにちかい」などパンの歌は多い。おしゃれで若々しい中に、豊かなよろこびと、どこか切なさも入り混じっている。「抱く」や「祈り」がその効果を生んでいるように思う。大切にするよろこびと切なさ。
 食べることは豊かで切ない。だから、わたしは食事のことを考えるとよくこの歌を思い出す。小麦をパンに変える。これはすごい発明だ。その発明の恩恵に預かるために、わたしたちはどんな日常を過ごしてきているのだろう。それを考えると胸を締めつけられるような思いにとらわれ、思わず買ったバゲットを抱きしめてしまわないだろうか。パンだけではない。人間は他の動植物の命を摂取しなければ生きていけないのだ。この歌は、自然の感覚のうちに食べることの豊かさと切なさを思い出させてくれる。

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3月22日(金)19時から
福岡の本屋さん&カフェ「本のあるところ ajiro」で、トークイベント「『蝶は地下鉄をぬけて』ともちはこび短歌のこと」を開催していただくことになりました。
「もちはこび短歌」を10首ご紹介し、その短歌の実生活における効用などもお話しする予定です(noteではご紹介していない10首をご用意するつもりです)。お近くの方、よろしければご来場くださいませ。お会いできること、たのしみにしています。
当日は20時からの「ajiro歌会」に、わたしも参加する予定です。
お申し込み(要予約)はこちらからどうぞ。

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