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何にもしない講演

寒気がして、微熱がでて、おふとんかぶって汗かいて、少し経ったらまた寒気がきて、微熱がでて…

blanket のcafe ムリウイでの演奏の前から、それは1週間以上 エンドレスで続いていた。微熱だから動けなくはない。でも関節痛と悪寒は次第にわたしの体力と気力を奪っていき、頭でなんにも考えられない状態になっていった。いや正確には「まったく何なの」というイライラを含んだ 文句のようなため息を漏らしている状態に。

季節の変わり目だから?最近たしかに朝晩は急に寒くなったもんなぁ。
でもちょっと長引きすぎじゃない? 生姜はちみつドリンクも、にんにくスープも、漢方薬の柴胡桂枝湯も効かないなんて。第一、このところそんなに無理していない。おうちでゆるゆるおとなしく過ごしてるっていうのに、どうして。これ以上どう休めっていうのよ。やることいっぱい溜まってるのに。

体のだるさを感じながら、また熱があがったらきついなぁという不安を抱えながら、わたしは福岡で過ごす10日間のための最低限の荷造りを済ませて、重たいボストンバッグを抱えて腕が折れそうになりながら、夕暮れの空港へ向かった。

飛行機の席は、いつでも窓側を予約する。
もしトイレに行きたくなったら「あ、ちょっとすみません」と言って、中央の席の眠っている人を起こして席を立つことにはそこまで大きなストレスがないし(立ち上がらせて申し訳ないから少し勇気はいるけれど)わたしはあの小さな窓から空を見つめるのが、とんでもなく好きだから。

わたしは、周りの人にどうしても異常に気を遣ってしまう体質なのだけど、反対に、とんでもなく好きなことを優先させることに関しては、すごく図々しい。どんなに非難されても構わない。とんでもなく好きだったら、それはもう仕方ないこととカウントし、もしわたしの「好き」による言動の選択が 誰かや何かを傷つけたとしても、それはそのときの必然なのだという考え方をする。
自分の心の声に対して正直に生きることが、とんでもなく好きだ。生きている感じがやっとする。だからわたしは離婚をしてしまった。会社もやめてしまった。お金はない。産んだ子どもにも会えない。歌をうたっている。今のわたしは、それだけだ。

機内に乗り込むと、わたしは離陸したことに気づかないくらい深く眠りこんでいて、ふと気がついたら上空の、ちょうど富士山が見える位置を飛んでいた。

心臓がドキンと鳴るほど、ものすごい色の、夕焼け。
黒と、濃紺と、オレンジと黄色、輝く白、そのグラデーション。

地球は、大音量で泣きながら、燃えていた。
わたしは一瞬で、涙が熱く沸騰するように瞳にあふれてきて、あああ、と声をあげた。そして、ごめんなさい、と言った。

「ちょっと。やることいっぱいあるんだから。
 わたしのやりたいこと邪魔しないで。
 準備も連絡も全然できてないんだよ。みんな待たせてるよ。
 遅いなぁって怒ってるよ。責められるよ。どうするの。」

わたしは自分という存在に対して、労いの言葉をちっともかけてなかった。
真剣とか責任とか、そういうきれいな言葉で脅し続けていた。
何にもやってないお前は、無力で足りないとこだらけだって。

熱がでてるけど、高熱まで上がらないで闘ってくれてありがとう
寝そべってても携帯いじって何かしようとしててごめんなさい
焦ったり不安になったりしたことを許してください
このままじゃ上手くいかないかもって疑ってごめんなさい
何にもしないで、身を任せるだけで大丈夫って信じてなかった
わたしはこの惑星にただ生かされてるだけだった
自分の能力と努力で、またなんとかしようとか小さいこと考えてた
情けないなぁ、何度くりかえしたら思い出すんだ
何度でも忘れてがんばろうとしたけど、
福岡でわたしはもう一度トライするね。
ちゃんと「何にもしないツアー」にするからね。

そしてボロボロボロボロとたっぷり泣いて
(隣の席の若いサラリーマンがポケットティッシュをくれて)
わたしの熱はようやく完ぺきにすうっと下がり
体内および思考のデトックスが堂々と完了した。

飛行機が着陸するころ
おおきなおおきな 見事な満月がわたしを待ち構えていた。
空気はひんやりとして、秋どころかもう冬の気配が漂っていた。
父が空港まで迎えにきてくれた。
「おかえり」「ただいま」
わたしは助手席にすわると、デトックスを終え、新しい居心地のためのリニューアル作業がカシャカシャと始まった体内の奥、かすかな、ささやかで清らかな音に耳をすましながら、また深く深く眠った。

記念すべきリニューアルオープン1日目は、快晴。
母校である北九州市立大学での講演だった。
いったい何百人いたんだろう、過去最高の出席率だった気がする。

もう3年目の登壇だったが、わたしはほんとうに初めて「緊張せずに」話をした。もちろん「何にもしない」ことの話を。
どんなふうに映ったかはわからない。でもわたしにとって、今までで一番、自分らしくて「とんでもなく好き」な講演ができて、こそばゆい気持ちで、ふひひひと笑った。

たいせつな10日間になりそうな「何にもしないツアー」の幕開け。
どきどきするけど、やっぱり楽しもう。
新しい世界へのチャレンジなんかより断然むつかしい
今のままの自分に OKを出してあげることを。

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