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塩の長司


 加賀の小塩の浦というところに谷口ジローが作画したような風体の長者が住んでいて、「塩の長司」と呼ばれておりました。
 この長司先生、昔の日本人には珍しく肉食を愛する孤独のグルメで、死んだ馬の肉から自家製塩漬け・自家製味噌漬けを作っては食べていたそうです。

 しかしある晩の夕餉。膳には大好物の馬肉が並んでいませんでした。
 もぐもぐ。
 早く馬肉こないかなあ。
 白めしといった馬の肉だろうが。
 みたいなことを独りごちながら孤独に白めしを食べていたのだけれども、いつまでたっても馬肉が出てこない。さすがの長司先生も頭に来ちゃって下女にアームロックをかけながら詰問したところ、下女は泣きながら「もう馬肉が切れてしまいました」なんてことを言う。
「がーんだな……出鼻をくじかれた」
 しかしここで諦めないのが孤独のグルメ。長司先生はすりこぎ棒を片手に厩に駆け込み、役に立たない老馬を発見。
「うん、これこれ!」
 そう呟くなり、ためらうことなく老馬を撲殺。その肉をぺろりと平らげてしまったのでした。

 その晩、長司先生は恨めしげな老馬に喉笛を噛み破られるという悪夢にさいなまれました。それからというもの、老馬の霊が夜な夜な現れては彼の口の中にするすると入っていき、体内で滅茶苦茶に駆けまわり暴れまくるという馬憑き現象が毎日六時間も続くようになりました。そして百日後、長司先生は
「うおォン 俺はまるで人間栗東トレーニングセンターだ」
などといった意味不明の供述をのこし、重荷を背負った駄馬のような姿勢でくたばってしまったのだそうです。恐ろしい話ではありませんか。

 というか僕、妖怪図鑑とか妖怪事典を読み始めた小学校二年生くらいの時からずっと思ってたんだけど、こいつと「寝肥」は妖怪じゃないですよね。水木先生の『図説日本妖怪大全』なんかでも「蛇骨婆」と「シズカモチ」の間に「塩の長司」がしれっと挟まっていたりするけど、こいつはただの悪食グルメが高じて狂い死にした長者どんであり、彼のことを妖怪事典で紹介するのは、怪獣図鑑に「巨大フジ隊員」を載せるくらい失礼なことですよね。

 でもまあ、そうは言いつつ僕もここで紹介しちゃうわけなんですが。

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