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巻二十三第廿四 相撲人大井光遠の妹、強力の語

 甲斐国に大井光遠という相撲取りがいました。短躯ながら立派な体格をしたダイナマイト・キッドみたいなパワーファイターで、それでいて「すばやさ」と「きようさ」のパラメータも高いという理想的なステータスの持ち主でした。しかも彼には美しい容姿の妹までいて(二十代後半だけど)、ラノベ系万能キャラ的な側面も持ちあわせていたのです。やれやれだぜ。

 光遠の妹は離れの屋敷に住んでいたのだけれど、ある時、逃走中の犯罪者がその妹ハウスに逃げ込んで妹に刀をつきつけ人質に取りたてこもるという、鄙にはまれな凶悪事件が発生しました。

 現場近くでその様子を目の当たりにした村人Aさんはいたく驚き、光遠の家に駆け込み「妹さんが人質に取られてしまいました!」と告げました。Aさんは、かわいい妹の危機を知って逆上した光遠さんが大急ぎのダッシュで、もうかなり前傾姿勢なかんじで、ややもすれば←→+Pのスーパー頭突きといってもよいくらいのスーパー前傾姿勢でもって現場に急行することを期待しましたが、光遠は意に反して落ち着いており、「俺の妹がそんなに弱いはずがない」などとラノベっぽいことを言い、「うちの妹を人質に出来るのは、レジェンド力士の薩摩氏長くらいなもんですよ。ははは」などと言って茶をすすっている始末。

 Aさんは「怪し」と思いつつ事件現場に戻り、立てこもりの様子を覗いてみました。9月ぐらいのことだったので、妹は薄綿のルームウェア姿で、片手で恥ずかしそうに口をおおい、もう一方の手で刀を持っている方の犯人の腕をそっとおさえるように掴んでいました。犯人は大きな刀を逆手にとって腹の方にさしあて、後ろから両足をからませるようにして妹に抱きついていました。妹のほうは口元を押さえていた左手でそのへんに転がっていた矢の材料である篠竹の二、三十本ばかりを掴み寄せると、篠竹を使って遊び始めました。何をするかというと、篠竹の節のところを指で床板に押し当てて、まるで朽木のごとく破砕するという、少なくとも超人強度95万パワーはないとできないであろう怪力遊戯です。その様子を盗み見ていたAさんは腰が抜けんばかりに驚きましたが、じつは犯人もこの様子を見ており、内心すっかりびびってしまいました。
「兄上が慌ててやって来ないのも当然だ。パワーファイターで有名な兄上でさえ、ハンマー系の武器をそうびしなければあのような破壊行為は出来ないだろう。いったい妹さんはどんだけ怪力なんだ。まるで則巻アラレちゃんのようではないか。犯人はめちゃんこシメられるに違いあるまい」とAさんは思いました。
 人質をとったつもりになっていた犯人も「これ人質とってるって言える? 言えないよね? 刀を持っていてもなんか全然勝てる気がしないし、逆に五体をバラバラにされてしまうじゃん。由なし。逃げなむ」などとつぶやき、隙をみて妹から離れると飛ぶがごとくダッシュで逃げ出しました。しかし、現場の野次馬などに追いかけられて捕縛され、兄である光遠さんの前にひきずりだされました。
「しかし君もなんだね。せっかく僕の妹を人質にとって籠城したというのに、なんで人質を放置して逃げたのだ」
「追い詰められて妹ハウスに逃げ込み、ふつうの妹さんだと思って人質にしたまではよかったのですが、妹さんがごつい篠竹の節を朽木のように破壊する則巻アラレちゃんのような怪力の持ち主だったので、思わず逃げ出してしまったのです」
 光遠さんはそれを聞いて大いに笑いました。
「うちの妹を倒すのは簡単なことではないぞ。たとえば、お前がこういくとするでしょ、そしたらうちの妹はこう、腕を取って、こうやって上方向に突き上げ、そうすると肩の骨は肉を突き破りお前は死にます。よく無事でいたものだ。宿縁のようなものがあって、妹はそうしなかったのかもね」
「宿縁ですか」
「だってさー、僕ですら、お前なんか簡単に殺せちゃうよ。たとえばお前がこうくるとするでしょ、そしたら僕はこうやってお前の腕を取って腹を踏んで内蔵と骨が粉々になり、お前は死にます」
「あー、死にますね」
「しかるに、妹は僕の二倍の戦闘力を持っているのだ。パッと見ほっそりとして髪の毛もふわふわしていて、女子力がけっこう高めに見えるかもしれないけど、ほんとうに高いのは女子力よりも戦闘力のほうなのだ。もしも妹が男だったら向かうところ敵なしの力士になっただろうに、残念なことだ」
 それを聞いた犯罪者は死んだような気持ちになりました。
「まいりました、センベイさん」
「センベイさんではない」
「あっ、すみません。光遠さん。普通の妹さんにみえたのでおあつらえ向きと思い人質にとったものの、あんなにすごいお方とは知りませんでした」
「本当なら僕はお前を殺すところだけど、妹が傷物になったわけでもないし、逆にお前が死ぬべきところを運良く生き延びたのだから、今回は見逃してやろう。でももう妹に手を出してはダメだよ。妹はあんなに腕が細いにもかかわらず、巨大鹿の角をシュミット式バックブリーカーで枯木のように簡単に破壊してしまうようなマッシヴな女なのだからね」
 そう言って、兄は犯罪者をリリースしてあげました。

 規格外のパワーを備えた女性というのは格ゲーの中だけの話ではなかったのだなあ、となむ語り伝へたるとや。

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