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国際宇宙法四方山話【1.2 宇宙と空の境界】

「実はどこからが宇宙か明確に決まってないんスよ」

どこからが宇宙か国際的な合意がなされていない。これは、宇宙法を勉強し始めるとはじめに学ぶキャッチーな論点だ。法学部生なら恐らく一度は耳にする「行政法と言う名前の法律はありません(キリッ」と同じくらいキャッチーだ。キャッチーすぎて、僕も宇宙法のセミナーのたびに導入として「実はどこからが宇宙か明確に決まってないんスよ(笑)」とヘラヘラと喋っていたが、実は笑い事ではない。

1966年より、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)においても、”matters relating to the definition and delimitation of outer space”がアジェンダとなり、その後、1984年には境界確定の問題に関するワーキンググループが発足し、現在に至るまでこの宇宙空間と空の境界確定の問題(=Delimitation)は長い間議論がなされている。

さて、シカゴ条約という条約がある。正式名称を国際民間航空条約(Convention on International Civil Aviation)という。この条約の第1条及び第2条は以下のように定めている。

第1条 主権
締約国は、各国が自国の領域上の空間に対して完全に排他的な主権を有することを承認する。
第2条 領域
この条約の適用上、国の領域とは、その国の主権、宗主権、保護又は委任統治の下にある陸地及びこれに隣接する領水をいう。

シカゴ条約

領空という概念が国際的に認められたのは、1919年に制定されたパリ条約(正式名称:航空規制に関する条約(Convention portant réglementation de la navigation aérienne))においてである。その後、シカゴ条約はパリ条約を昇華させる形で民間航空の基本原則を定めた主要な条約として今日まで機能している。パリ条約において導入され、シカゴ条約でも明記されている領空には国家の主権(Sovereignty)が及ぶ。そのため、当然に他国の領空を通過することはできない(第6条参照。)。

シカゴ条約は、領空主権を「領域上の空間」にのみ認めており、領域は、「その国の主権、宗主権、保護又は委任統治の下にある陸地及びこれに隣接する領水」としている。

第六条(定期航空業務)
定期国際航空業務は、締約国の特別の許可その他の許可を受け、且つ、その許可の条件に従う場合を除く外、その締約国の領域の上空を通つて又はその領域に乗り入れて行うことができない。

シカゴ条約

領空概念が導入される以前は、空は自由であるという議論と領土の上空には国家の主権が及ぶので自由ではないという議論が存在していた。空は、当然に国家のものだったわけではないのだ。

宇宙=自由 空≠自由

一方で、宇宙空間は、宇宙条約(月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国交活動を律する原則に関する条約)第1条において、いわゆる「宇宙活動自由の原則」が定められている。これは、宇宙空間においては各国の主権が及ばないことを前提としており、つまり、シカゴ条約第1条で定められた領空主権は各国の領域上の空間に無限に続くわけではないことを意味する。シカゴ条約と宇宙条約を整合的に読み解けば、そこには、各国の排他的支配が及び空と及ばない宇宙が存在しており、これらの境界は存在するということになる。

宇宙空間のように、どの国も自由にアクセスができるがどの国も主権を主張することができない領域や財産のことを一般的にGlobal Commonsと呼ぶ。

第1条
 月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用は、すべての国の利益のために、その経済的又は科学的発展の程度にかかわりなく行われるものであり、全人類に認められる活動分野である。
 月その他の天体を含む宇宙空間は、すべての国がいかなる種類の差別もなく、平等の基礎に立ち、かつ、国際法に従って、自由に探査し及び利用することができるものとし、また、天体のすべての地域への立入りは、自由である。
 月その他の天体を含む宇宙空間における科学的調査は、自由であり、また、諸国は、この調査における国際協力を容易にし、かつ、奨励するものとする。

宇宙条約 訳:宇宙開発データブック(宇宙開発事業団編集、(財)日本宇宙フォーラム)

ここまでの議論を前提とすると、宇宙空間と空のDelimitationが重要な理由の一つは、その境界線を境に「国家主権が及ばない(各国にとって)原則自由な領域」か「国家主権が及び(各国にとって)原則自由ではない領域」かが決定されるためである。そして、宇宙空間では宇宙法が適用されるのに対して、空域では空法が適用されることになる。両者は全く異なる理由付けである。前者は主権が及ぶかそうでないかという分水嶺の話であり、この相違は国際的な規範「形成」を行う上で大きな差異をもたらす。前者は適用法の問題であり、宇宙法の規律領域と空法の規律領域を分け隔てる役割として、このDelimitationの議論の必要性を裏付けている。

いずれにしても、この議論は既存の法規範の適用という観点からも、今後のルール形成という観点からも避けては通ることができないものであって、キャッチーかもしれないが、ポップな話ではない。奇跡的に、現在に至るまでこの宇宙と空の境界を巡って紛争化したケースはない。そして、この事実こそが後述する機能説論を正当化する1つの背景となっている。

宇宙と空の境界の問題が先鋭化する一つの場面としては、人工衛星等の何らかの物体の打ち上げの際や地上への再突入の場面が挙げられる。一般的に人工衛星等の打ち上げは地球の自転を利用して行われることから、自国の領空を垂直に飛んでいくのではなく、東から西に向かって打ち上げることが多い。これらの場面では、他国の領空を宇宙物体が通過してしまうことがあり、このとき、宇宙と空の境界の定め方次第で人工衛星等の飛行は領空侵犯に該当してしまう恐れがある。現在の国際法上、宇宙物体がその打ち上げや再突入の過程で他国の空域を通過する権利(Passage Right)は明示的には認められていない。

"No passage rights, or any form of right of transit, apply to space objects, including those involved military space activities , whenever passing or transiting through foreign national airspace, without prejudice to any agreement with the relevant state"

