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プチ起業がいずれ本気のあなたの首を絞める

最近、たくさんの方が書いてらっしゃることもあって、ある程度周知されてきたと思われる件ですが、大事なことなので書いてみます。

私のメインのお仕事のイラストもそうですが、クリエイティブのお仕事の価格破壊が進んでいます。

ここ数年、価格は下降しています。本や雑誌が売れず、テレビの視聴率や新聞の購読者数の低下などで、出版社やテレビ局、新聞社などが経費を抑えるようになれば、仕方がないですよね。

しかし、それとは全く次元の違うレベルでだだ下がっているのも事実。

その要因としては、ネットなど既存とは異なるメディアの参入や、クラウドソーシング、ネットの超有名素材屋さんなど、いろいろあります。
しかし、一番の問題は個人の意識です。

クリエイティブの価格破壊が進むのは

「安くても引き受ける人がいるから」

それだけなんです。


クラフト作家さんの事例


一番良くないのは「それで生計を立てているわけではない人が、安価や無料で引き受けることによって、それで食べている人の生活が成り立たなくなっている」という図式。

これだけだとピンと来ないかもしれませんので、具体例を挙げて説明します。


数年前のこと、ある知人(仮にAさんとします)が、SNSにクラフト系の教室をすると告知していました。

Aさんは結婚して3人のお子さんのいるお母さん。安定した会社にお勤めで、士業の資格を持ってお仕事をされている方。会社は副業がNGなので、教室は材料費のみの1,000円でいいとのこと。

Aさんの教室は大盛況で、多くの知人友人たちが、できあがった作品と共に写真に収まる様子がSNSに流れて来ました。


順調そうな中に潜む落とし穴


Aさん曰く、その「材料費のみの教室」は、いずれ教室を開くときのために「お試し」でやってみている、とのことでした。

Aさんの会社でのお仕事は、そのまま定年まで安心して勤められ、しかもそこそこの高給は保証されています。いずれ教室を開く、とはいっても、彼女がその職を捨てるはずがないと私は思っていたのです。ところが、予想に反して、彼女はあっさり会社を辞めてしまいました。

彼女の会社での仕事は、堅実で世の中に必要なお仕事ですが、地味なお仕事でもあります。華やかで優雅に見える「サロネーゼ」「プチ起業」という言葉の甘い響きに、彼女自身憧れがあったのかもしれません。

その後、Aさんはクラフト作家として、順調なように見えました。お教室が盛況な様子や、メディアに取り上げられたり、大きな賞を受賞したりと言ったきらびやかな話題が、常にSNSを飛び交っていました。

ある時、彼女に頼みたいことがあり(もちろんお仕事として)、問い合わせると、沈んだ感じで返事が返ってきました。

どうやら、仕事が上手く行ってないとのこと。SNSなどでは精一杯良く見せているけど、辛くて仕方がないと言います。


一度下げた価格は上げることはできない


材料費のみで教えていた頃は、すぐに満席になったので、これなら行けると教室を開いたという彼女。

しかし、いざ正規の金額になったら、なかなか席が埋まらなくなったそうで。初回割引やキャンペーン価格など、価格を下げてようやく埋まるような感じだったとのこと。盛況でも利益はほとんどないそうなのです。

彼女にとって誤算だったのは、材料費のみの頃に来ていた人は、正規の価格では誰も来なかったのです。

ああ、やはりそうだったか、と思いました。悲しいけど、そういうものなんですよね。でも、それは彼女の問題だけではありません。周りも巻き込んで、最後にまた自分に戻ってくる問題なのです。

たとえその教室が通常3,000円くらいの受講費だったとしても、一度でも1,000円で受けた人は、3,000円で受けることはありません。あるとすれば、それは1,000円で教えた人からではなく、もっと有名な上のクラスの先生からです。

それだけではないのです。Aさんが最初に教室を開いた1,000円が、Aさんの周りでの「相場」となってしまいます。他の人が3,000円で教室を開いても、「Aさんと比べて高い」と感じて、生徒さんが集まらなくなるのです。

それが回り回って、価格相場の破壊を招いているということ。

生活に困っていない過去のAさんが、その仕事で生計を立てている現在のAさんの首を絞めているのです。

Aさんのような件は、私の知る限りでも、ちょこちょこ聞く話です。

これが、最初に書いた「それで生計を立てているわけではない人が、安価や無料で引き受けることによって、それで食べている人の生活が成り立たなくなっている」という図式です。


ラーメン屋さんに例えてみると


こういうとき、私はよくラーメン屋さんに例えてみます。すると話がグッと分かりやすくなるのです。

たとえば、「友達なんだから、タダで絵を描いてくれ」と言う人は多いですが、そういう人には「あなたはお友達のラーメン屋さんに、タダで食べさせてくれと言うのか」と答えます。

もしも、繁盛しているラーメン屋さんの隣に、お金持ちが道楽でただみたいな値段のラーメン屋さんを作ったら、最初からあったラーメン屋さんは潰れてしまうでしょう。価格破壊の図式とは、そういうことです。


