雨月怪談・三日月「心霊写真」

そのバーでは、雨の日に話が途切れたら怖い話をするというルールがある。
三日月の夜、マスターがお客から聞いたのはこんな話だ。

いとこ同士だという吉村すみれと篠田野子はひと月前――。

「ないね。セピア色の写真だったよね」
実家の和室に陣取り、アルバムをめくるすみれは不安げな言葉を野子に投げる。
「絶対、それは間違いないと思う。とても古い写真だった。だって、あれが駅前だって言われてびっくりしたもん」
「でも、本当? その……心霊写真があったっていうの?」
「あったってば。ひいじいちゃんが浴衣を着てて、後ろに噴水があって、その向こう側に」
「上半身しか映ってない女がいるんでしょう?」
「そう」
「でも、それって昔の写真技術が悪かったせいじゃない? 二重写しとか? 前見つけたときは、淳子おばさんはそう言ってたんでしょ?」
野子が首を振って、アルバムを閉じると、次のアルバムを手に取る。
「そんなんじゃないって。だって、上半身しかないのに、その向こうの髪の毛は下半身透けて見えてたんだよ。そんな写真のバグはないじゃん。
それにその淳子おばさんも、今になってあれは心霊写真だったって騒いでるんだし」
すみれは頷くと、また次のアルバムを開いた。
「それはそうだね。とにかく早く見つけましょう」
「そうだよ。見つけないと、ひいじいちゃんが死んじゃう」

ふたりがついさっきまでいたのは山臨寺の本殿。その大きな御本尊仏像の前で住職に事情を説明していた。
「それじゃあ、住職はそんなに昔に呪いがかかっていたというの? でも、ひいおじいちゃんが意識不明になったのは先週だよ。ねえ、すみれちゃん」
「突然、倒れて、もう助からないって言うんです。そしたら、おかしなことが続いて……」
「続くぼやに、天井を歩く足音、そして、意識を失ったひいおじい様の腕に浮き上がった梵字のような痣……」
住職は手首につけた金色のやけに高そうな腕時計を撫でながらふたりの話を復唱する。
「そうです。こんなに立て続けにおかしいから、お祓いした方がいいって、淳子おばさんが言うんです」
「淳子おばちゃんが住職は見える人で有名っていうからすみれちゃんと来たんだけど?」
「ご事情はわかりました。そうですね。やはり呪いでしょう」
「どうしましょう。野子ちゃん」
すみれは野子の手を握りしめる。
「ひいおじい様は随分と前に女の霊に取りつかれていたようです。心当たりはありませんか?」
「女……? 浮気かな?」
野子は首を傾げた。
「かもしれません」
「でも、そんな話知らないよ。ね、すみれ」
すみれも頷く。
「では、もっとお若いときのことかも。単に片思いした女がいて逆恨みされたとか? 古い写真に写ってるかもしれませんよ」
「さあ。だってひいおじいちゃんが若い頃なんて、全然知りません」
「あ!」
野子がすみれの手を離して声をあげた。
「何か思い当たりましたか?」
「心霊写真を見たことあるかも!」
「本当に! そんなこと話したことなかったでしょう?」
「だって怖かったから、記憶から消してたんだもん」
「それですね。探し出して持ってきてください。心霊写真を除霊すれば、きっとひいおじい様も目を覚まします。金額はかかりますが」

