ヒモは究極の男らしさ

あくまで俺の考えだが、嫁のヒモであることは究極の男らしさの体現だ。

安定の仕事を捨て、無職となったヒモスキン。
そうしなければ一生食いっぱぐれることはなかっただろう。
ヒモに憧れる男もいるが、非常にハイリスクな職業である。

それにも関わらず、彼女と一生を添い遂げるという覚悟を持ち、転勤のつきまとう国家公務員の仕事に見切りをつけキッパリと捨てた。

絶対に嫁と離れる気はない。
俺にとって定職に就くということは、いつ離婚してもいいようにという保険としか思えない。だって俺が働かずとも、彼女の収入さえあれば十分過ぎるほど楽しく生きていけるのだから。


仕事は男のプライドであることが多い。

仕事一筋の男がリタイア後、自分の所属を失い、名刺を失い、肩書きを失う。嫁とは疎遠なものだから家にも居場所がなく、どこにも行くところがない。

そんな男にはなりたくない...

人の生き方は自由だ。
ある男にとっては家族のために身を粉にして働くことが男らしさだ。素晴らしい。

だが、俺は違う。働かないことが究極の男らしさなのだ。理由は上述のとおり。笑いたいやつは笑えばいい。誰にどう言われようとも、俺は俺の道を行く。俺はそれを人生をかけて証明してみせる。

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