舌長姥

 敵1体を身ぶるいさせて1ターン行動不能にし、さらに守備力を激減させる「ひゃくれつなめ」を使う長い舌の妖怪。こいつに舐められた男は肉という肉をねぶられ、最終的には骨だけになってしまうという。ハードコアだね! ひゅー!

『老媼茶話』にはこんな話が載っているよ。
 二人の旅人が諏訪千本の松原付近の街道から大きく道を外れ、道に迷ってしまいました。きっと彼らはガーディアンメダルねらいのingressエージェントで、人里離れたポータルを探しているうちに山奥に分け入ってしまったのでしょう。わかるわかる。僕も家の近所を散歩していたつもりが、ingressに熱中するあまりバスとJRと私鉄を乗り継がないと帰れないところまで徘徊してしまったことがあったよ。ははは。あるある。

 それはさておき、二人のingressエージェントは「iPhoneのバッテリーがもうすぐ切れてしまう」「ここで野宿となれば、日々の継続的なhackが獲得条件のSojournerメダルを獲りそこねてしまう」などと泣きべそをかきながら山道をあてどもなくさまよい、ようやっとのことで人家の灯りを見つけることが出来ました。
「やった! これでバッテリーを充電できる!」
「こんなところに人家とは珍しい! あとでポータルに申請しよう!」
などと勝手なことを言い合いながら、その古めかしいあばらやに向かいました。
「こんばんは、私たちは旅のingressエージェントです」
「陣営はEnlightenedです」
「一夜の宿を所望します」
「バッテリーも充電させてください。あわよくばWi-Fiのwepキーも教えて下さい」
そんな手前勝手なお願いを戸口で要求するエージェントたち。しかし家の中から出てきた七十歳くらいの老婆は旅人の非礼を咎めることなく、二人を家に招き入れて暖を取らせ、茶を入れてもてなすのでした。

 旅の疲れからか、旅人の一人はすぐに正体もなく眠り込んでしまいました。もう一人の男は柱にもたれかかりながらiPhoneをにらみ、遠方のポータルのリチャージ作業などに熱中していたのですが、ふと端末から目をあげるとそこには世にもハードコアな光景が展開されていました。なんということだ、老婆は大きく目を見開き、舌を1.5メートルも伸ばし、眠っている旅人の頭を舐めまわしているではないか! 人の世に愛情表現は数あれど、疲れきった心身でかようなプレイを正視するのはたえがたい。旅人は老婆の乙女心と自尊心を傷つけないよう、軽い咳払いで自分がまだ起きていることをさりげなくアピール。すると婆の舌はしゅるしゅると口内に戻っていくものの、しばらく経つとまた舌を伸ばして眠る旅人を舐めまわす。なのでまた咳払い。舌戻る。また伸びる。咳払い。戻る。伸びる。咳。戻る。伸びる。咳。咳をしてもハードコア……みたいなことをえんえん繰り返していると、いつしか窓から室内を覗く者がある。その者が婆に「舌長姥、舌長姥、何を手間取っておる」みたいなことを言うわけ。婆が「誰じゃ」と返すと戸外の何者かは「諏訪の朱の盤坊なり。手伝ってやろうか」なんてことを言う。なんと、婆も、外の男も妖怪だったのです。

 外の妖怪「朱の盆」はどかーんと戸を破り、こんなかんじで屋内に侵入。まあ、こんなにかわいくはないですかね。なにしろ顔の長さだけで1.8メートルもある赤い顔の大入道です。常人ならば腰を抜かすか失神するところですが、そこは常日頃から不必要な戦いに身をおき続ける好戦的なingressエージェントだけあって、はたと刀で斬りつけたれば、斬られた朱の盆は失せたり。舌長姥は眠る旅人を抱えて表へ飛び出し、さすればあばらやも跡形なく消え失せ、荒々たる野原がひろがるばかり。ひとり残された旅人は大木の根に腰を掛け、まんじりともせず恐怖の夜を明かしたのです。

 夜が明けてから旅人が周囲を探索すると、離れた草むらに体中の肉をねぶり取られた相棒の骸骨が残されていたとの由。もしあなたのまわりに遠征に出たきり帰らないingressエージェントがあれば、それはこの舌長姥に舐め殺されてしまったのかもしれません……

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