そんなやりとりの後にアルバムから心霊写真を探すという苦行をふたりは始めたのだ。
「これにもない」
野子がっくりと肩を落とすと、すみれが励ます。
「頑張ろう! それにしても、まさか淳子おばちゃんが親身になってくれるなんてね」
「あの人、お金にがめつい人だったからね。ひいおじいちゃんの遺産を先にもらって使い切ってるんでしょ?」
野子がそう眉をひそめたときだ。すみれが写真を指して声をあげる。
「あった。ほら、これだよね。わー、怖い。女の人の顔、凄くこっちを睨んでる」
写真は海辺で若い男が写り、その後ろに下半身のない女がいた。
「どれ……あ、うん。これ……だと思う……けど」
「どうして、そんな歯切れの悪い答え方してるの?」
「これ、噴水が背景にないじゃん」
「あ、本当だ。野子の記憶違いかしら?」
「ううん。違う。だって、ほら、こっちにも」
野子がすみれに見せたアルバムの写真にも例の女が写っている。背景は山の頂上で、若いひいおじいちゃんがカメラに笑顔を向けている後ろだ。
「って、ことは少なくとも、あと一枚にもこの女が写ってるってこと?」
「わっ!」
野子が悲鳴をあげて、アルバムを放り出す。
「な、なんなの?」
「そ、それ……」
驚くすみれに野子が指さした先にはページが開いたままのアルバム。写真にはどれも下半身女が写っていた。
「何よ、これ……」
すみれは血の気が引いていくと、野子が首を振る。
「こんなのおかしい」
「それはわかってる」
「そじゃなくて、このアルバムなら、子供の頃にも見たことがある。でも、こんな女写ってなかったよ。これ、増えてる」
「嘘」
すみれはアルバムから距離を取るように、後ろにずり下がった。すみれに野子はしがみつき、がたがた震える。
「で、でも、頑張って探さなきゃ。とにかく見つけた写真をお寺に持っていって、お炊き上げしてもらおう。いくらお金かかってもいいから。ひいおじいちゃんならお金いっぱい持ってるから」
「う、うん。一番最初に見つけた写真を探さなきゃね。だって、たぶん、そのときにひいじいちゃんは憑りつかれたんだから」
野子は震える手でアルバムを閉じて別のアルバムを取り出した。
「そのアルバムなら、私がさっき見たよ。でも女はいなかった」
そう言った野子がページを開いたとき、すみれが悲鳴をあげて顔をそむける。
「いやっ!」
「ちょっ、今度は何? あっ!」
野子はアルバムを放り投げた。開かれたままのページの写真には、また下半身のない女がどれにも写っている。
「これ、きっと、今の間に増えたんだよ」
「増殖のスピードが速すぎない?」
「どうしよう。私たち、囲まれてない?」
野子とすみれは肩を寄せ合った。アルバムはふたりを囲うように散乱している。そこから下半身のない女がひとりずつ立ち上がってきそうだ。
「ねえ、こうなったら、もう全部のアルバムを持っていけばいいんじゃないかしら?」
「すみれちゃん、頭がいい。そうしよう。もうどれを持っていっても一緒だよ。きっと持っていくうちに、どの写真にも女が写っていることになるから」
「そうだね。後は住職に任せましょう」
ふたりはアルバムを重ねて、持っていく準備を始める。

すみれと野子はアルバムを入れた袋をそれぞれに分けて持って、タクシーに乗り込んだ。
「すみません。山臨寺までお願いします」
「了解。お客さん、荷物が多いようですから、前にひとり乗っていいですよ。その大荷物に後ろで3人はきついでしょう」
「3人?」
野子が見上げたルームミラーには一瞬、ふたりの間に座る黒い影が見切れて消える。
「大丈夫です」
悲鳴を飲み込んだ野子の横ですみれは顔を強張らせていた。
「すみれちゃん?」
「だって、どうせ連れていくんだから」
「そ、そうだね。すみれちゃん強い」
タクシーが走り出してすぐに、横をけたたましいサイレンを鳴らして消防自動車が走り抜けていく。
「やだな」
野子がすみれの膝の上に置かれた手を握った。すみれの手も震えている。そのときタクシーの無線機から声がした。
「山臨寺で火災発生中です。運転中、近くを通るときは迂回してください」
「やられた」
すみれが舌打ちをするのに、野子が動揺する。
「どうします? 行先が火事みたいです」
「大丈夫です。傍までいってください」
「ちょっと、いいの? すみれちゃん、どうしようっていうんだよ」
「行かなきゃ」
「すみれちゃん? おかしいよ。すみれちゃん?」
すみれは全身から脂汗を出している。
「行くな。坊主はぐるだ」
すみれの声はしわがれた他人のものだった。

住職と淳子おばが結託して除霊料をせしめようとしていたとふたりはマスターに語る。
ひいおじいちゃんは寿命でほどなく穏やかにいったそうだ。おかしな現象も淳子おばの画策だったらしい。
「結局、その下半身がない幽霊に私たちは救われたんです。私に乗り移られたときは焦りましたけどね」
「三代前ですね」
マスターが少し瞳を伏せるようにして、神妙は声で告げた。
するとわかっているというようにふたりは頷く。
「はい。それくらいです。先祖に鉄道事故で体がまっぷたつになった女性がいました」

ふたりがバーを出た後、マスターはカウンターの端に一杯だけのお水を置いた。
人のいなくなったバーに氷の音がからりと響く――。

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