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巻第二十 第十一 竜王、天狗の為に取られたる語

 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・讃岐国。そこにはかつて空海先生が造営した万能池というやたらでっかい池があり、池というよりもはや海レベルのでかさでした。池には大小の魚が多く棲み、そしてまた驚くべきことに、キング・オブ・モンスターズとして名高き竜の棲家ともなっていたのです。

 ある時、池の竜が「めっちゃホリディなので、日光浴でもしようかな」みたいなノリで人気のない堤のほとりに絶賛大上陸し、そして小さな蛇の姿に化けてとぐろを巻きうたた寝をしていました。ちょうどその時、近江国比良山在住の天狗も「めっちゃホリディなので、散歩でもしようかな」みたいなノリで池の上空を飛び回っていたところ、好物の蛇が無防備な様子でうとうとしているのを大発見。必殺の天狗ダイブで急降下し、天狗クローで蛇をつかむとふたたび天狗ウイングで天高く上昇していきしました。あわれ竜は天狗の虜となってしまったのです。

 基本ステータスは天狗にまさる竜ですが、いまは蛇の姿、すなわちFFでいうと「カエル」や「こびと」のようなステータス異常状態のためどうすることも出来ません。いっぽう天狗は天狗で、ただの蛇だと思って捕獲したのはよいけれど、守備力がやたら高くて体を引きちぎることができず、これでは調理の下ごしらえをすることができません。しょうがないので自宅の洞穴に貯蔵し熟成させることによってアミノ酸の形成をうながし、うまみ成分がたっぷり出たところで一呑みすることにしました。
 じつは竜は水さえあれば元の姿に戻れるのですが、貯蔵庫には一滴の水もなく、かくして竜の命運は尽きたかと思われました。

 それから四、五日後のこと。天狗は新たな食料を調達するために比叡山へと向かいました。

「人間はフツー、腹ワタはにがくてまずいもんだが、尊き僧は腹ワタまでおいしく食える……。肉食じゃあないからだ」
などと、ナポリの迷信深いギャングみたいなことを言いながら、天狗は東塔の北谷にある木の上で獲物が来るのを待ち続けました。すると、僧房から一人の僧が外に出てきました。水瓶(すいびょう:手を洗うための水の入った水筒)で手を洗っているところをみると、トイレに出てきたようです。天狗はすかさず僧侶に飛びかかって天狗クローでかきつかみ、はるか比良山の自宅へと連れ帰り、例によって貯蔵庫に放り込みました。酷い目に逢うこととなった僧は呆然自失、「もうだめだ」と死を覚悟するほかありませんでした。
 その時、暗闇の向こうから僧に話しかけるものがありました。
「おまえは一体誰だ? どこから来たのか」
「あっ、はい。ぼくは比叡山の僧です。おしっこをしようと思って外に出たら天狗に拉致られてここに連れて来られたのです。かく言うあなたはどなたですか?」
「我は讃岐国の万能池に鎮座まします竜である」
「なるほどですねー。しかし竜がなんでこんなところに」
「お前のいわんとするところはわかる。竜といえば本来ならばラスボス級の強さであって、天狗ごときに遅れを取ることはないのに、どうしてこんなところで拉致監禁されて『パルプ・フィクション』に出てくるギャングのボスみたいな目に遭っているのかと、まあ、そういうことを聞きたいわけだよね、お前は」
「ええ、まあそうです」
「それはね、ラスボスだってたまには息抜きをしたいと思う時があるわけ。そう思って小さい蛇の姿で外に出たら天狗に拉致されてここに連れて来られて……もちろん通常時なら天狗なんかドラゴンスクリューで秒殺できるんだけど、一滴の水もないところでは元の姿に戻れず、空を翔けることすらままならないのだ」
「なるほどですねー。そういえばですけど、僕はおしっこをするときに手を洗う用の水瓶を持っているので、もしかしたら一滴くらいの水は残っているかもしれませんよ」
 これを聞いて竜は大喜び。僧に対する態度もとたんに丁寧になります。「えっ、本当ですか! いやー、よかった。いくらぼくがラスボス級とはいえ、まがりなりにも一個の生命体なので、飲まず食わずだとさすがに死んじゃうじゃないですか。実はそろそろ餓死しちゃいそうだなー、ってところまで追い込まれてテンパッていたところに、幸いにもあなたがいらっしゃって、ほんとうに助かりました。もし本当に水をお持ちならば、あなたはぼくに水をくれる、ぼくはあなたを寺まで送り届ける、まさにwin-winの関係が成立しますよね! うわー、ありがたいなあー!」

 もちろん僧もこの申し出にいたく喜びました。そうして、僧が水瓶を蛇に傾けると一滴の水がこぼれ落ち、竜は生態系の頂点たる元の姿に戻ることが出来ました。大喜びの竜は
「どうぞ怖がらずに、目をつぶってぼくに乗ってください。大丈夫ですって。本当に、マジで、この恩は絶対に一生忘れることはありませんから」
などと言って僧を背に乗せると小童の姿に変じました。そして小童の姿で貯蔵庫の扉を蹴破り外に脱出。竜の天狗に対する怒りのせいか、あたりには大雨洪水竜巻雷警報が発令されており、僧はすっかり肝をつぶして恐怖の念にかられましたが、竜の友情パワーを信じてその背にしがみついているとあっという間に比叡山に到着。僧を無事送り届けると、竜はさよならも言わずクールに去って行きました。

 寺の人たちからみると、とつぜん雷鳴がとどろき落雷におびえているとにわかに周囲が暗くなり、やがて何もなかったように晴れ渡ったのでなんなんだと思っていたら、昨晩行方不明になった僧侶がどじゃーんと立っていたので大いに驚きました。僧侶にこの奇怪な出来事について問いただしてみたところ、僧は上のようなことを話したのでギャラリーは大いに驚き不思議がったとの由。

 さて、ソウルメイトである僧侶との約束を果たし去っていった竜はその後どうしたであろうか。この竜はラスボスのプライドを傷つけられた怨みを晴らすべく例の天狗を捜索し続けました。一方の天狗はというと、京都で小汚い荒法師の姿に化け、寄進をかたった詐欺を行っていました。この天狗が京都駅前に募金箱を設置して「東日本大震災でー、帰る家をなくしたー、ワンちゃん、ネコちゃんのー」みたいなことをほざいているのを発見した竜はますます激怒、急降下して鋭角的なドロップキックをかまし瞬殺、ついに復讐を果たしたのです。天狗は翼の折れた屎鵄の正体をあらわし、道行く人々によって更に踏みまくられました。

 比叡山の僧侶はその後二度と竜に会うことはありませんでしたが、彼との友情をしのび、常に経を読み善行を積んで立派に暮らしたとのこと。
 まっこと、竜は僧の徳によって命を助けられ、僧は竜の力によって寺に帰ることが出来た。この美しい友情パワーもみな前世からの因縁に違いありませんね。

 このストーリーは僧の供述を聞きついで、語り伝えたるとや。

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