壊れたオルゴール

「一級品が手に入ります。お値打ち価格で!」
その看板に惹かれ俺は店に入った。
店の主は愛想も無く新聞を読んでいた。
商品は無造作に並べてあるようで見やすい。ふと目に止まった腕時計。ダイバーズウオッチのような大きさだ。文字盤には綺麗な石が散りばめられている。ネジは四つ。何故か無性に欲しくなった。
「すみません……これお幾らですか?」
主はチラッとこちらを見て、
「二千円。それ持ち主を選ぶから。動か無くても返品無しだよ」
と物ぐさな言いようだ。
「二千……頂きます」
代金を払い店を出た。時計と一緒に渡された紙を読む。
「時計型オルゴール。上から順に右二回左五回巻き八回……」後は消えていた。オルゴールなんて生まれてこの方持った事が無い。今だって必要無いが返品不可だから仕方ない。それにしても八回の後はどうするのか? 叩くのか、撫でるのか、振るのか? とりあえず書いてある通りネジを巻いてみた。ウンともスンとも言わない。叩く、振る反応無し。半ば諦めの境地で八回撫でると、なんとカチカチと動き始めた。腕に着けると聞き覚えのある曲が流れ出した。あぁ……遠い遠い遙かな道を……ひとりひとり今日もひとり……そうだった。三十代の頃生きるのが辛くて投げやりになっていた俺に、男性コーラスが歌うこの歌がどこからか聞こえてきたんだっけ。顔上げ周りを見れば、背中を丸め足早に駅に向かう男、女、いや人間がいた。それぞれに続く道を歩き、走り、時に転び、そして起ち上がっているのだろうか。
ゆっくりでも進めば良いんだとそう思えた歌だった。
今は……また挫折しているよ。何回転べは良いんだ? 俺は。
でも過去を見てなんになる。
今を泣いてなにが変わる。
続く道はいつかは途切れる。
その時は誰にでも訪れる。

嵐は続かない。
暖かな春はすぐそこに来ている。
そう信じて何が悪い。
夢や希望が今はなくても、生きてる事が凄いことだと思えよ俺!
嗚呼、君もあなたも彼も彼女にもそして俺にも光はある。命と言う光が。

歩くか……そうだよ歩くさ。
ゆっくりゆっくり。その人だけが持つ才能は誰にでもあるんだろう……。

うん? 止まったか。もうネジは巻けない。返品はしない。けれどこれは返そうあの店に。きっと引き寄せられる人はいるに違いないから。
この壊れたオルゴールが次息を吹き返して流す曲はなんだろ。
さあ行くか。俺への応援歌を口ずさみながら。

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