イラストの場合


イラストの場合はどうでしょう。

最初に書いたように、イラストを使う媒体が、皆一様に元気がなく、使える経費が減少していけば、自ずと価格が下がるのも無理はありません。

が、それとはまったく別の次元で、なめてんのかと言いたくなるような条件でのお仕事を目や耳にすることも増えています。一点100円とかね!ありえないでしょ。宣伝してあげるから無償で、というのもよく聞く話です。

まだ自分に何の実績もない場合に、無償や激安案件でも実績のためにやるべきだと思ってしまうかもしれません。あるいは、小さなお子さんがいて働きに出られない場合に、少しの収入のためについついやってしまうかもしれません。

でも少し待ってください。

「自分だけならいいかも」とか「最初だけだから」などと安易に多くの人が取った行動のせいで、どういったことが起こるのか、少しだけ想像してみて下さい。


その行動がプロの生活を脅かすという自覚を持つこと


大勢の「絵が得意な人」が、無償や一点100~1,000円などのタダ同然とも言えるような仕事を引き受けていくうちに、どうなっていくのか。

イラストというのは、タダ同然でやってもらえるものと言う認識が広がってしまうのです。業界全体の単価が下がってしまうのは、これで生活してる「プロ」にとっては、ゆゆしき問題、いや、死活問題です。

他にお仕事を持つ方や専業主婦の方など、絵で食べて行く必要のない人が「趣味」や「自己顕示欲の満足」のために、無償で絵を描くのは、確かにその人の勝手です。でも、その行動が、「誰かの生活を成り立たなくさせているかもしれない」ということは自覚して欲しい。

無償で大きな媒体の絵を描いて、細々と仕事をしているイラストレーターに勝ったつもりでいるかもしれません。でもね、あなたに頼むのは「無償」だからです。どんなに小さな仕事でも、「お金を払って」依頼をいただけるのは、すごいことなのです。


プロとしての自覚を持つこと

今まで書いてきた通り、いつかこの仕事で食べて行きたい、と考えているならなおさら、適正な価格で引き受けなくてはいけません。

「まだ下手だから、そんなに金額を取れない」という言葉もよく聞きます。これは一見謙虚なようですが、実は結構厚かましい発言です。だって、下手なのに「お金を取ろう」としてるんですから。

どんな仕事でも対価を受ける以上は世の中のプロと同じ土俵に上るということです。自信を持って適正価格を受け取れるまで、仕事を受けるのはやめましょう。

上手下手は自分で決めていいのです。自分で「お金をもらって仕事をする」と決めたなら、堂々と正当な額を請求しましょう。

その代り、「客観的に見て下手であれば、仕事は来ない」ということです。プロの世界は厳しい。タダならいくらでも描いて欲しい人はいますが、お金を払ってまで頼んでくれる人は、なかなかいません。

大切なのは「プロとしての自覚を持つこと」です。

そこで、その案件を引き受けることが、未来の自分を苦しめることになるかもしれないのです。



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陽菜ひよ子 / イラストレーター&漫画家&文筆家

著書『アトピーの夫と暮らしています』(PHP研究所)。イラストのお仕事は、NHK・Eテレ『すイエんサー』、書籍『おいし なつかし なごやのおはなし』(戸田恵子著、ぴあ)など多数。現在2冊目の本の執筆中。ひよことプリンとネコが好き。 http://www.hiyoko.tv/

コメント14件

宮咲アンナさま コメントありがとうございます。以前にもコメントいただきましたね。リンクに関しましては、公開しているものですので、ご自由にどうぞ。今後も許諾は必要ありません。また、noteは、記事内にリンクを貼ると自動的に本人に連絡が行くようになっていますので、ご報告も必要ありませんので、お気軽にどうぞ。
彼はアニメがやりたくてやりたくてしょうがなかったんです。でも、アニメ業界のブラック化の原因を招いてしまった。

個人でやっている善意が、必ずしも公共にとって良いことにならない場合もあるという例ではあります。

実をいうと、お金を稼いで暮らしていくというモデルそのものが、根本的な無理を抱えているんじゃないかと思う事があります。
引きこもりニートさま コメントありがとうございます。哲学的ですね。難しい問題はいろいろありますね。
例えば、手塚の場合、みんなにアニメを知って貰いたいという熱意があったため、多少ギャラが安くても、自腹を切ってでも....無理してしまった訳ですが、困った事にそれが他の制作会社のスタンダードな契約関係の前例になってしまうんですよね.... これが怖いんです。

お金を稼いで暮らしていくモデルについてですが、労働力を切り売りして、その切り売りしたお金でやりくりをやっていく訳ですが、それらはうまい具合にピンハネされるようになっている訳だし、機械化などの技術をめぐる環境が変われば、すぐにその技術者も不要な存在になってしまいます。

おそらくこういったネットの存在をはじめとする環境の変化は、確実に労働力を削減する方向を志向する以上、売れ残った労働力は更に買い叩かれてしまう結果になります。
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