氷魚(ひお)

アクセサリーの制作販売をはじめた30代。うつ歴11年で現在は絶賛寛解中。趣味は読書とチェロの演奏(サボり気味)。好きな飲み物はコーヒー、ワイン、日本酒。すこしだけでもいいから読んだ人の心が動くようなnoteを書きたいです。

【創作】散る桜のレール(2/2)

アラフォー男女の小さな物語です。
ひとり高熱に浮かされながら由香里が思い出す「あのとき」とは。
第1話はこちら

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春らしい暖かく穏やかな日が増えたが、夜になると冬を思い出せと言わんばかりに冷えてくる。仲間の輪の中にいたときはそれほど寒いと感じなかったが、ひんやりした空気を肌に感じた。
吉岡は危なげない足取りで駅とは違う方向に歩きはじめた。まるでどこが目的地か分かっているようだった。由香里

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【創作】散る桜のレール(1/2)

アラフォー男女の小さな物語です。

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「インフルエンザだね」
年配で小太りの医者は紙のカルテを見ながらだるそうに言った。顔が上気し、倦怠感を滲ませている由香里のほうをまだ一度も見ていない。
「もう4月なのにインフルエンザですか」
由香里はつい抗議してしまう。抵抗したところで判定が覆るわけがないのだが、そうせずにはいられない。近ごろ気温の変化が激しかったから、風邪を引いたのだろうと思っていた

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春を感じる心とささやかな決意

本を読んでいると、ある一節に目がとまった。

そうだ、年々の春はおまえを必要としたではないか。あまたの星は
おまえに感じとられることを求めたのだ。
過去の日の大浪がおまえに寄せてきたではないか。または、
開かれた窓のほとりをすぎたとき、
提琴の音がおまえに身をゆだねてきたではないか。それらすべては委託だったのだ。
しかしおまえはその委託をなしとげたか。おまえはあいも変らずむなしい期待に心を散らして

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書けないのはそんなに悪いことじゃない

年が明けてから「言葉」や「書くこと」に関する本を何冊か読んできた。なかなかnoteを書けないから。わたしの場合、書くことが仕事ではないので書けなくても生活のうえで特に困ることはない。誰かに迷惑をかけるわけでもない。それでもなんだか書けないことが寂しいというか、自分の中でくすぶっているものを感じるので、やっぱりそれを書いて表に出したいと思う。

もうずっと長いこと、感情が凝縮されたものが心の中にぎっ

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つながったいのちもつながらなかったいのちも

伯母の葬儀に参列した。
火葬前、最後のお別れの時間に、みんなで棺のなかに花を手向けた。当然のことながら伯母は二度と動くことはない。魂はもうどこかに行ってしまったのか、人形のような身体だけが残されている。姿は目の前にあるのにその存在は異次元に漂うようであり、永遠の時間のなかに真空保存されてしまったように感じられる。
お別れの時間が終わるころ、ふいに生後数カ月にもならない赤ちゃんが泣きはじめた。小さな

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