McGill Manual on International Law Applicable to Military Uses of Outer Space,
Volume I, Rule 115

その他にも、例えば以下のような論点が提起されている。
・大気圏上層部や地球低軌道での活動の活発化により、人工衛星等の衝突や干渉に対する懸念が高まっており、その際に主権が及ぶ空域での衝突なのか宇宙空間での衝突なのかは、事故発生時の法的な処理に大きな差異をもたらす。
・長楕円軌道(Highly Elliptical Orbit)を周回する衛星は、最終的には特定の国家の領空と見做しうる高度で運用される可能性がある。
・HAPS(High Altitude Platform Stations)は成層圏で人工衛星類似のサービスを提供するが、HAPSの活動について国家の領空での活動であるのか否か及び空法による規律対象といえるのか否かが明らかではない。

空間説 vs 機能説 (Spatialist vs Functionalist)

このDelimitationの問題には、大別して2つのアプローチが存在する。いわゆる空間説と機能説である。

A) 空間説

空間説は、宇宙空間と空の境界を定めることの法的な必要性を前提としており、COPUOS加盟国の多くはこの空間説を支持している。ただし、この空間説も、どの高度をもって境界とするかについては、例えば以下のように多様な提案がなされている。

i) 国家の軍事力が及ぶ限界高度とする説
- 宇宙空間の境界を軍事力を基準として設定することは適切ではないとの批判がなされている。
ii) 大気圏の限界を境界とする説
- 測定可能で信頼性の高い物理的境界線を設定する困難さを指摘されている。
iii) 低軌道近地点(Lowest Orbital Perigee)を境界とする説
- (ii)同様に測定可能で信頼性の高い物理的境界線を設定する困難さを指摘されている。
iv) 地球の重力が及ぶ臨界点を境界とする説
- 重力の影響は極めて広範囲であり地球周回軌道を含んでしまうため、境界設定の基準としては妥当ではないとの批判がある。
v) Mesospace論
- 宇宙空間と空域の間に中間領域を設定し、その区域においては宇宙物体の通行権を付与する等国際的な合意形成を図ろうとする説。
- どのエリアを中間領域とするのかという点で同様の問題が残ってしまう。
vi) 独断的な境界確定
- 航空宇宙技術の発展も加味した上で、●kmまでは空域とするという形で決定する説。
- 各国によって異なる高度が提唱されており(例えば、フランスは海抜80km、イタリアは海抜90km、ベルギーは海抜100km)混乱が発生する。

このような空間説に対しては、主に後述の機能説の論者(特にUNCOPUOSのアメリカ代表団)からは、空間説に立脚した区割りを定めることは、将来の宇宙空間の探査・開発活動、特に民間企業による商業的な活動への妨げになると主張されている。

B) 機能説

機能説は、Nicolas Mateesco Matte博士によって体系化された学説である。この機能説論者は宇宙空間と空の境界を定めることは「不要」か又は「不可能」であるという前提に立ち、ある宇宙活動("Space Activity")に適用される法規範はその宇宙活動が実際に行われる場所ではなく、その宇宙活動の性質に応じて決定されるべきであるとする。

この説によれば、宇宙活動に該当する限りその高度に関係なく、たとえば、打ち上げがなされ地上から1mしか浮上していない段階でも、その活動に適用されるのは宇宙法であると整理される。

“the new legal domain, other than all earlier norms of human conduct, cannot be associated with any limited space (area, zone), but only with the character of activity under regulation. (…) Its recognition is a logical necessity following from the various aspects of space law.”

Bittencourt Neto, Olavo de Oliviera. Defining the Limits of Outer Space for Regulatory Purposes (SpringerBriefs in Space Development) (p.35). Springer International Publishing.

しかし、この説には以下のような批判がある。

・まず、機能説に立つ場合、宇宙空間と空の境界線は問題とならない(しない)が、一方で、"Space Activity"が何かという問題が生じる。そして、条約レベルで、“Aeronautical Activity”と"Space Activity"は定義がなされておらず、結局、当該活動が"Space Activity"に該当するかどうかで国家間の争いを惹起する可能性がある。結局、機能説は、宇宙と空の境界の問題を宇宙活動と航空活動の線引きの問題に置き換えているにすぎない。
・機能説は、宇宙空間と空の境界の設定が「不要」又は「不可能」として放棄する実質的な理由として、これまでのところ、宇宙空間と空の境界に関して国際的な紛争に至ってないことを考慮しているが、航空活動の「最大」高度と宇宙物体の軌道の「最低」高度は今後隣接・交錯する可能性が高く、機能説論者が言う境界確定は不必要であるという根拠はもはや妥当しない。


このように議論は50年以上にわたって混沌としており、我々が学ぶ宇宙法は実際のところ、どこから適用されることになるのかすら明確ではない代物であるのだ。えらいこっちゃである。

私見としては、主権の限界を確定させる必要性は今後高いと考えられることから、宇宙と空の境界の線引きを不必要とする前提には与することができうず、その意味では、空間説を支持したい。ただ、空間説に立脚する場合でも以下の点はさらに議論が必要であろう。

- 領空を通過する宇宙物体の通行権をどのように正当化するか
- 主権の範囲内であっても宇宙活動には、空法ではなく(あるいは重畳的に)宇宙法を適用し、活動を規律する必要があるのではないか

昨今、謎の気球が話題となっているが、安全保障の観点からも一定の高度にある気球は明確な領空権侵害であるとして迎撃が正当化されなければならないはずであり、そこに、当該気球が「「宇宙活動」を行なっているのか、「航空活動」を行なっているのか」という議論を展開する余地はないように思われる。

★参考文献


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