日向白猫
猫の紡ぐ、束の間の物語。
不死の躰を持つ男、イベリスはある冬の日、奇妙な力を持つ少女クローバーと出会う。兵士の群れからクローバーを救い出したイベリスは、彼女にある条件と引き換えにその身に課せられた呪いを解いてやろうと持ち掛けられる。それを承諾したイベリスに、クローバーはアングレカムの山――終末の場所と呼ばれる地へ連れていくことを条件に呪いを解くと約束する。不死の男と魔女の、奇妙な旅が始まる。
この国の冬は長い。 一年のうち、草花が大地を彩り、柔らかな風が人々に温もりを運ぶ春はほんの二月ほどだ。人々はその間に、いずれ来る長い極寒の冬に備えるのである。春が終われば、また冬が来る。冬は大地を雪で染め、獣を地中深くの穴倉へと追い込み、鳥から賑やかな囀りを奪った。人々は集落の中でひっそりと、魔物か何かを恐れるように、息を殺して冬を耐え忍ぶのであった。 だから、この猛吹雪が吹き荒ぶ中を進むあの兵士の列は異様な光景だった。異様であるからこそ彼は、不気味なほどに沈黙した兵士
この世が真っ新になってしまえばいい。神か仏のどちらかが、我が願いを聞き入れてくれたのかと思った。土御門惟雄が侍従に叩き起こされて、外へ出てみれば、一面雪化粧の有様であった。あまりの美しさに、「おお……」と月並みな反応をしていると、先に出ていた乳兄弟である高倉朝綱が彼を呼んだ。 父に似て、いつも落ち着き払った強面の朝綱が、この日はどこか冷静さを欠いていた。何かへまをする、というのではないが、いつも険しい目元が今日は惟雄に縋るような気配を帯びていたのだった。 「何やら慌ただし
ちかっ、ちかっ、ちかっ、ちかっ……。 電球が切れかかったみたいに、薄暗い部屋が明滅する。腹の内側から、体全体に熱が広がって、その後から快楽が押し寄せてくる。飲まれる。吐き出した息は短く途切れ、そして止まる。止めざるを得ない。 体から力を抜くことが出来ない。震えて、跳ねて、もう一度大きな波が来る。 今夜は何度、果てることが出来たろうか。 ベッドの上で満足げに眠る男の顔を見て、美鶴は思う。幾度もなく、達した。それは間違いない。けれどそれは、この男が上手かったわけではない
夕暮れ時の路地裏は、表通りよりも一足先に宵闇の中へ沈みこもうとしていた。頭上に聳えるコンクリートの壁は、橙色の光に染められていたが、弦の立っている道の上は、すでに青みがかった影が淀んでいた。 どこをどう歩いてここまで来たのか、記憶が定かではない。珍しく定時に仕事を切り上げることができ、古びたオフィスビルの重い扉を押し開けたところまでは憶えているが、果たしてその後、どのような道を歩いたのか。 連日の残業と、弦の遅い帰りを待つ妻の冷ややかな視線とで、ここひと月で、心身ともに
21:00頃に小説更新出来たらと思います。 #小説 #物書き #物書きさんと繋がりたい
早朝の山道は濃い霧に満ちていた。山の麓で目指すべき頂を見上げたときは、まだ藍色だった空も、今は日の光によって乳白色に変わりつつあった。とはいっても、生い茂る木々の肌や一寸先すら見通せない霧はまだ青みがかったままだ。 喜一郎は不意に襲ってきた、後ろを振り返りたい衝動を抑え、シャベルを杖代わりにして、ぬかるんだ山道を下っていった。今朝方着替えたカーキのズボンは、朝露ですっかり膝まで濡れてしまっていた。 腕時計をちらりと見遣ると、五時を過ぎようとしていた。麓には車を停めている
春を捨てて、君を抱く|日向白猫 不死の剣士と謎の少女が織り成す、呪いを巡る物語。 500円で70を越えるnote記事が読めます。どうぞお気軽にご購入ください。 #note #小説 #長編小説 #ファンタジー https://note.com/hinata_no_engawa/m/m7a69bf082e65
河川敷を歩いていると、緑の草地の中に赤茶けた花弁が揺れているのを見つけた。見慣れた緑の中に浮き立つようにして見えるその花の名を思い出すのに、私はしばしの時間を要した。 「曼殊沙華……」 もうそんな季節なのか、と思う私の頬を爽やかな涼風が撫でていった。 彼岸花、という悲しげな響きよりも、天上の花の一つとして挙げられる「曼殊沙華」の呼び名の方が私は好きだった。放射状に咲き誇るこの花に相応しい名だと思う。 同時に、この花に与えられた花言葉を思い出し、私はもう一度、その妖艶さ
土曜の夜に有料マガジン「春を捨てて、君を抱く」を公開します。70個くらいのノートがまとめてあります。 長編ファンタジー小説です。 お楽しみに。 #小説 #物書き #ファンタジー #長編小説
目が覚めたら僕は、星空のど真ん中にいた。 紺碧の暗幕の上に鏤められた色とりどりの光が瞬いている。僕は呆気に取られたまま、ものも言えなかった。 さっきまでベッドの上でスマホを眺め、明日の一時間目の授業で小テストが強行されるという同級生からのLINEに目を丸くしていたのだから当然だ。僕は身を起こして(と言っても、どちらが上なのか定かではないけれど)、辺りを観察することにした。 360度、どこを見渡しても虚空が広がっている。いつか、教育番組の宇宙特集で見たまんまの光景が目の
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